コロニー

神楽 羊

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第十九話 喪失と再生

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 コロニー側と咎人と呼ばれる者達が一触即発のその刹那、私は長から半ば奪うようにナイフを受け取ると躊躇わないよう大きく勢いをつけ自分の心臓目掛けて突き刺した。
 
 これだけが答えだと私は確信していた。

 筆舌に尽くしがたい痛みが襲い苦しみに私は呼吸が出来ず倒れ込んだ、勢い良く血が吹き出す。

 戦闘が始まる音を聞いた。ヨコ達は私を奪う為の、仮面達は私を奪わせない為の。



***



 これで大いなる神は私から離れる


 …はずだった。




 大いなる神が、どれだけ経っても現れない。


 だんだんと意識が無くなっていくのがわかった、私は失敗した。



 糞、この方法は間違っていたのか
 痛い、血が止まらない。

 糞糞クソ!、ダメだったのか

 ただ、血は流れる。









 …約束を守れなかった
 三人で生きようと言っていたのにこのままでは無駄死にじゃないか
 全てが終わったらニーナに想いを伝えようと思っていたのに
 ジンとあの川へ釣りに行こうと約束していたのに
 せめて、せめて大いなる神を道連れに出来たらと思っていたのに、無念だ、悔しい、冷たい、痛い
 …ああ!痛みも感じなくなってきた、寒い、嫌だ、家族に会いたい、死にたくない、死にたくない、何も要らないから死にたくない!まだ生きていたい、生きたい、生きたい生きたい死にたくない、ああもう思考が出来なくなる…

 そして私の心臓は動かなくなった。

***



駆け寄るジンとニーナ、仰向けにニーナに抱えられた私を私は見ていた。全てを吐き出したのか、感情は無い。

 ぼんやりとしたまま思い出す。
 そうか、私は心臓を突き刺し大いなる神と離れようとしたのだ。
 随分と遠い昔のような気がする。
 悲しそうな二人の顔がここから良く見える、約束を果たせなかったという感情とこれで解放されるという思いが溢れて私はもうどうでもよくなった。
 私はこれからどこへ行くのだろうか、自らの命を絶った者の行き先。
 どうせろくな場所ではないだろう。

 血の臭いはずっと嫌いだった。

 リンネの心を喰ったのは憎かったからだとずっと言い聞かせていた、そうしないと気が触れてしまいそうだったから。
 そうでは無いとわかっていた。
 ただ、これが運命だったのだ。

 ただそれだけの事。

もう全ては焚べられ、燃え尽きようとしている




 


––––途方に暮れているようだな、若き継手よ、お前は答えを導き出した。
 正解だ、お前自身だからこそ私を分かつ事が出来た。お前の望み通り私は消えて行く事にしよう。

 大いなる神は満足そうにそう言った。そこには未練と口惜しさは含まれていないように聞こえた。

 もしかしたら最初からこうなる事がわかっていたのかもしれない。絶望させてから出てくるとは、最初から思っていたが私は大いなる神が嫌いだ。

 –––お前の絶望に支配された顔、なかなか良いものを見させてもらった。そんな顔も出来るじゃないか、もっと感情を表に出してもいいんじゃないか?
 「うるさい。」
 –––偶然の中に意志は宿る。だからお前は生きろ、お前にお前の本来の命を返そう。
 今度こそ本当のさよならだ。
 盲信していた、憎んでいた神の消えた世界でお前達がこれからどう生きて行くのか果てから観察させてもらうぞ。



 今まで見た事のない程眩しい光に包まれたと思うと私は大いなる神の力で息を吹き返した。

 開かれた私の胸から【大いなる神だった物】が飛び出しほんの微かに蠢いている。
 その脈動から生命の灯火が終わろうとしているのは誰の目にも明らかだった。
 溢れ出していた筈の血はいつのまにか止まって胸の傷も閉じていった。
 そして私は意識をハッキリと取り戻した。

「大いなる神はもうこの世に居ない、全部終わりました…燃やしてあげて下さい。彼を仲間の元に帰してあげて下さい。」

 私は腹立ちとほんの少しの寂しさを覚えながら周りの人達にお願いをした。

 鬼の形相でヨコがもう動かない大いなる神を掬い取ると死を看取り小さく嗚咽を漏らした。
 長が近寄って行く、ヨコの肩をゆっくり叩くとその死骸を受け取り地面に置いて祈る様に火を付けた。

 それを見届けるとヨコは言葉を忘れ、膝から崩れ落ちる。

 護り手やコロニー側の兵士達も魂が抜けた様に立ち尽くしていた。

 縋るべきものが消えた人間はこんなにも弱くなるものなのか、私がした行為の罪深さを思い、そしてこれで良かったのだとも思った。
 

 神は死んだのだ。
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