私は女神ではない。…と思う。

山口 慶佳

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30 対決!トッシー

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 午後になって、相変わらず見物人の多い所からちょっと離れた場所で、用意された舟に乗った。あまり大きくなく二、三人乗りだろう。後ろに櫂が付いている。一人が立って漕ぐもので、日本でも昔良くあった種類だ。四人で一艘の舟にはちょっときつそうなので、二人ずつに分かれ、アルスとイルダが漕ぎ手に回り、私とフレアが舟の前に座る。

 「悪いわね」
 「いや、あたしらは湖の真ん中じゃあ役に立てないからな。ユーカとフレアの魔法だけが頼りだ」

 「それにしても、今日は他の舟が出てないな」
 「・・・昨日の喧嘩という名の脅しが効いたのかもしれないな、イルダも気づいたろ?」
 「ああ、こっちを伺っている連中がいる。後でひと悶着あるかもな」
 「面倒くさいからトッシーがさっさと出てくれれば良いんだけどな」

 確かに、何日も湖に出るのも大変そうだ。まあ、そういう遊びだと思えば良いのかも。そういえば、こういう所にありそうな、如何にもという感じの白鳥型のボートとか…、この世界にはないか。トッシー騒ぎが終わったら、どこかに提案してみようかしら。

 湖の中央に向かって進んでいると、もう一艘の舟が近づいているのが見えた。こちらの舟よりさらに小さい。不思議なことに、櫂や艪のようなものが見えない。流れるように近づいてくる。

 「コンラートさん!」

 フレアが声を上げる。知り合いか。

 「ああ、フレア嬢じゃないですか。帰ってきたとは聞いていましたが、元気でした?」
 「わたくしはともかく、コンラートさんは怪我をなさっていたのでは…」
 「なーに、これぐらいで僕を止められると思ったら大間違いですよ」

 「フレア、その方は?」
 「ああ、昨日話していた動物や魔物の研究をなさっている方です」

 私の問いにフレアが答える。襲われたって人?そういえば、顔にあざが見えるし、腕にも包帯を巻いている。

 「大丈夫なんですか…あ、私達はフレアの知り合いで冒険者です」
 「ああ、凄腕って噂の方達ですね。あと、あの生物をトッシーと命名したとか」

 どこから話が伝わっているの。

 「怪我は大丈夫ですよ。こんな話は放っておけないですからね。結論を出さないと、湖が汚される一方です。この湖は珍しい生物の宝庫であるのに!」
 「今度襲われそうになったら、あたしらに任せてくれよ」

 学者っぽい口調に苦笑しながら、イルダが言う。

 「ところで、その舟なんですが…どうやって動いているんですか。何か自動で動いてるようですが」

 興味を持ったので聞いてみる。舟の後ろに車状の羽のようなものが付いていて、それが回る事で動いているのは分かる。不思議なのは、それが勝手に動いていることだ。前には方向を決めるハンドルのようなものはあるけど。

 「ああ、これは魔石に溜め込んだ魔力を力に変換して動いているんですよ。いざとなればこうやって足で漕ぐこともできるし」

 ペダルのようなものを足で示す。これはすごい。白鳥の形をした屋根を付ければ、すぐにでも完成…その話は後で良いか。

 「某有名魔工技術者の傑作でね」

 ああ、誰が作ったのか分かった気がする。

**********

 「さて、今日もトッシーが出てくれれば良いけど」

 色々な話をしている間に、もう結構時間が経った。昨日トッシーが出たのと同じくらいの時間だろうか。

 「お、おいあれ!」

 アルスが示す先を見ると、昨日のように霧がもくもくと出てくるところだった。

 「来たか」
 「昨日と同じだとこの辺にトッシーが…見えた!」

 霧はあっという間に目の前に流れてきて、それとともにトッシーの影がやはり急に現れた。

 「よし、進むぞ」

 しかしその時、いきなり舟が何かにぶつかったようにガクッと止まった。

 「な、何だ?櫂も動かないぞ」
 「こっちも、やはり昨日と同じ…」

 アルスが慌てている。コンラートさんの自走舟も、後ろの水車みたいな部分が止まってしまっているようだ。アルスの櫂はともかく、魔石の魔力を止めるとなると、高度な魔法だろうか?考えていると、今度は舟がゆっくりとトッシーから遠ざかるように動き出した。

 「これって…」

 私は舟の動きに違和感を感じた。いや、勝手に動く時点で違和感だらけなのだけど、昨日畔から見ていた時は、「舟が流されている」ように見えた。でも、水面を見ると水は動いていない。つまり、水の流れに流されているのではなく、舟だけが動かされているのだ。
それにさっきのガクッとした衝撃…これは。

 「ユーカ!霧を晴らせ!ファイアーだファイアー!」

 イルダが別の舟から叫ぶ。そうだ、炎で霧の水分を蒸発させれば霧が晴れるはず。私は左手を前に構えた。舟が揺れるから、トッシーにファイアーが当たらないように気を付けて…。

 「あ、そうか」

 私は共鳴しかけていたFの音を抑えて、別の音を思い浮かべる。良く考えれば、霧を晴らすのに火は要らなかった。必要なのはG。

 「えっと、ウインド」

 一瞬後、背後から風が吹き始め、霧があっという間に晴れていく。私は、舟が風に煽られて転覆しないように、風の威力を落とした。

 「これは…」
 「おいおい、マジかよ…」

 アルスとイルダが思わず声を上げる。他のみんなも唖然としているようだ。
 岩のようにゴツゴツした肌、大きさは以前戦ったワイバーンの数倍はあるだろう。長い首の先の顔はこちらに向けられていないが、後ろからも鋭く大きな牙が見える。恐ろしい形相をしているのだろう。見るからに凶暴な怪物だ。

 私は思わず「ウインド」を止めたが、まだ舟は大きく揺れていて、湖に落ちないように舟べりをしっかりと掴んだ。トッシーも同様に揺れているが…その顔がこちらに向けられることはない。体が大きく揺れるのに合せて、首も大きく揺れている…。

 「あれ?」

 アルスも気付いたようで、間抜けな声を出す。私は、右手を軽く振って、先ほどのウインドの共鳴の残りを使って魔法を唱えた。

 「ウインドカッター」

 威力を抑えた小さな空気の刃がトッシーの体に当たると、ベコッと鈍い音がして穴が開いた。トッシーの反応はない。

 「ハリボテかよ!」

 いや、アルス以外は大分前に気が付いているって。私は声を上げた。

 「どういうこと!出てこないとファイアーで燃やすわよ!」

 私の声に、皆ははっとして湖面を見る。今はいつの間にか止まっているが、先ほどの舟の不自然な動き。誰かが舟や櫂を『直接』掴まなければ、あんな動きはありえないはず。

 …しばらく待つと、チャポンという音と共に、目の前の水面に女性の顔がいくつも現れた。関係ないけど、みんな美人だ。

 「えっと、訳を話しますから聞いてもらえますか…?」
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