好きな人の好きな人がわたしではなくても。

hana

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いい加減だと言われても。

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その日の夜。

営業時間が終了し、キッチンにはわたしと副店長の太田さんの2人に。

すると太田さんが、昼間の女性グループの話を始めた。



「びっくりしたでしょ、ああいう感じで、向井くん目当てで来るお客さん結構多いんだよねー。」

「えっ、そうなんですか?」

わたしはまだ自分の持ち場であるキッチンで手一杯。

だから普段のホールの様子を全然知らなかった。



「そー。だから最初はどんな目的でも大事なお客様だから笑顔で接してあげてって言って一緒に練習したこともあったんだけどね。どうも苦手みたいで。」

「…そうなんですか。」

そうか、あれってわざと真顔なんじゃなくて、上手く笑えないだけなんだ。

普段の鬼っぷりがあるから、お客さんにまで愛想がないのかと思っていたけど。

笑う練習を頑張ってる向井さんを想像すると、また可愛いだなんて思ってしまった。

いくら本人がいないとはいえ、絶対に口には出せないけれど…。



「あんな綺麗な人に写真撮ろうなんて言われたら、俺なら大喜びで撮っちゃうけどね~」

太田さんは冗談っぽく笑いながらそう言った。



…あ。

今なら自然に聞けるかもしれない!



そう思ったわたしは、太田さんの冗談を受け流した後、それとなく尋ねてみることにした。



「向井さんって彼女さんとかいるんですかね?
あの、わたしも綺麗なお客さんに顔色変えないところをみて、びっくりしたっていうか…!」

太田さんに勘ぐられないよう、自然を装って聞いてみた…つもり。



「あーどうなんだろ?何年か前にそういう話した時は興味ないって言ってたけどね。最近もいる素振りはないなぁ…ほら、向井くんって朝から晩までここにいるし。」

ハッキリとした情報は得られなかったものの、わたしにとっては嬉しい証言。

太田さんの言う通り、向井さんはずーっと職場にいるしやっぱり彼女はいないのかもしれない。

だからって嫌われているであろうわたしがなれるかと言うと、到底難しいけど…

それでもやっぱり、この気持ちが正当化できるような気がして嬉しかったんだ。



だからつい、こんなことを言ってしまったの。



「そうですよね!向井さんって仕事が恋人って感じですもんね!」

「おー、言うねー棚崎!」

太田さんはそう言って笑ってくれたけど…数秒後、わたしはこの発言を激しく後悔することになる。



「大きなお世話だから。」

後ろから聞こえないはずの声が聞こえて、わたしと太田さんは同時にビクッと肩をすくめた。

そして振り返ると、そこには向井さんの姿が。

今は上の事務所で別の仕事をしているはずだったのに…。



しかも間の悪いことに、このタイミングで太田さんがホールのスタッフに呼ばれてしまって。

太田さんは「ごめん!」とわたしに手を合わせて、キッチンから出て行ってしまった。

本当は太田さんと一緒に逃げ去りたい気持ちだったけど、とても逃げられるような空気ではなく…

ただ黙って、そこに立ちすくむしかできなかった。



どこから聞いていたのかわからないけど、さすがに今の会話だけじゃわたしの気持ちバレたりしないよね…?

まずは嫌な気持ちにさせたんだから、謝らないと。

そう思って、口を開きかけた時。



「俺は他人の迷惑も考えず店員目当てに通い詰める客には興味ないし、結婚願望もなければ彼女が欲しいとも思ってない。

最近俺の詮索してるけど、どーいうつもりなの?」

…怒ってる。



向井さんはいつもぶっきらぼうな口調で、顔も怒ってるみたいだけど。

今の向井さんは今までの中で1番怒ってる。



そりゃあそうだ。

わたしが向井さんのことを知りたい理由なんて知りもしないし、知ったところで関係ない。

遠回しにこそこそ詮索されて、挙句の果てに陰で悪口みたいなこと言われて。

怒らない人なんていない。

わたしは自分を安心させるために、好きな人に嫌な思いをさせてしまったんだ。

…好きだなんて、思う資格もないのかもしれない。



「すみません、嫌な気持ちにさせたかったんじゃないんです。
失礼なことしてしまって、本当にすみませんでした。」

どういうつもりなの?という問いかけの答えには全然なっていない。

だけど、それに答えるわけにはいかないわたしは、ただただ謝るだけ。



「答えになってないんだけど。」

案の定、そう返されてしまった。



「一緒に…お仕事してるのに、向井さんのこと何も知らないなと思って、知りたくて…。」

好きだからという核心には触れられないけど、これは本当の思い。

こんな答えが許されるのかはわからないけど、それしか言えることはなかった。



だけど、やっぱり思いは届かなかったみたい。



「俺は仕事しにここに来てるだけだから。誰かに知ってほしいとか仲良くなりたいとか思ってないし、もう余計なことしないで。」

向井さんに、わたしの真意こそ伝わっていないけれど。

これはもう、振られたも同然だ。

好きという以前に、人間として近づくことを拒絶されているんだから。

元々嫌われているって思っていたはずなのに、最近浮き足立っていたんだ、わたし。

向井さんに相手がいなかったら、頑張って、同じ気持ちになれるかもしれないなんて…。

ひとりよがりにもほどがある。



「棚崎だってここに友達つくりにきたんじゃないよな。最近気散りすぎ。いい加減な気持ちならやめろよ。」

向井さんが最後に言ったその言葉は、わたしの身体中にしばらく響き続けた。

恥ずかしい。

勝手に浮かれて、舞い上がって、ここにいる理由さえも見失って、見透かされて。

恥ずかしくて、悲しくて、悔しくて。

「…すみませんでした……っ」

自分が悪いのに溢れてくる涙が傲慢に感じて、気づかれないように急いで帰路に着いた。

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