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47 先を見つめて

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 さらにアルジャーノンは「今使っているハンカチは返してくれ」と彼女に告げる。
「え?……もうこんなになってしまっているから、リンダに見つからないように捨ててしまおうと思っていたけれど」
「君との初めての記念にとっておこうと思って」
 ガラティーンは信じられない、と顔だけでアルジャーノンに語り掛ける。そして言い争いの後に、「洗ってから返す」ということで二人の間でなんとか落ち着いたころに、アルジャーノンはふと気が付いた。
「これが、私たちの初めての夫婦喧嘩か」
「……信じたくない!」
「ははは!」
 アルジャーノンも口を開けて楽しそうに笑う。
「でもあのハンカチは君が刺繍を入れてくれたものだから、捨てられるとちょっと寂しいんだ」
「せめて、それならそうと先に言って欲しかった!」
 まだ声を荒げているガラティーンの隣に座り、アルジャーノンは彼女の肩に自分の頭を乗せる。
「ほかにもまだまだ、二人での『初めて』はあると思うんだ。忘れられない『初めて』が増えていくといいな」
「まあそれは、そうだ」
 ガラティーンもアルジャーノンの頭に自分の頭を乗せて、軽く目を閉じる。
「リンダが来るまで、少しこうしていさせて……」
 そう言って瞳を閉じたガラティーンは、その瞬間にすとん、と眠りに落ちた。
 ガラティーンの寝息を聞きながら、朝から結婚式、パーティと続いてその足でドーヴァーまで移動……その間に初めての交情だ。それは疲れるだろうとアルジャーノンは考えた。そして自分も瞼を閉じた。

 ドーヴァーに到着する手前でリンダは一度、ガラティーン夫妻の個室のドアを叩いた。返事をしてきたのはアルジャーノンだった。
「……ガラティーン」
「ああ」
 ぱちりと目を開けたガラティーンに、アルジャーノンは「リンダに入ってもらうか」と確認する。
「そうだね。入ってくれるかな?」
 結局個室の中で「二人で何かをしていた」ということはリンダにはお見通しだったため、彼女は何も言わずにガラティーンの身づくろいをする。
 後からチャーリーもやってきてアルジャーノンの脇に控える。
「ガラティーン様。いえ奥様。今宵からはホルボーン子爵夫人なんですからね」
「そうか!」
 少し考え事をしていたような顔つきのガラティーンが、ぱちっと目を開く。
「そうだ、今日からは私はホルボーン子爵夫人だったんだ」
 目をぱちぱちとさせながら、アルジャーノンが五月のバラのようだと思っていたその笑顔で「子爵夫人」と、嬉しそうに繰り返す。
「うふふ」
 アルジャーノンを見てにこにこしているガラティーンを見て、アルジャーノンも幸せな気持ちになる。同時に、自分にはできないような破天荒な考え方のこの妻と一緒なんだとアルジャーノンは心を引き締めないと、とも考えた。
「これからもよろしく頼むよ」
「こちらこそ」
 走行しているうちに列車はドーヴァーに着き、荷物をチャーリーやマーティンたちが運び出した後に、ガラティーンの手を取ってアルジャーノンがホームに降りる。
 愛する人と知らない土地にやってきたという高揚感と、新しい生活に対しての高揚感、愛する人を手に入れたという達成感などが一気にガラティ―ンにのしかかってきて、彼女は顔が緩む。それを、唇の両端をぐっと持ち上げる形で抑えつけ、アルジャーノンと一緒に歩いて行く。
 この後も彼女は、アルジャーノンと共に、歩んで行くのだ。




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ここまで読んでくださったみなさま方、ありがとうございました。

いったんこの話はここで終わりになります。
次の話はかなり蛇足になります。これで終わった!スッキリ!でいいと思います。
よろしくお願いいたします。
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