彼がスーツに着替えたら

森野きの子

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投げられた賽5

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「ねえねえ、桐原さん。それって、わざと?」
 昼休みにトイレの手洗いでコーヒーのシミがついた服を洗っていると、化粧直しにやってきたらしい御三家の中で松原が入ってくるなり、鏡越しに言った。
「何のことでしょう」
 冴子は視線を三人から洗濯物へと移し、手短に応える。
「その制服、社長へのアピール? それとも、男性社員全員? 何そのシャツ。女超えてメスアピール? できてると思ってるの? フツーにキモいよ?」と結城。
「ここ、キャバじゃないんですけどぉ」と秋元。
 サイズ違いの、要りもしないスカート八千円、ベスト九千五百円、ジャケット一万五千円、ボタンの飛んだシャツ四千五百円。合計三万七千円。これが今月の給料から天引きされるのだ。二度と着ることのない会社の制服のために。気になるデパコスの春夏の新色が三つほどあった。そろそろ下着も新調したかった。貯金がないわけでもないが、どうしたって三万七千円は安くない。
「社販に合うサイズがなかったんです。元々着ていた服は、結城さんと秋元さんがぶつかってきた拍子にコーヒーが零れて、着れなくなったんです。シミも落ちないですし。軽くですけど、火傷っぽいんですよね。どうしてくれるんですか?」
「えー? ぶつかったっけ?」
「サヤちゃんが覚えてないならアタシも知らなぁーい」
「自分の不注意、人のせいにしないでくれる?」
 あははと甲高い笑い声がトイレ内に響く。心底憎たらしくて腹が立ったがどうしようもない。
「午後の会議の準備、終わってるの? 昼休みあと十五分よ」
 と冷たい声で松原がいう。
「先に終わらせました。どうぞご心配なく」
 冴子は言い返し、コーヒーの染みがついたシャツを絞る。後は家に帰ってクリーニング店に相談しよう。そう諦めてランチのサンドイッチが入っていたコンビニのビニール袋に洗って絞ったシャツとスカートを折りたたんでつめた。
「お先に失礼します」
 冴子がいう。
「どうぞお気をつけて。新人さん」
 と松原が不敵な笑みを浮かべた。
 
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