FULUNAGAN

新妻泉子

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東京へ

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 翌日。東京行きの高速バスに乗ったイナオは、最大八時間の旅路を課題に充てる事にした。PNA(プロ忍者アソシエーション)が引退後のセカンドキャリアなどを鑑み、十代選手には必ず教育機関での学習義務が存在するため、例外なく大阪にあるPNA運営の高等学校にイナオも編入しなくてはならなかった。
 
「と言っても通信制だからね。毎日通わなくても大丈夫だよ」
 
 アズマ曰く簡単な課題を提出し、決められた日時に数回登校すれば良いとの事なので、リーグの負担には然程ならないそうだ。
 
「ふう……これで終わりましたかね」
 
 全ての問題を解き終えた頃、バスが名古屋のサービスエリアに停車する。イナオは今朝握っておいた塩むすびを頬張り、残りは東京の地図やプロ忍者規則を読んだり、仮眠をとったり、指先鍛錬用の折り紙に勤しみながら暇を潰していた。

 到着地の東京駅は人でごった返していた。タクシー乗り場を駅員に尋ね、乗り込んだ車の運転手に披露式が行われるホテルの場所を告げる。
 
(このタクシーとやらは便利ですね)
 
 古長邸に向かう時もこうしておけばと、イナオは少し後悔しながら窓の外を見る。大阪の都市部と同様に緑が少なく、より高いビルが立ち並ぶ光景に、彼女は世界の広さを痛感する。
 
「お客さんも不忍リーグ好きかい?」

 赤信号で一時停止の最中、初老の男性運転手が声を掛けてきた。
 
「ルーキーの披露式に行くんだろ。今日乗せる客は殆どそうなんだよ。俺も昔っからの宗像ファンだから、開幕が楽しみでな」
 
 それからタクシーが交差点を左折する
 
「マクダエルの倅が入団断った時にゃ、野郎ブッ飛ばしに行こうかと思ったが、代わりに入ってきたヤングってのも、なかなかの男らしくてよ」
「ガーフィ……」
 
 何処かで聞いた名だと彼女は思ったが、覚えていないという事は、そこまで重要人物でないのだろうと判断した。
 
「それにな。今年はすげえ隠し玉もいるみたいだぜ。なんつったかな……確かイタコみたいな名前だった気がする」
「また随分と強そうですね」
「だろ。おっと、このホテルだ」

 運転手はホテルの玄関前にタクシーをつける。

「二千三百七十円。クレジットでも電子マネーでもいい」
「あの……じゃあこれで」
 
 イナオは黒いカードを差し出す。
 
「なんだこれ?」
「とりあえず、それ見せればいいって言われたんですが」

 
 すると男の顔がみるみる紅潮していく
 
「おい、ちょっと待て! これPNAの公認パスじゃねえかっ」
「あ、駄目ならお金で払います」
「いや、そうことじゃなくて。こんなもん、関係者じゃなきゃ持ってるわけ……まさか姉ちゃんがっ⁉︎」
「はい。まだ駆け出しですけど」
 
 そう言ってイナオは深々とお辞儀する
 
「古長忍士団のイナオと申します。以後お見知りおきを」
 
 大理石の床、上空の巨大なシャンデリア、広いホテルのロビーはまるで現世から切り離された異様な空間だった。
 
「ふむ。これまた立派な」
 
 感嘆の声が自然と漏れる。多く人間が行き交い、受付にも溢れている。イナオは手が空いていそうなホテルマンを探してみるが、何処もかしこも忙しそうに動き回っていて、声を掛ける暇さえ無かった。

「……ねえ、貴女」
 
 なす術なく立ちすくむ彼女は徐に声のする方へと首を傾ける。そこには一人の女性が困惑の表情を浮かべていた。
 
「もしかして、古長のイナオちゃん?」

「はあ」と頷きながらイナオは女の全体像を捉える。この場に似つかない違和感のある奇抜な衣装。彼女はすぐさま同業者であると察した。
 
「ここで何してるの? ルーキーは別館で待機になってるはずだけど」

 初めて知ったという顔するイナオ。それを見た女は指で顎を触る。
 
「はーなるほど。古長……てか頭領も相変わらずってわけね」
 
 それから女は別館にある楽屋までの道筋を丁寧にイナオへ教えた。
 
「ご親切にどうも」
「どういたしまして。偶々通り掛かってよかったよ。あと、これからはちゃんと自分でも調べておくこと。君んとこのボス、結構抜けてるからさ」

 それじゃ、と女は踵を返す。
 
「あの、お名前は?」
「私はナラ。アズマとはちょっとした知り合いでね。よろしく言っておいて」
 
 イナオは無事に楽屋まで辿り着く。扉を開け中に入ると長テーブルに九人の忍者が腰掛けていた。一つだけ空いている席に古長と書かれたプレートが置かれている。急いでイナオも着席すると対面にいる男が鋭い視線で彼女を睨んだ。
 
「北海道 折原忍士団 ウラハ(54)
 
 東北  鮎川忍士団 ゲラー(28)

 関東  宗像忍士団 ヤング(32)
 
 中部  農亜忍士団 ソラン(40)
 
 関西  時宮忍士団 ヨウコ(25)
  
 摂津  古長忍士団 イナオ(16)
 
 中国  芝草忍士団 シゲキ(80)
 
 四国  漆山忍士団 マツバ(14)
 
 九州  琴葉忍士団 ガーフィJr.(23)
 
 沖縄  比嘉忍士団 カノル(37)
 
           以上 10名」
           
 式が始まり、壇上の司会者が今年のルーキーを読み上げる。
 
「……そっかあの時の」
 
 イナオは小さくそう呟く。あれはトライアウトの一次試験が終わった後、記者に囲まれた時にその名前について聞かれたのだ。
 
 ——ガーフィさんって誰ですか?
 
 そう答えると記者達は水を打ったのように静かになった。
 
「フォトセッションを行います。皆さま中央までお詰め下さい」
 
 ルーキー全員が真ん中に寄り、イナオとガーフィJr.が横並びになる。
 
「てめえの面、一生忘れねえからな」
 
 彼の脅迫がイナオの耳に届いてはいたが、カメラのシャッター音が五月蝿くて、ノイズにしか聞こえなかった。
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