現世ではヒモだった男が異世界で英雄へと成り上がる

今野常春

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第一章 国家消滅

第6話 戦況

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 戦況は奇襲により一気呵成に攻め込めたイラバニア帝国が優勢に進めている。前線では逃げる王国、追い帝国と言われる程王国軍を圧倒している。
 しかし、勢い乗る帝国軍前線部隊司令部は違和感を覚えている。分かり易く言えば、帝国軍はジワリと王国深くに誘い込ませている様にも伺えるからだ。
「これは拙いですね……」
 帝国軍のモール少佐を中心とする連隊は攻撃の先鋒たる部隊であった。故に戦力は分厚くあてがわれ、補給物資も最優先に届けられ士気も高い。加えて連戦連勝が続いているのだ。この環境で慢心するなと言う方が無理というもの。
 だが、彼の副官フィーンからみればそう思うには至らない状況が生まれていた。
 戦場は王国側で、未だ歩兵主体の戦いであるため戦場が一日で変化するということはない。故に塹壕戦ともなれば一進一退となるのがこの世界の常であった。その常識から考えれば王国の戦術はどうだろうか。

「意図的に引いている……」
 気になった彼は戦場が見渡せる丘に一人で移動し双眼鏡で具に眺める。すると今呟いた言葉がしっくりと来てしまう感情に襲われた。
「これは我が連隊だけではどうしようもありませんね……」
 帝国の部隊編成上三個連隊からなる一個師団は楔型となった部隊配置が為されている。
 中央に彼の部隊が位置し、左右に別の連隊が存在し脇を固めている。
「攻撃開始命令前に連絡が取れればいいのですが……」
 連絡方法は主にモールス信号だ。しかしこの進軍の速さで連隊司令部の機能は半減、なんと連絡機を後方に置いてくるという始末だった。当然工兵隊の電話線敷設も間に合っていない。となれば必然として自らが動かねばならなくなる。
「これも敵側の戦略と考えれば納得できますね」
 そう述べたフィーンは素早く馬首を切り返すとモール少佐の居る陣幕へと駆け出した。





 一方、王国側は作戦通りに事が運びながらも士気が低下していた。
 中央の指示とはいえ、少し戦っては後退を繰り返していたからだ。
 帝国を防ぐはずの立派な塹壕も掘る時間は与えられない。工兵部隊や前線兵士らによる簡易的な塹壕作成の中で戦う以上、士気の低下は避けられない問題であった。また、後退するにも犠牲が出る。必要な犠牲と数の上で語られては戦死した兵士は浮かばれないだろう。

「それでも進めるというのか……」
 フィーンと時同じくして彼の部隊と戦い続ける師団長は呟いた。敵の大規模な進撃は王国の領土を良いように蹂躙しているといっても過言ではない。すでに見捨てた村々は数知れず、国民にも犠牲が出ている。
「しかし、野砲という存在は塹壕に直撃すればひとたまりもないな」
 戦場を見ると砲撃の凄まじさを思い知る。直撃すれば簡易的な塹壕などひとたまりもないことは身を持って体験した。
 火砲の戦力は万に匹敵する。彼はそう考えるようになった。帝国の圧倒的な砲門に砲弾使用量を考えるとこの洗浄を制するのはやはり火砲であると言わざるを得なかった。
「王国も同等の戦力を揃えられればいいのだが……」
 資源に乏しいわけでもない。だが、王国には魔法と言う概念が存在し、それがどうにも足枷になっていると彼は考えていた。
「無い物強請りを言っても始まらんな……」
 彼は踵を返し自らの陣へと戻って行った。





 フィーンはモール少佐の居る陣幕へと戻ると即座に自らの考えを述べた。
「ここは進撃せず、後方部隊を待つべきだと考えます」
「突然どうしたのだ、フィーン」
 連戦連勝であるためか、連隊を率いるモール少佐にも気の緩みが出始めていた。普段の冷静な彼であればフィーンの言葉に同調していたからだ。
「この進軍の速さが敵の罠と考えられるからです」
「罠だと? しかし、敵は確実に損害を出して撤退しているではないか」
「ですから、それが我が軍を誘引する罠だと申し上げているのです」
 珍しく怒気を孕んだフィーンの言葉にモールも言葉が詰まる。この王国の損害もフィーンは巧妙であると見抜いていた。
「しかしだなぁー 師団長閣下も進撃だと仰っていたぞ」
「それは昨日私も聞いております」
 昨夜の宴会は酷かったとフィーンは思っている。
 幾ら連勝していてもこの地は王国領土なのだ。夜は戦わないという紳士協定が存在していても、緒戦に於ける一個中隊壊滅という事件すらある。
 そう思うと軍全体に気の緩みというものがあると考えざるを得ない。
「このまま行けば年内には王都まで辿り着けるとも仰っていたではないか!」
 机上の空論だとフィーンは考えている。およそあの場に居た者でそう考えている者は少数であった。
 彼は焦りの色を濃くした。攻撃開始前に残り二つの連隊の参謀とも意見を交換しなければ取り返しのつかない事態になると考えた。
 だからこそ彼は直ちに行動を開始する。

「フィーン大尉、貴方もその様に考えていたのですか」
 この言葉を聞いて彼は漸く安心することが出来た。聞けばフィーンと話す参謀も同じ様な立場に憂いていたのだ。
「このまま行けば我が軍は消滅する可能性があると私は考えています」
「その通りだ。私はモール少佐に進言したが却下された。この戦いはヤバい、前の戦いからは考えられない戦いに変化していると私は考えている」
 フィーンの言葉に参謀は頷いた。
「確かに、まさか王国が優位に立っているとは思いもしませんからね……」
「その通りだよ。ケール大尉…… 我らが帝国からすればたかが一個師団だが、我らは駒ではない」
「その通りです。二万人の戦死など聞いたことがありません……」
 二人の会話からはすでに仮に、という考えが消え現実に起こりうるという想定で物事が語られている。
「そろそろベリット大尉にも話しをしなければならないな」
「はい。攻撃開始前にどうしても三個連隊の各参謀として意見を統一させませんと」
 二人はすぐに残る連隊参謀の下へと移動する。

「貴官らもその様に考えていたか……」
 ベリットは既に上官たるゲーアン少佐の下で話し合いを行っていた。二人は緊急事態だと見張りの兵士に言い放ち、即座に案内させたのだ。幸か不幸かフィーンは二人の考えを述べた。すると彼の様な言葉が返ってきたのだ。
「ベリット大尉、その口振りですとゲーアン少佐も?」
「ああ、その通りだ。わたしも貴官らの考えている通りであると思う」
 この言葉に二人は大いに勇気付けられる。少なくとも一人の連隊長は味方であるということだ。
 しかし、次に語られる言葉に二人は落胆せざるを得なかった。

「だが、師団本部はその様に考えてはいないよ。本気で我が第一師団だけで王都を目指すと息巻いているらしい」
 帝国内でも最強の誉れ高い第一師団は臣民にとって憧れの存在であった。軍に入れば目指すは第一師団とも言われ、帝国防衛の象徴なのだ。だからこそ、上層部は自尊心の高い者に変化してしまったといってもいい。言い換えればこの場に居る者こそ第一師団にとっては異質であり、モール少佐たちこそ本来あるべき姿なのだ。

「では閣下と雖も……」
「ああ、師団長閣下を止めることはできない」
 突然の言葉に場の空気は酷く落ち込んだ。
「閣下、どうにかなりませんか?」
 フィーンの嘆願にも近い言葉にもゲーアンの表情は暗かった。
「ここは我らが生き残る事だけを考えた方がいいかもしれない」
 そう言い放ったのはベリットだった。

「我らだけ…… 帝国軍将兵二万を見捨てると?」
「最早動き出した巨大な流れを止めるのは不可能と考えれば、そこから抜け出すことを第一と考えるほかないだろ」
「仰っていることは正しいと思います。ですが、それでは我々は敗残の将として軍法会議で裁かれることになるのではありませんか?」
「ケール大尉の考えていることは分かる。だが、進言しても受け入れられなかったと言う証拠があればどうか」
 ベリットの言葉にピンときたフィーンは即座に彼の考えを理解した。

「なるほど、会議の中で堂々と反対意見を述べればいいのですね」
「その通りだ。作戦会議とはいえ議事録は作成される。そこに確りと我々の考えを記してもらうのだ。それを盾に敗残の将とは言え、確りと状況を見据えていたという証拠になる」
 この時フィーンはゲーアンを見た。すると彼は既にベリットから話を聞いていたかのように驚きもせず話を聞いている。
 ベリットとケールが会話する中、フィーンは蟻地獄ともいえる状況に自身の置かれた立場を呪うのであった。

(せめて戦友たちだけでも生かして欲しいものだ……)
 フィーンにも連隊内で親しい者がいる。彼らの顔を思い出しながらこれから行われることについて考え、余計に気が落ち込むなと考えるのであった……
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