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47 フェアリーチェス大会1
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季節祭が始まった。祭りのメインは、色々な地方から来ている商人達が開く市場のようだが、今回はネレイス達も店を出しており、評判になっていた。例のトッシー人形も人を集めているようだ。
祭りは1週間で、今日はもう四日め。最初は姿を消しつつ私と行動していたスピカも、自由に見て回りたいと姿を現して飛び回っていたおかげで、すっかり町の人気者になってしまった。調査とかはしなくて良いのか。
メインとはいかなくても、そこそこのイベントであるチェスの大会は今日と明日。今日は予選で、明日が準決勝と決勝だ。予選は、参加者数十人の勝ち抜きだけど、人数が多いので同時対局だ。不公平がないように、同じ相手と白番黒番を交換して勝ち越すまで対局するので、結構大変そうだ。人数からいって、三人か四人勝ち抜けば準決勝だろう。
「しかし、良く分からないわねえ」
広場に作られた会場を見回して私は呟いた。普通より大きなものや、どういう仕組みで駒をくっつけているか良く分からない球状の盤もある。駒にも良く分からないものがある。バッファローとかゴブリンとか夜のナイトとかだろう。普通のチェスならある程度分かるのだけど…。準決勝と決勝は普通のチェスらしいけど。フレアやイルダ、それとセリアさんが参加しているはずだが、人数が多くてよく見えない。対局中に席の間に入るわけにもいかないし、後で結果を聞けば良いだろう。恐らく、フレアとイルダはかなり良いところまでいくはずだ。
「…あれはイライザかしら?」
結構、幅広い年代の参加者がいるようね。
**********
「ほっほっほ。フレアは以前、子供の頃にも参加して優勝しているからの。今回も優勝候補の筆頭じゃろうて」
夕食を食べながら、季節祭を言い訳に屋敷に帰って来ている教皇が、自分のことのように自慢する。っていうか、何故お祭りが言い訳になるのか。
「あたしはやっと勝ち進めたって感じかな。フェアリー駒は苦手でね。危なかったよ。まあ、準決勝からは普通の盤と駒みたいだけど、ここまでかな」
イルダも何とか勝ったらしい。本人曰く、フレアには絶対勝てないので、優勝はないとのこと。
「フェアリーといえば、スピカ殿はどうしたのかな?居られんようじゃが」
教皇が頭上を見回して言う。教皇は、フェアリーをはっきりと見る事は出来ないものの、何となく存在を感じる事は出来るらしく、腐っても教皇だということで、私の中の株はほんの少しだけ上昇していた。
「今晩は、何か用があるそうで。明日の大会には、さ…一緒に応援に行きますよ」
「それにしても、イライザだっけ?あの子が準決勝に残るとはすごいな」
アルスが言う。
「少し聞いたのですが、とんでもなくお強いそうですよ」
「そうなの?」
「ええ、予選では白番はもちろん黒番でも全勝したとか。しかも指し手のスピードがとても速いと」
「引き分け無し?そりゃすごいな」
フレアの言葉にイルダが驚く。
「もう一人はセリアさんだろ?こりゃやっぱりあたしの勝ちはないな」
「知ってるの?」
明日のことがあるから、敢えて紹介しなかったのに。
「ユウカさん、彼女はフェアリーチェスでは有名な方ですよ。戦術の著書もあります」
あー、なるほど。それであのお願いか。
**********
次の日の準決勝戦は朝から始まった。勝ち越すまで対局が続くので、時間を多く取っているとのこと。場合によっては、決勝戦の決着が翌日や翌々日になるかも知れず、それが予選が祭りの中日になっている理由だそうだ。
…という話だったが、第一試合のイルダ‐イライザ戦はあっという間に終わってしまった。イルダが白番で何とか引き分けに持ち込んだものの、黒番で負けてしまったからだ。それに、イライザが、殆ど考えていないのではないかと思われるぐらい早差しというのもある。
「これは、何ていうかすごいですねー!」
早く来て、観客席の前の方に座っていた私に、セリアさんが声を掛けてきた。セリアさんは、この後対局があるので、控え室の方にいたらしい。ちなみに、観客席は対局場所からちょっと離れていて、立会人が読み上げた手を係の人同士が連絡を取って、観客席前に据え付けられた大きなチェス盤で再現するようになっている。
「私のレベルでは、イライザの手はまったく理解出来ませんでした…」
「わたしのレベルでも、ですよー。最初の黒番でも、イルダさんが中央に指したポーンを無視して端のポーンを動かしていたし、次の白番でもいきなりナイトを左端に上げるし…」
「…それで、最後にはその駒を利用して勝っちまうんだからな」
「イルダ!どうだった?」
「どーもこーもないよ。アイツの手は何だありゃ。普通は一手一手に目的が見えるもんだが、まったく手の意味が分からない。白番で引き分けに持ち込めたのも殆どまぐれだよ。単にあたしの読みの深さが足りないのかもしれないけど…」
「最初の変則的に動かした駒が終盤に効いて来たとしても、最初からそこまで読んでいたってのは考えられないですねー。…あ、失礼、セリアといいます」
「名前は良く知っているよ。あんたの本も読んだ事がある。しかし、あんな定跡は載ってなかったと思うけどな」
「ですねー。色々と検討してみたいですが、わたしもこの後対局がありますからねー。まあ、フレアさん相手じゃあ勝ち目がないですけどねー」
「フレアが強いのは知ってるけど、あんたからみてもそうなのかい?」
「ええ、もうはっきりフレアさんとイライザさんの決勝戦を見るのが、今から楽しみですねー」
おいおい。
**********
「やっぱりあっさり負けちゃいましたねー!」
セリアさんは、まったく残念そうではない口調で言う。
「しかし、まさか準決勝が午前中だけで終わってしまうとはー。ユーカさんに例の事をお願いして良かったですねー」
「例の事?」
「…あ、ああ、お楽しみってことで」
イルダの質問をごまかす。今私たちは、フレアの屋敷に帰ってきて昼食中だ。アルスが戻って来ただけでなく、セリアさんも私の誘いで来ている。フレアは、そのまま会場の控え室で昼食を取るらしい。
「気合が入ってるな」
「いや、単に会場で昼食を用意してくれたからって話よ」
「何だそうかよ」
イルダが笑う。
「私は前の方で見てたんだけど、アルスはどこにいたの?」
「ああ、俺はちょっと後から行ったんで後ろの方にいたんだ。まあ、声を掛けられるわけじゃないから、どこに座っていても同じだろう?それに、もう俺が手を楽しめるようなレベルじゃないしな」
「教皇様は?」
「一緒に見てたけど、チェスに関しては俺と同レベルだろ?早々に露店巡りに出て行ったよ。今も色々食べ歩いているんじゃないのか」
「き、教皇様…そ、そうなのですかー?」
そうなのですよ、セリアさん。また、教皇の威厳のなさを知る人が増えてしまったわね。
**********
午後一で決勝が始まった。そこそこ混んではいるが、立ち見が出るほどではない。やはり、チェスの大会は人を選ぶわよね。
フレアが両手の拳を前に上げると、イライザが片方の手を指す。白番か黒番を決める一般的なやり方だ。
「フレアは黒番のようね」
「これで勝つか引き分けじゃないと厳しいな」
「すごい試合になると思いますよー」
わたしの両側に座ったイルダとセリアさんが言う。
「今回の大会の準決勝・決勝の棋譜に解説を付けた本を出そうと思っているのですよー」
「げ、あたしの負け試合の解説が載るのかよ」
話していると、席に着いたフレアが右手で砂時計に手を置いて頷くのが見えた。砂時計をセットして、対局の始まりだ。
「あ、またイライザの奴ナイトを左端に上げやがって」
「フレアさんも向かい側のナイトを同じように動かしましたね」
「どう進める気なんだか…ってうわっ」
イルダが思わず声を上げる。二人がものすごい速さで駒を動かし始めたのだ。
「砂が落ちる暇がありませんねー」
たまにちょっと考えるようなそぶりを見せるものの、殆ど手が止まらない。記録係は懸命に棋譜を書いているが、かなり焦っている。観客に見せるための大きなチェス盤の駒を動かしている係の人も大慌てだ。
「お、うーん、これは…」
「もうすぐ終わりますねー」
イルダとセリアさんが言うが、私にはさっぱりだ。他の観客も最初は驚きの声を上げていたが、今は声もない。後ろを向いてみると、みんなの口が揃って半開きだ。
やがて、二人の手が突然止まると、フレアが砂時計を押さえて手を上げた。
「…お手本のようなステイルメイトですねー」
「ああ、フレアもうまく受けたよな」
私は途中全然分からなかったけど。
「…い、いや、でも決勝がこんなんで良いの?すぐ終わっちゃうじゃない」
「それは心配ねーよ、ユーカ」
「ええ、恐らく引き分けが続くでしょうから、決着は中々付かないと思いますよー」
二人の言うとおり、白番と黒番を入れ替えた続く2局も引き分けで終わった。フレアとイライザはまったく疲れてないようですまして座っているが、記録係は汗を拭きながら水を飲んでいる。ちょっと休憩のようだ。
「ちゃんと棋譜が取れてるか心配ですねー」
「まあ、取れてなかったらフレアかイライザに聞けば全部覚えてるだろ」
頭の中を見てみたいわ。っていうか、元々チェスでは棋譜は対戦者同士がそれぞれ自分で取るものじゃなかったっけ?ああ、それは言ってみれば、地球のローカルルールか。
「あ、そろそろみたいですねー」
「さて、フレアの二回目の白番だけど…」
イライザが砂時計をセットし、フレアが1手目を指した。すかさず、イライザが指し返す。
「おっ」
「これは…今までにない普通の手ですねー」
お互いに中央にポーンを進めている。今までの変則的な手と違って、一般的な定跡だ。
「それに…」
「ええ、一手に掛かる時間が長いですねー」
いままでの対局と違って、じっくりと考えているような感じだ。しかも、だんだん時間が長くなっている気がする。とはいえ、普通はこんな速度だと思う。
「イライザさんがいつになく考えてるみたいですねー」
「フレアも、いつもと指し方が違うな。いつもはもっと攻めて、駒の交換をするんだけど、今回は攻めずに駒交換も避けているような気がする」
「無駄な手が多いように見えますが、誘いでしょうかー」
イルダとセリアさんも色々話しているが、会場も少しざわついて、手を読む余裕の出てきた人もいるのか、次の手を予想する声も上がっている。
「…手が止まったな」
「イライザさんの方が優勢で攻めているように見えますが、そうでもないのかもしれませんねー」
イライザが長考に入ったようで、手が進まない。私には、どちらが優勢か分からないので、イライザが不利な状況で悩んでいるのか、それとも勝ちを確信して詰みの読みに入ったのか、どちらなのかさっぱり分からない。
とうとう、セリアさんは携帯用のチェス盤を取り出し、イライザと検討を始めた。9手先では、いや10手先で、と議論しているようだが、せいぜい2手か3手先を読むのがやっとな私には「わけわか」だ。チェスでは白黒両方が指す事をまとめて1手と数える。10手先は20回駒が動いた先だから読めるわけがない。
「あれっ」
私は思わず声を上げた。イライザが右手で砂時計を寝かせると、押さえたまま何かを話している。いつもの無表情さが嘘のような笑顔だ。
「まさか勝利宣言?」
「普通、時計を止めるのは敗北の宣言か引き分けの申請ですけどねー。あんなに嬉しそうということはー」
まさか、フレアの負け?そう思っていると、フレアとイライザが握手をしているのが見えた。
セリアさんは、手元のチェス盤を見てしばらく考えていたが、しばらくして、
「これはフレアさんの勝ちですねー」
と呟いた。そして溜め息を吐きながら、
「13手先で詰んでいます。駒が多く残っているので読めませんでした。まだ中盤の局面と言っても良いですからねー」
と続けた。
祭りは1週間で、今日はもう四日め。最初は姿を消しつつ私と行動していたスピカも、自由に見て回りたいと姿を現して飛び回っていたおかげで、すっかり町の人気者になってしまった。調査とかはしなくて良いのか。
メインとはいかなくても、そこそこのイベントであるチェスの大会は今日と明日。今日は予選で、明日が準決勝と決勝だ。予選は、参加者数十人の勝ち抜きだけど、人数が多いので同時対局だ。不公平がないように、同じ相手と白番黒番を交換して勝ち越すまで対局するので、結構大変そうだ。人数からいって、三人か四人勝ち抜けば準決勝だろう。
「しかし、良く分からないわねえ」
広場に作られた会場を見回して私は呟いた。普通より大きなものや、どういう仕組みで駒をくっつけているか良く分からない球状の盤もある。駒にも良く分からないものがある。バッファローとかゴブリンとか夜のナイトとかだろう。普通のチェスならある程度分かるのだけど…。準決勝と決勝は普通のチェスらしいけど。フレアやイルダ、それとセリアさんが参加しているはずだが、人数が多くてよく見えない。対局中に席の間に入るわけにもいかないし、後で結果を聞けば良いだろう。恐らく、フレアとイルダはかなり良いところまでいくはずだ。
「…あれはイライザかしら?」
結構、幅広い年代の参加者がいるようね。
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「ほっほっほ。フレアは以前、子供の頃にも参加して優勝しているからの。今回も優勝候補の筆頭じゃろうて」
夕食を食べながら、季節祭を言い訳に屋敷に帰って来ている教皇が、自分のことのように自慢する。っていうか、何故お祭りが言い訳になるのか。
「あたしはやっと勝ち進めたって感じかな。フェアリー駒は苦手でね。危なかったよ。まあ、準決勝からは普通の盤と駒みたいだけど、ここまでかな」
イルダも何とか勝ったらしい。本人曰く、フレアには絶対勝てないので、優勝はないとのこと。
「フェアリーといえば、スピカ殿はどうしたのかな?居られんようじゃが」
教皇が頭上を見回して言う。教皇は、フェアリーをはっきりと見る事は出来ないものの、何となく存在を感じる事は出来るらしく、腐っても教皇だということで、私の中の株はほんの少しだけ上昇していた。
「今晩は、何か用があるそうで。明日の大会には、さ…一緒に応援に行きますよ」
「それにしても、イライザだっけ?あの子が準決勝に残るとはすごいな」
アルスが言う。
「少し聞いたのですが、とんでもなくお強いそうですよ」
「そうなの?」
「ええ、予選では白番はもちろん黒番でも全勝したとか。しかも指し手のスピードがとても速いと」
「引き分け無し?そりゃすごいな」
フレアの言葉にイルダが驚く。
「もう一人はセリアさんだろ?こりゃやっぱりあたしの勝ちはないな」
「知ってるの?」
明日のことがあるから、敢えて紹介しなかったのに。
「ユウカさん、彼女はフェアリーチェスでは有名な方ですよ。戦術の著書もあります」
あー、なるほど。それであのお願いか。
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次の日の準決勝戦は朝から始まった。勝ち越すまで対局が続くので、時間を多く取っているとのこと。場合によっては、決勝戦の決着が翌日や翌々日になるかも知れず、それが予選が祭りの中日になっている理由だそうだ。
…という話だったが、第一試合のイルダ‐イライザ戦はあっという間に終わってしまった。イルダが白番で何とか引き分けに持ち込んだものの、黒番で負けてしまったからだ。それに、イライザが、殆ど考えていないのではないかと思われるぐらい早差しというのもある。
「これは、何ていうかすごいですねー!」
早く来て、観客席の前の方に座っていた私に、セリアさんが声を掛けてきた。セリアさんは、この後対局があるので、控え室の方にいたらしい。ちなみに、観客席は対局場所からちょっと離れていて、立会人が読み上げた手を係の人同士が連絡を取って、観客席前に据え付けられた大きなチェス盤で再現するようになっている。
「私のレベルでは、イライザの手はまったく理解出来ませんでした…」
「わたしのレベルでも、ですよー。最初の黒番でも、イルダさんが中央に指したポーンを無視して端のポーンを動かしていたし、次の白番でもいきなりナイトを左端に上げるし…」
「…それで、最後にはその駒を利用して勝っちまうんだからな」
「イルダ!どうだった?」
「どーもこーもないよ。アイツの手は何だありゃ。普通は一手一手に目的が見えるもんだが、まったく手の意味が分からない。白番で引き分けに持ち込めたのも殆どまぐれだよ。単にあたしの読みの深さが足りないのかもしれないけど…」
「最初の変則的に動かした駒が終盤に効いて来たとしても、最初からそこまで読んでいたってのは考えられないですねー。…あ、失礼、セリアといいます」
「名前は良く知っているよ。あんたの本も読んだ事がある。しかし、あんな定跡は載ってなかったと思うけどな」
「ですねー。色々と検討してみたいですが、わたしもこの後対局がありますからねー。まあ、フレアさん相手じゃあ勝ち目がないですけどねー」
「フレアが強いのは知ってるけど、あんたからみてもそうなのかい?」
「ええ、もうはっきりフレアさんとイライザさんの決勝戦を見るのが、今から楽しみですねー」
おいおい。
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「やっぱりあっさり負けちゃいましたねー!」
セリアさんは、まったく残念そうではない口調で言う。
「しかし、まさか準決勝が午前中だけで終わってしまうとはー。ユーカさんに例の事をお願いして良かったですねー」
「例の事?」
「…あ、ああ、お楽しみってことで」
イルダの質問をごまかす。今私たちは、フレアの屋敷に帰ってきて昼食中だ。アルスが戻って来ただけでなく、セリアさんも私の誘いで来ている。フレアは、そのまま会場の控え室で昼食を取るらしい。
「気合が入ってるな」
「いや、単に会場で昼食を用意してくれたからって話よ」
「何だそうかよ」
イルダが笑う。
「私は前の方で見てたんだけど、アルスはどこにいたの?」
「ああ、俺はちょっと後から行ったんで後ろの方にいたんだ。まあ、声を掛けられるわけじゃないから、どこに座っていても同じだろう?それに、もう俺が手を楽しめるようなレベルじゃないしな」
「教皇様は?」
「一緒に見てたけど、チェスに関しては俺と同レベルだろ?早々に露店巡りに出て行ったよ。今も色々食べ歩いているんじゃないのか」
「き、教皇様…そ、そうなのですかー?」
そうなのですよ、セリアさん。また、教皇の威厳のなさを知る人が増えてしまったわね。
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午後一で決勝が始まった。そこそこ混んではいるが、立ち見が出るほどではない。やはり、チェスの大会は人を選ぶわよね。
フレアが両手の拳を前に上げると、イライザが片方の手を指す。白番か黒番を決める一般的なやり方だ。
「フレアは黒番のようね」
「これで勝つか引き分けじゃないと厳しいな」
「すごい試合になると思いますよー」
わたしの両側に座ったイルダとセリアさんが言う。
「今回の大会の準決勝・決勝の棋譜に解説を付けた本を出そうと思っているのですよー」
「げ、あたしの負け試合の解説が載るのかよ」
話していると、席に着いたフレアが右手で砂時計に手を置いて頷くのが見えた。砂時計をセットして、対局の始まりだ。
「あ、またイライザの奴ナイトを左端に上げやがって」
「フレアさんも向かい側のナイトを同じように動かしましたね」
「どう進める気なんだか…ってうわっ」
イルダが思わず声を上げる。二人がものすごい速さで駒を動かし始めたのだ。
「砂が落ちる暇がありませんねー」
たまにちょっと考えるようなそぶりを見せるものの、殆ど手が止まらない。記録係は懸命に棋譜を書いているが、かなり焦っている。観客に見せるための大きなチェス盤の駒を動かしている係の人も大慌てだ。
「お、うーん、これは…」
「もうすぐ終わりますねー」
イルダとセリアさんが言うが、私にはさっぱりだ。他の観客も最初は驚きの声を上げていたが、今は声もない。後ろを向いてみると、みんなの口が揃って半開きだ。
やがて、二人の手が突然止まると、フレアが砂時計を押さえて手を上げた。
「…お手本のようなステイルメイトですねー」
「ああ、フレアもうまく受けたよな」
私は途中全然分からなかったけど。
「…い、いや、でも決勝がこんなんで良いの?すぐ終わっちゃうじゃない」
「それは心配ねーよ、ユーカ」
「ええ、恐らく引き分けが続くでしょうから、決着は中々付かないと思いますよー」
二人の言うとおり、白番と黒番を入れ替えた続く2局も引き分けで終わった。フレアとイライザはまったく疲れてないようですまして座っているが、記録係は汗を拭きながら水を飲んでいる。ちょっと休憩のようだ。
「ちゃんと棋譜が取れてるか心配ですねー」
「まあ、取れてなかったらフレアかイライザに聞けば全部覚えてるだろ」
頭の中を見てみたいわ。っていうか、元々チェスでは棋譜は対戦者同士がそれぞれ自分で取るものじゃなかったっけ?ああ、それは言ってみれば、地球のローカルルールか。
「あ、そろそろみたいですねー」
「さて、フレアの二回目の白番だけど…」
イライザが砂時計をセットし、フレアが1手目を指した。すかさず、イライザが指し返す。
「おっ」
「これは…今までにない普通の手ですねー」
お互いに中央にポーンを進めている。今までの変則的な手と違って、一般的な定跡だ。
「それに…」
「ええ、一手に掛かる時間が長いですねー」
いままでの対局と違って、じっくりと考えているような感じだ。しかも、だんだん時間が長くなっている気がする。とはいえ、普通はこんな速度だと思う。
「イライザさんがいつになく考えてるみたいですねー」
「フレアも、いつもと指し方が違うな。いつもはもっと攻めて、駒の交換をするんだけど、今回は攻めずに駒交換も避けているような気がする」
「無駄な手が多いように見えますが、誘いでしょうかー」
イルダとセリアさんも色々話しているが、会場も少しざわついて、手を読む余裕の出てきた人もいるのか、次の手を予想する声も上がっている。
「…手が止まったな」
「イライザさんの方が優勢で攻めているように見えますが、そうでもないのかもしれませんねー」
イライザが長考に入ったようで、手が進まない。私には、どちらが優勢か分からないので、イライザが不利な状況で悩んでいるのか、それとも勝ちを確信して詰みの読みに入ったのか、どちらなのかさっぱり分からない。
とうとう、セリアさんは携帯用のチェス盤を取り出し、イライザと検討を始めた。9手先では、いや10手先で、と議論しているようだが、せいぜい2手か3手先を読むのがやっとな私には「わけわか」だ。チェスでは白黒両方が指す事をまとめて1手と数える。10手先は20回駒が動いた先だから読めるわけがない。
「あれっ」
私は思わず声を上げた。イライザが右手で砂時計を寝かせると、押さえたまま何かを話している。いつもの無表情さが嘘のような笑顔だ。
「まさか勝利宣言?」
「普通、時計を止めるのは敗北の宣言か引き分けの申請ですけどねー。あんなに嬉しそうということはー」
まさか、フレアの負け?そう思っていると、フレアとイライザが握手をしているのが見えた。
セリアさんは、手元のチェス盤を見てしばらく考えていたが、しばらくして、
「これはフレアさんの勝ちですねー」
と呟いた。そして溜め息を吐きながら、
「13手先で詰んでいます。駒が多く残っているので読めませんでした。まだ中盤の局面と言っても良いですからねー」
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