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第二章 国家解体

第28話 周辺国への侵攻

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 イラバニア帝国は東側をレイブル王国に抑えられ、北西側を大小十か国が抑えている。自前資源の乏しい帝国は常に貿易で不利な立場に立たされていた。
 しかし、帝国は資源を手にするため技術力に力を入れた。その結果、優秀な製品を海外に輸出することに成功したのだが、それに嫉妬した国家が帝国の足元を見て資源の販売価格を引き上げた。
 それも年々価格を引き上げ、帝国としても看過できないところにまで来た。多国間交渉による貿易不均衡の是正を呼び掛け、一部は改善の兆しを見せるも根本的な解決には至らなかった。
 座して死を待つか、を問われた帝国は王国への侵攻を決意する。そして、王国を降したことで遂に力を行使することを決定した。周辺諸国に宣戦布告したのである。

 帝国はその兵力を帝国兵に求めず王国に求めた。敗戦の結果、軍事力を大幅に削減され、大量の兵士が定職に就けず、王国内でも仕事を生み出せず。治安に不安が浮かび上がっていた。
 だからこそ、帝国は王国に帝国兵として徴兵を行った。もちろん独立国家に対し越権行為であるが、そこは敗戦国の弱さであった。王国主導で徴兵を肩代わりさせたのである。
 ここに王国産帝国軍が誕生してしまった。
 各国は事情を鑑み一斉にイラバニア帝国を非難するも暖簾に腕押しである。
 構うことなく帝国軍は周辺国へと雪崩れ込んだ。食料と金と言う餌を前に飢えた元王国兵の働きは凄まじかった。帝国は目標に対し懸賞金を掛けたのだ。
     うまくいけば二重取り出来る。彼らの目は違った……





 俺たちがヘレルで生活を始めて一月が経過した。
 幸いと言う言葉は不適切だが、ヘレルでは戦争とは無縁だった。
 その間、王都で別れたティーダたちの消息は掴めていない。皆のことが心配だ。中でもマルとは会話することなく分かれたことが心配だ。
 そしてホーブル閣下からの接触は今のところない。当初はリッカが警戒していたのだが、時間の経過と共にここの生活に慣れ親しみ始めていた。
 俺はと言えば、魔導具との相性の良さが如何なく発揮された結果、採掘場での評価はうなぎのぼり。今では俺がいないと生産目標を下回ると言われるほどだ。
 現場責任者ドーランは嬉しさと困惑の半々に思っていた。結果には必ず応えると来月以降の給料に反映させると約束するほどだった。

「大変だ。上から増産命令が出た」
「はぁー? この状況で増産?」
 各班長は会議室に集められ、月産目標の上方修正が発表された。常にギリギリでの作業となっている現状に、増産命令に耐えうる環境にはなかった。
「そうだ」
「で、どの程度。まさか百二十%ではないですよね?」
「百五十%だ」
 俺たちの班員の誰もがその数字に驚愕した。驚いていないのは俺だけだ。何しろそれだけの増産がどれほど厳しいのか分かっていない。
「む、無理だ…… 上は俺たちに死ねと言っているのか?」
「そうではないが、上もおそらく指導部からの命令なのだろう。今回ばかりは撥ね付けることが出来なかったと嘆いていたよ」
 班長は下手をすれば王命が出たのかもしれないとも言っていた。
「しかし、此処に来て魔導石の増産…… 帝国が戦争を始めるって言ってたけど関係があるのかね」
 そうか、魔導石が戦場で使われていることをこの場の人間は知らないのか。
「知らないな。俺たちはここが戦場だ。上官が命じたのなら命じられたまま達成するまでだ」
 喧々諤々の話も始業時間を迎え俺たちは作業を始める。





「砲撃開始!」
 宣戦布告とほぼ同時に帝国軍は手始めにホーマル王国へ攻め込んだ。海に面する小国は貿易の強みと観光資源を強化していた。軍事面に力を入れ、装備の面では帝国と同等であったが、人口の少なさが仇となる。
 さらに帝国の先制砲撃により、国土面積の狭さから、あっという間に防御陣地を抜かれ僅か三日で白旗を上げた。
 ここで見られたのは砲撃を行う傍ら、歩兵は輸送車両に乗り込みギリギリの場所まで速やかな移動が行われていたことだ。支援砲撃との連携力の高さを世界は見せ付けられた。
 各国ともに新たな戦術対応と研究が求められることとなる。

 帝国は休む間もなく隣の国アレルン王国へ侵攻する。ホーマル王国と似たり寄ったりな構成であった。帝国は降伏勧告に努めるも王国のプライドを見せつけると強気に出たため帝国首脳は粉砕を決断する。
 文字通り王国は白旗を掲げるも初動で躓き完膚なきまでに叩き潰された。
 世界は帝国の行動に対し非難の声を上げる。それでも各国が纏まった行動をするまでには至らない。各国とも自国の利益優先で、如何に甘い汁をすするか、そこが最優先となっていた。火の粉が降りかからなければ関係ないと言うだけ言って知らん振りをする国家が目立つ。
 それが分かっていた帝国だからこそ周辺諸国に宣戦布告を行ったのだ。そして帝国は賭けに勝った。案の定二か国を攻め滅ぼしたにもかかわらず、非難こそされるもそれ以上のことはなかった。顕著な事に貿易が継続されていることが何よりの証拠だ。

「では我々も行動するとしますか」
 王国の直接的な敗北に寄与した飛行船群がついに動き出した。この時、二十機から百機まで数を増やし、最大二千名の部隊運用が可能となっていた。
 この日は兵士を乗せず、その分を爆弾に変えて帝都を飛び立った。
 この新兵器に世界は驚愕する。
 各国ともに空の戦いを研究する段階であるのに対し帝国は実戦に投入し、華々しい戦果を挙げていたのだ。
 速やかに敵首都を襲撃し、爆弾の雨を降らす恐怖。それも国家首脳へ自らの頭上に落ちてくるという強迫観念すら植え付けた。
 帝国恐るべし。この思いが各国を纏める契機となるが、この時点ではそれぞれが自由に行動するだけであった。
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