私は女神ではない。…と思う。

山口 慶佳

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31 ネレイス

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 「駄目だよ、アマティア。話なんか通じない。人間は息が長く続かないから、水の中に沈めちゃおう」
 「そんなの良くないわ、イアイラ。それにさっきのこの人間の魔法を見たでしょ。とても敵わないわ」
 「おいおい、人間も悪い者ばかりではないよ。何か力になれるかも知れないから話してみてくれないかな。…その前に、僕らを『人間』と呼ぶからには…」
 「…はい、私達は…」

 言い争っていたようだが、コンラートさんが優しく声を掛けると、アマティアと呼ばれていた女性が下半身を水から出して見せた。思った通り、魚のような尾だ。しかし、鱗に覆われてはおらず、つるつるしている。イルカに近い。

 「ネレイスか!淡水の湖に生息している種がいるとは思わなかった」
 「ええ…、この湖の底は、大きな隧道があって海に繋がっているのです」
 「何だって!…なるほど。それで、この湖には他では見られない多彩な生物が見られるのか。ふむふむ…」

 「そ、それで、どうしてこんなことを?」

 コンラートさんが学者思考モードに入ってしまったので、私が慌てて引き継ぐ。

 「はい、ずっと昔、私達の一族は海に住んでいました。海は食べ物も多いし快適なのですが、私達を襲う大きな生物もいて、危険もあります。ある時、先祖の一人がそのような生物に追われ、海中に洞窟を見つけて逃げ込みました。そこは入り口も狭く、危険な生物も入って来れませんでした。しばらく経って、洞窟の奥にさらに穴が見つかり、それを調べてみると、この湖に繋がっていることが分かったのです」
 「いやいや、待ってくれ。海と繋がっていたら、潮の満ち干で湖面の高さに変化があるはずだけど、そのような事実はない」
 「それは、途中に空気の入った洞窟があるからでしょう。恐らく人間には発見されていないと思われる巨大な地下洞窟が無数にあるのです」
 「何だって!地下洞窟か…なるほど。ふむふむ…」

 「そ、それで?」
 「この湖は水質も綺麗で、私達を襲う生物もいません。食べ物になるほどの生物もいませんが…。そこで、私達はこの湖の底に住居を構え、必要なときに海に行くという生活をするようになったのです。そうやって、こっそりと暮らしていました」
 「いやいや、待ってくれ。君らも人間と同じ肺呼吸だろう?人目につかずこっそりというのは難しいんじゃないか?」
 「洞窟もありますし、湖の中央の辺りで顔を出しても湖畔からは見えないですから。最近では舟がありますので注意が必要ですが。短時間なら人化の術で人間に見せることも出来ます。そうやって人里で買い物をしたこともあるんですよ」
 「何だって!人化の術か…なるほど。ふむふむ…」

 コンラートさん、黙っててくれないかなあ。

 「そ、それで?」
 「は、はい、ですから、湖の廻りに人間が住み着いて増えてきても、あまり気にしませんでした。人間も、湖の自然を守ってくれるようでしたし。でも…」
 「でも?」
 「でも、そうでない人間も増えてくるようでした。湖畔を荒らし、湖水を汚すような人間が」

 耳が痛いなあ。

 「そこで、私達の先祖がある方法を見つけました。それが、この大きな生物の人形です」

 …はい?

 「この人形は元々祭事に使うものだったらしいのですが、今では良く分かりません。間違いで昼間に重石が外れて湖面に浮いてしまったことがありまして、人間に見つかってしまいました。それからしばらく、怖がったのか湖を汚す人間はいなくなったと伝えられています」
 「その話はトッシーの伝説にも繋がる話ですね。ただ恐ろしいだけではなく畏怖した。人知を超えた恐れ敬うべき謎の生物、そんな生物がいる湖を汚すような罰当たりなことはしてはいけない、というのがここトレンタで昔から言われていることです」

 フレアが説明する。と、アマティアさんが頷く。

 「とっしー?ですか。可愛い名前ですね。…それから度々、私達は伝説が忘れられないように、この人形を引き回しました。それは伝説のためでもありましたが、お祭りのようでもありました。はっきり見られると人形だと分かってしまうので、霧ではっきり見えないようにして。私達は種族的に霧の魔法が使えるのです」

 ああ、如何にもな魔法ね。

 「しばらく湖を汚されるようなことはなかったのですが、最近またそういう人間が増えてきたようで、それで私達は…」
 「いやいや、待ってくれ。それは話が逆じゃないか?このトッシーが最近良く現れるようになったのが、湖を汚すような連中が増えた原因だよ?」

 今度のコンラートさんの割り込みには、文句の視線は向けられなかった。みんなそう思っていたからだ。

 「…違いますよ、コンラートさん。彼女の仰る『最近』はここ1年ぐらいのことではなく、ここ数十年のことでしょう」
 「どういうこと、フレア嬢?」

 「ここ何十年か、だんだんトレンタの自然を楽しみに訪れる人が減っているという話はあります。そういう人たちは湖を汚したりしないでしょう。かわりにそうでない人が増えてきたのですよ。ただ避暑や暇つぶしに来るだけで、自然を大事にしようなんて考えない人たちが」
 「最近はそういう人が多いかもな」
 「自然を楽しむなんて余裕がない連中は増えたかもな」

 アルスとイルダが言うが、どこの世界の話か分からない感じだ。

 「そこで、最近になって昔のようにトッシーを出してみたけど…」
 「昔と違って今の時代じゃあ逆効果だったと」

 「私達も今の人間は理解できません。怖がるならともかく、わざわざ見に来るなんて。しかもそれほど興味があるのに、湖を汚すなんて」

 実際、トッシーをネタに騒げれば良いのであって、トッシー自体に興味があったり、トッシーを大事にしようと考えたりはしない連中だものね。

 「うーん、こうなると僕はネレイス達に協力したいところだけど、どうしたら良いかなあ」
 「下手に真実が分かってしまうと、ネレイスさん達が責められてしまいます」

 …うーん、誰かが悪者になってくれれば…。

 「ねえ、私にちょっと考えがあるんだけど…」

**********

 「じゃあ、そういうことで。早くしないと他の舟が来るかもしれないわ」
 「うまくいくでしょうか…」
 「大丈夫、俺達あちこちに顔が利くんだよ」

 「それじゃあ、ウインドカッター!」

 私は左手を上げて呪文を唱える。バフン、という音と共にトッシーの首の付け根が切れ、首が倒れた。完全に切れてはいない。また後で使うかもしれないし。

 「私達が岸の近くまで引っ張っていきましょうか?」
 「いや、君達が今見つかるとまずいよ」
 「ユーカ、出来るか?」

 ええ、レナに言われて、水魔法に共鳴する音も何回も確認したし。音はE。ただ、私のイメージより少し低い音。風魔法のGと一番調和する辺り。
 手を伸ばすと、その動きに合せて水面が持ち上がり、一気にトッシーを岸に向かって押し流していく。

 「す、すごい、こんな魔力のある人間がいるなんて…」
 「『人間』じゃないって話もあってね」

 イアイラにアルスがウインクしてみせる。
 あ、魔法名を言うのを忘れた。「ウォーター」かな?「ビッグウエーブ」とか。

 「じゃ、また後で」

私達は、舟でトッシーを追った。
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