悪役令嬢に転生したけど、推しが中の人だった件について

佐伯すみれ

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ユリウス・ローゼン

ユリウス・ローゼン

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ローゼン家の本邸は、白銀の大理石でできた静謐な館だった。
その空気は、まるで魔力で冷やされたように張り詰めていて、
しおり──いや、ヴァイオレットとして目覚めた私は、
その中でひときわ異物だった。

「お嬢様、旦那様がお呼びです。応接間へどうぞ」

メイドの声に導かれ、私は重厚な扉の前に立った。
深呼吸をして、扉を開ける。

そこにいたのは、完璧に整えられた金髪の青年。
背筋は真っ直ぐ、制服の襟元に乱れはなく、
手には分厚い書類の束。
まるで“肖像画から抜け出したような兄”。

──ユリウス・ローゼン。
ローゼン家の嫡男。
ヴァイオレットの従兄弟にして、学園の生徒会長。
そして、ゲームでは“破滅ルートの監視者”でもある人物。

「……ようやく目を覚ましたか、ヴァイオレット」

その声は低く、冷ややかで、どこか疲れていた。
でも、どこかに微かな安堵が混じっていたのを、私は聞き逃さなかった。

「ご心配をおかけしました、ユリウスお兄様」

そう言いながら、私は令嬢らしく一礼する。
けれど、内心はぐるぐるだった。

(え、これがユリウス兄様!?
ゲームでは“冷酷な従兄弟”ポジだけど、声が……声が……!)

彼の声を担当しているのは、あの重低音の貴公子・神原隼人。
理知的で威圧感がありながら、時折見せる優しさがファンを殺す、
“兄属性”声優の代表格。

(ちょっと待って、今「目を覚ましたか」って言った!?
その声で!?その顔で!?)

「……医師の診断では、頭を打った影響で一時的な記憶の混乱があるとのことだが。
お前は、自分が“誰”か、理解しているのか?」

(え、詰められてる!?でも、声が良すぎて怒られてる気がしない……!)

「はい。私はヴァイオレット・ド・ローゼン。
ローゼン家の令嬢として、恥じぬよう努めますわ」

「……そうか。ならば、今後の行動で示せ。
お前の振る舞いは、ローゼンの名に直結する。
……それを忘れるな」

彼は書類を手に立ち上がると、私の横をすれ違いざまに一言だけ、
誰にも聞こえないような声で囁いた。

「……無理はするな。お前は、昔から無理をする」

その言葉に、私は思わず振り返った。
けれど、彼はもう背を向けていた。

(え、なにそれ……え、え、え、え!?
それって、もしかして……優しさ!?)

──語彙力が死んだ。
でも、令嬢としては微笑みを崩さない。
心臓が跳ねても、スカートの裾は乱さない。

(これは……好感度、上がってるのは私の方じゃん……!)

 ローゼン家の中庭。
秋の風が吹き抜ける午後、私は魔力制御の自主訓練をしていた。
闇属性の魔力を安定させるには、集中と感情の均衡が必要。
でも、今日はなぜかうまくいかない。

「……集中が甘い。魔力が散っている」

背後から、低く響く声。
振り返ると、ユリウス・ローゼンが立っていた。
完璧な制服姿。冷静な瞳。
そして──2番手推し声。

(ちょ、ちょっと待って……今の「集中が甘い」って、神原隼人ボイスで言われた……!)

「……すみません。少し、気が逸れてしまって」

「理由は?」

「……その、風が気持ちよくて……」

「言い訳だな」

(はい、語彙力死亡。でも、叱られてるのに嬉しいって何!?いつの間に私ドMに!?)

ユリウスは無言で私の手を取った。
その手は冷たくもなく、温かくもなく、ただ“確か”だった。

「魔力の流れを感じろ。
お前の魔力は、感情に左右されやすい。
……それは、弱さではない。だが、制御できなければ脅威になる」

彼の手が、私の手の上に重なる。
魔力が、静かに共鳴する。

(え、え、え、え!?手、重ねてる!?
しかも、魔力共鳴!?それって、実質スキンシップじゃん!?)

「……君は、変わったな。
以前のお前なら、こんな訓練にすら文句を言っていた」

「今の私は……少し、違うかもしれませんわ」

「……そうか。ならば、見せてみろ。
“今のヴァイオレット”が、どこまでやれるか」

その言葉に、私は深く息を吸った。
魔力を整え、闇の刃の軌道を描く。
彼の手が離れても、感覚は残っていた。

訓練が終わった後、彼は一言だけ残して去っていった。

「……よくやった。次は、もっと高い精度を目指せ」

(え、え、え、え!?褒められた!?兄様に!?推し声で!?)

──好感度+20、確定。

でも、令嬢としては微笑みを崩さない。
心臓が跳ねても、スカートの裾は乱さない。

夜のローゼン邸。
館の廊下は静まり返り、書斎の扉だけがほのかに灯っていた。
 

「兄様、失礼いたします」

 
私は、そっと扉をノックして入った。
ユリウス・ローゼンは、分厚い書類に囲まれていた。
金髪は整えられ、眼差しは鋭く、姿勢は完璧。
まるで肖像画の中の人間のよう。

「……何か用か?」

「いえ。ただ、少し……お話がしたくて」

彼はペンを置き、視線をこちらに向けた。
その瞳は冷静で、でもどこか、疲れていた。

 
「……座れ」
 

私は、彼の向かいの椅子に腰を下ろした。
書斎の空気は静かで、魔力の気配すら感じないほど整っていた。
 

「……最近、よく来るな」
 

「兄様とお話しすると、落ち着ち付きますのでつい……」

「……そうか」

その言葉に、彼はほんの少しだけ目を伏せた。
それは、感情を隠す仕草だった。

(ちょ、ちょっと待って……今の「そうか」、神原隼人ボイスで言われた……!
低音で、静かで、でも優しさが滲んでて……語彙力、死んだ)

「……昔のお前なら、こんな風に話しかけてくることはなかった。
変わったな、ヴァイオレット」

「ええ。少し、変わったかもしれませんわね」

「……その変化が、良いものならいいが」

彼は、机の上の書類を片付けながら、ぽつりと呟いた。

「お前は、無理をする。
昔からそうだ。
……誰にも頼らず、すべてを背負おうとする」

その言葉に、私は思わず息を呑んだ。
彼は、私の“中身”が変わったことに気づいているのかもしれない。
でも、それを責めるのではなく、ただ“見守っている”。

「……兄様は、私のことをよく見てくださっていたのですね」

「当然だ。お前は、ローゼンの名を背負う者だ。
……そして、俺の家族だ」

その瞬間、心臓が跳ねた。

(え、え、え!?今、“家族”って言った!?
しかも、あの声で!?それって、実質告白じゃない!?)

でも、令嬢としては微笑みを崩さない。
スカートの裾を整え、姿勢は保つ。

「……ありがとうございます、兄様。
その言葉、とても……嬉しいですわ」

彼は、書類の束を閉じて、静かに立ち上がった。

「……今夜は、もう休め。
明日の講義に備えておけ」

「ええ。おやすみなさいませ、ユリウスお兄様」

扉を閉じた瞬間、私は壁にもたれて崩れ落ちた。

(無理無理無理……好感度+30くらい跳ねた……!
ルシアンが本命でも、兄様は2番手推しの座を揺るがす破壊力……!)

──でも、令嬢としては明日も優雅に振る舞う。
だって私は、推しにも兄様にも誰からも好かれる令嬢になるって決めたんだから。

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