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玲が控え室の扉を閉じる音は、他のどの音よりも静かだった。
その静けさが、かえって部屋の空気を重たくした。
恭吾はしばらく扉の方を見ていた。
玲の言葉──。
「心配しないで」「時間が経てば消える」
そのどれもが“医者の慰め”にしては不自然に軽かった。
楓は椅子の端に座ったまま、胸元を押さえていた。
痛みではなく、どこか落ち着かないような仕草。
「……加藤さん」
「うん」
「朝比奈先生……何か隠してましたよね」
恭吾は少しだけ息を吐いた。
ふだんなら後輩を惑わせないために否定するところだが、今回はわずかに首を傾けた。
「……お前もそう思ったか」
「はい。なんていうか……言葉の重さが違いました」
「玲は慎重な性格だ。確信のないことは言わない」
恭吾は視線を机の資料に落とす。
髪の解析結果。
“自然発生では説明できない構造”。
“成長痕がない”。
“遺伝子操作の可能性”。
そして──楓の胸奥を揺さぶった、正体のない反応。
「隠しているというより……確信がないんだろう。だが、あの反応は普通じゃない」
「普通じゃ……ない、ですよね」
楓は指先をぎゅっと組んだ。
自分の内側に起きた反応が、説明のつかない恐さをまとい始めている。
「秋本」
楓が顔を上げる。
「無理に探ろうとするな。わからないものは、まず“事実”から固める」
「……はい」
「お前の体に起きたことも、鑑識の結果も、全部つながるかどうかはまだ不明だ。落ち着け」
声は低いが、強すぎない。
人を落ち着かせるための“配慮された低音”だった。
楓は胸の奥のざわつきが少しだけ和らぐのを感じた。
恭吾は資料を閉じ、慎重に言葉を選んだ。
「……秋本。ひとつだけ確認しておくが」
「はい」
「現場で感じた“触られたような感覚”──、それは、初めてか?」
楓は答えようとして、喉で言葉が止まった。
“初めて”と言いたかった。
言うべきだと思った。
けれど──胸の奥の揺れが、まるで“違う”と訴えるように波打った。
思い出せない。
でも、どこかで似た感覚が……散り散りに光っている。
楓は時間をかけて、慎重に答えた。
「……わかりません。
でも……“初めてじゃない気がする”んです」
恭吾の目が細められる。
責める色はどこにもない。ただ、何かを正確に掴もうとする集中の光。
「覚えてないのか?」
「はい。でも……胸だけが覚えてるみたいで……」
そのとき、楓の胸奥がまた軽く震えた。
さっきより弱いが、確かな揺れ。
「……っ」
「秋本」
恭吾の声に気づき、楓は息を飲み込む。
「まだ反応が出てるな」
「す、すみません。大丈夫です……」
「大丈夫じゃない」
恭吾は立ち上がり、テーブルを回り込む。
楓の前に立つが、距離は取る。
「今日はもう帰れ。家まで送る」
「……でも、仕事が──」
「命令にするか?」
楓は、言葉を飲んだ。
その声音が、普段よりずっと静かに聞こえた。静かで、優しくて、逆らえない。
「……お願いします」
恭吾は頷き、上着を手に取った。
その静けさが、かえって部屋の空気を重たくした。
恭吾はしばらく扉の方を見ていた。
玲の言葉──。
「心配しないで」「時間が経てば消える」
そのどれもが“医者の慰め”にしては不自然に軽かった。
楓は椅子の端に座ったまま、胸元を押さえていた。
痛みではなく、どこか落ち着かないような仕草。
「……加藤さん」
「うん」
「朝比奈先生……何か隠してましたよね」
恭吾は少しだけ息を吐いた。
ふだんなら後輩を惑わせないために否定するところだが、今回はわずかに首を傾けた。
「……お前もそう思ったか」
「はい。なんていうか……言葉の重さが違いました」
「玲は慎重な性格だ。確信のないことは言わない」
恭吾は視線を机の資料に落とす。
髪の解析結果。
“自然発生では説明できない構造”。
“成長痕がない”。
“遺伝子操作の可能性”。
そして──楓の胸奥を揺さぶった、正体のない反応。
「隠しているというより……確信がないんだろう。だが、あの反応は普通じゃない」
「普通じゃ……ない、ですよね」
楓は指先をぎゅっと組んだ。
自分の内側に起きた反応が、説明のつかない恐さをまとい始めている。
「秋本」
楓が顔を上げる。
「無理に探ろうとするな。わからないものは、まず“事実”から固める」
「……はい」
「お前の体に起きたことも、鑑識の結果も、全部つながるかどうかはまだ不明だ。落ち着け」
声は低いが、強すぎない。
人を落ち着かせるための“配慮された低音”だった。
楓は胸の奥のざわつきが少しだけ和らぐのを感じた。
恭吾は資料を閉じ、慎重に言葉を選んだ。
「……秋本。ひとつだけ確認しておくが」
「はい」
「現場で感じた“触られたような感覚”──、それは、初めてか?」
楓は答えようとして、喉で言葉が止まった。
“初めて”と言いたかった。
言うべきだと思った。
けれど──胸の奥の揺れが、まるで“違う”と訴えるように波打った。
思い出せない。
でも、どこかで似た感覚が……散り散りに光っている。
楓は時間をかけて、慎重に答えた。
「……わかりません。
でも……“初めてじゃない気がする”んです」
恭吾の目が細められる。
責める色はどこにもない。ただ、何かを正確に掴もうとする集中の光。
「覚えてないのか?」
「はい。でも……胸だけが覚えてるみたいで……」
そのとき、楓の胸奥がまた軽く震えた。
さっきより弱いが、確かな揺れ。
「……っ」
「秋本」
恭吾の声に気づき、楓は息を飲み込む。
「まだ反応が出てるな」
「す、すみません。大丈夫です……」
「大丈夫じゃない」
恭吾は立ち上がり、テーブルを回り込む。
楓の前に立つが、距離は取る。
「今日はもう帰れ。家まで送る」
「……でも、仕事が──」
「命令にするか?」
楓は、言葉を飲んだ。
その声音が、普段よりずっと静かに聞こえた。静かで、優しくて、逆らえない。
「……お願いします」
恭吾は頷き、上着を手に取った。
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