私は女神ではない。…と思う。

山口 慶佳

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48 フェアリーチェス大会2

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 「さて、準決勝でフレアさんに負けてしまったわたしですがー、実行委員として、優勝したフレアさんと準優者のイライザさんに賞品を渡しますよー!」
 「うぉー、セリアちゃーん!」
 「ぬこ姫ー!」

 セリアさんが会場の皆に声を掛けると、歓声が上がった。訳の分からない声を上げている人もいるわね。
 あの後、イライザが負けを宣言したことと、そのまま続けていた場合の最終の駒の並びなどが説明されたが、私を含めた殆どの観客は良く分からなかったと思う。セリアさんは、ちゃっかりとこの大会の準決勝・決勝の棋譜とその解説を載せた本を出すので、それを読んで欲しいという宣伝をしていた。

 負けたのに何故か嬉しそうなイライザに準優勝の賞品(大きなナイトの駒のような置物?と封筒)を渡したセリアさんは、優勝の賞品(こちらは何故かクイーンの駒のような置物)をフレアに差し出し…いきなり引っ込めた。

 「しかぁし、ただで差し上げるわけにはいきません。その前に、この方と対局していただきますよー!」

 セリアさんが観客席に向かって手を伸ばす。私は頷いて立ち上がった。

 「ユウカさん?」
 「ユーカ?あ、まさかお前、チェスが下手な振りをしていたのか!?」

 フレアとイルダが驚いて声を上げる。イルダ、違うから。私は微笑んで頭上を指差した。ポンという音と共にスピカが姿を表す。観客が驚きの声を上げる。

 「待ちくたびれたわー」

 と言うスピカ。午前中は街を見て回っていたし、決勝戦のときも対局者のそばまで行って盤面を覗いたり、見えないのを良いことに好き勝手に飛び回っていたりしていたから、そんなに待ちくたびれているとは思えないけど。
 フレアは仕方がないですね、と手を上げてみせる。イライザは、飛んできたスピカと笑いながら一言二言声を交わした。

 「この対局は、いわば『おまけ』なので、フェアリーチェスと通常チェスの二局のみとしますですよー。スピカさんはフェアリーチェスが、フレアさんは通常のチェスが、それぞれお得意だそうですので、それぞれ得意な方に白番になってもらいますよー」

 奥の対局場所に戻っていくフレアと、その後ろをふよふよと飛んでいくスピカ。準備が出来るまでちょっと時間が掛かるようだ。
 話を終えたセリアさんが、イライザと一緒にこちらに戻ってきた。

 「なるほど、何か企んでいると思ったけど、こういうことかい。まあ確かにフェアリーチェスの最後の対戦相手がフェアリーってのはウケそうだな」
 「いやー、盛り上がっているようで良かったですよー」

 イライザは、ニコニコしながら私たちの隣の席に座った。本当に楽しそうだ。

 「惜しかったわね、イライザちゃん」
 「ううん、他人に負けたのは初めてだったから、嬉しかった」
 「ゲッ、マジかよ」
 「イルダのお姉ちゃんも強かった。引き分けたのはお姉ちゃんが始めてだった」
 「と、とんでもないですねー」

 セリアさんが引き攣ったように言う。私とイルダも苦笑するしかない。

 「最後の対局は、大分違う感じだったけど…」

 私が言うと、イライザはちょっと首を傾げて考え、

 「作戦負け。前の三局で、読みの深さを読まれた」

 と言った。良く分からないんだけど…。

 「あの対局では、フレアのお姉ちゃんが防御するばかりだったので、こちらが一方的に攻めることになり、盤面の評価が難しかった。さらに駒数が減らなかったので、持ち時間内では12,3手先までしか読めなかった。それを読んだフレアのお姉ちゃんに、12,3手先では高い評価の盤面になるけど、その先の14,5手目で低い評価の盤面になってしまうような手に、繰り返し誘導された。投了17手前には、考え得る全ての手がマイナス評価になっていたけど、最後まで読み切れていなかったので頑張った。それから4手指した後、最後には両方が最善手を指した場合、13手先で詰むしかないことが分かったので、負けを宣言した」

 「「…」」
 「お、おうふ…」

 いけない、変な声が出てしまった。

 「つ、次は勝てそう?」
 「…フレアのお姉ちゃんが、こちらより先まで読める以上、絶対に無理。ただ、今後棋譜データを蓄積して、無駄な手の探索を刈り取ることが出来れば、同じくらい先まで読めるようになる可能性はある」
 「ソ、ソデスカ…」
 「…これは、私の本の解説を書くのを手伝ってもらった方が良さそうですねー」
 「…あたしが勝てないわけだ」

 十数手で終わることもあるのに十数手先まで読めるってどういうこと。もしかして、そのうち、指す前に勝ち負けが分かってしまうのではないだろうか。


 話している間に、対局の準備は進んで、対局場所ではフレアとスピカが席についている。今は会場の観客に見せるための、大きな盤を準備中だ。って、何なのこの盤。

 「盤を縦に重ねて置いているけど…?」
 「ファリーチェスでは結構多い、立体チェスだな。ということはスピカが白番か」
 「立体?」
 「ああ、普通のチェスは前後左右にしか動けないだろ?このチェスは上下にも同じように動けるんだよ。スピカの奴、フェアリーチェスでは良くある盤を選んできたな。よっぽど自信があるのか…」
 「良くあるの?」
 「変わったものでは、マスを六角形にして、盤を高低差や川などのある現実の地形みたいにして、地形によって駒の動きを変えるようなのもありますよー」

 イルダに聞いていると、セリアさんも説明してきた。いや、それは違うゲームなんじゃないの。

 「あのナイトに角の生えたような駒は?」
 「ユニコーンだな。上下の斜め方向にどこまでも動ける」

 また面倒くさい駒を…。こんなのが動き回ったら、2手先でも読めそうにない。

 「次数が増えるだけで、探索空間は広がるけど先の盤面を読むのは難しくない。アンパッサンやキャスリングがないから、初盤も読みやすい」

 …駄目だこの人達。


 観客に見せるための大きな盤の用意がやっと終わり、対局が始まった。白番はは最下階、黒は最上階から始まるようで、大きな盤には梯子を付けて係の人が駒を動かしている。対局場では、フレアが立ち上がってあちこちの階に横から手を出して駒を動かしている。スピカは、盤の間に入れるが、駒が自分の体の半分ほどもあるので、動かすのは別の意味で大変そうだ。
 まるで棚の整理か何かをしているようで、まったくチェスの対局に見えない。誰が考えたんだこれ。

 (うーん、物理的に存在する盤や駒でなく、3D表示のTVゲームなら、実際に遊べるものになるかもしれないわねぇ。しかし、棋譜は?…ああ、頭に階を表す記号を付ければ良いのか)

 私は、大きな盤をボーっと見ながら考えていた。既に指し手の理解は諦めているが、何となく流れは分かる。最初は真ん中の階でポーン同士がぶつかっていたが、そこにお互いのナイトが割って入る。隙を見てスピカのユニコーンが最上階に駆け上がるが、対抗するようにフレアのビショップが最下階に飛び降りる。両者がそれぞれ攻撃を重視しているようにも見えるが、大きく動ける駒は、すぐにキングの防御にも向かえるので、実際の所は分からない。
 少しずつ駒が減ってきているが、残りの駒数は両者とも差がないようなので、どちらが優勢かは私には分からない。そういえば、終盤のメイトに必要な駒とかは普通のチェスと異なるのだろうか。

 「あ、これはー」
 「そうだな」

 セリアさんとイルダが声を上げたのでそちらを見ると、イライザもうんうんと頷いている。決着が付いた?

 「駒が減りすぎましたねー。たぶん両方ともメイト出来ないでしょー」

 しばらく見ていると、最上階でスピカがガックリと膝を付いた。フレアが手を伸ばす。

 「引き分けだな。スピカとしては、得意のフェアリーチェスで勝てなかったのがショックだろう」

 引き分けが正式に宣言され、観客席から大きな拍手が沸いた。「スピカちゃん、気を落とさないでー!」というような声援も聞こえる。こんなフェアリーチェスなんて、どうせ皆分からなくて、参加している女の子目当てで来てるんでしょ、と最初は思っていたが、真剣に棋譜を取ったり、隣の人と議論しているような人も多い。フェアリーチェスの大会が開かれるような土地だけのことはあるようだ。

 「これは良い棋譜が取れましたねー。立体チェスは、駒の動きを見落とすポカミスが多いのですが、今回はまったくそれが見られませんでしたー」

 この棋譜も本に載せるつもりなのか、セリアさんは嬉しそうだ。耳がピンと立っている。

 「さて、次は通常のチェスだけど…」

 盤の片付けに時間が掛かるようで、またちょっと休憩らしい。フレアとスピカは、対局席で何か話をしているようだ。


 通常のチェスの対局は、さっきのフレアとイライザとの対局と同じような感じで始まった。良くある定跡で始まり、両者とも駒を出来るだけ減らさないような流れだ。

 「さっきのイライザとの対局では、イライザがいくらか攻めていたが、今回は両方とも守りに入っている感じだな」
 「駒を減らすのを、両方とも極力避けているみたいですねー」

 そうかといって、お互いにキャスリングするわけでもなく、駒が多いまま盤面が複雑になっていく結果になっている。もはやどちらが優勢か、私にはさっぱりだ。

 「…イライザちゃん、どんな感じ?」

 難しい顔をしているイライザに聞いてみる。イルダとセリアさんも気になるのか、イライザの方を向く。

 「…最善手でないと思われた手が、先の手で高評価になることが多発している。従って、二人とも私よりも先まで読めるのは確実。つまり、私の評価は当てにならない」

 要するに、分からないってことね。

 「両方とも駒数を減らさないようにしているのは、やはり読みの問題ですかー?」
 「恐らく、あの二人なら、駒数が10個以下程度になった時点で全ての手が読めるはず。そうなる前に、出来るだけ有利な盤面にしようとしている」
 「ちなみにイライザは?」
 「残り8駒の殆どの場合に解析は終了している。終了していない組み合わせについては、持ち時間内では残り6駒程度まで読めると思う」

 セリアさんとイルダが話し始めて、私の口を出せるレベルではなくなった。ある程度駒が減ったら、そこで終了が確定してしまうという事か。私では残り駒3つで議論できる程度だ。

 さらに長い時間が経ったが、盤上が混沌としてくるだけで、駒はあまり減っていない。

 「スピカが、駒を動かすのが大変そうね」
 「まあ、自分の身長の半分ぐらいの大きさがあるからな。時間が経つと、本当の意味で体力勝負になってくるな」

 イルダが言う。さっきの対局から、特別ルールということで、砂時計の操作は立会人が行なっている。砂時計がスピカの身長と同じぐらいで、操作が大変という理由だが、駒も誰かに動かしてもらった方が良かったかもしれない。まあ、駒をよいしょと抱えて動くスピカの姿は中々可愛いので、見ている方は楽しいけど。

 さらに数手進んだとき、スピカが疲れたようにガックリと座り込んだ。泣いているらしい。

 「だから、駒を誰かが動かせば良かったのに…」

 と言い掛けた私に、イライザが首を振った。

 「…違う。フレアのお姉ちゃんが勝った」
 「えっ」

 言われて見れば、スピカがガックリと座っているだけでなく、フレアも疲れきった感じで上を向いて目を瞑ったまま椅子に体を預けている。

 「ちょ、ちょっと待ってください。わたしには分かりませんよー」
 「さっきまでは、中盤だと判断していたので、全ての駒を評価する必要があり、分からなかった。でも、この局面を終盤と考え、詰めチェスとして見れば、殆ど一本道であることが分かる。そうすれば最後まで読みきるのは不可能ではない」

 そう言って、イライザはセリアさんの携帯用のチェス盤で、説明を始めた。イルダも加わって、議論が始まる。

 「ここで、クイーンでチェックを掛ける。キングはここにしか動けない。続けてチェックを掛け続けると…」
 「一周して元の盤面だな」
 「しかし、ここで白番には一手余裕が出来ますねー。この隙に黒のポーンをこう潰していけばー…」
 「黒番はレピティションで引き分けに持ち込めるんじゃないか?」
 「いや、この一手の余裕でレピティションを避けられる」
 「結局、最後まで指したら、後何手掛かるんだ?」
 「大体300手ですかねー」

 「あの、ちょっと」

 話に入れないけど、無理やり割り込む。

 「セリアさん、会場の皆さんが焦れているようなので、説明した方が良いと思いますよ」

 そう、さっきから会場はざわついていて、私たちの近くにいる人たちは、セリアさんたちの議論を一所懸命聞き取ろうとしていた。

 「あ…、あー皆さん、大体分かりましたので解説します。その前にちょっと確認してきますねー」

 セリアさんは、対局場所に行って、フレアと盤の駒を動かしてちょっと話をすると、すぐ戻ってきた。

 「それでは説明しますよー」

 と言って、大きな盤の駒を持つ。会場が盛大な拍手で埋められたのは、かなりの時間が経ってからだった。投了してから大体300手。詰めチェスでも300手とかありえないわ。


――――――――――
余計な註:
 余計ですが、ちょっと説明というか言い訳をします。
・悠歌は、やたらフェアリーチェスに否定的ですが、話の中に出て来たフェアリーチェスは、チラッと出てきたものも含めて、全て地球にも存在します。フレアとスピカが対局した立体チェスについては、「ラオムシャッハ」を参照してください(同じものかどうかは分かりませんが)。
・何といっても顰蹙なのは、悠歌が棋譜を覚えてこなかったことです。そのため、最終戦の描写がうまく出来ず、「たぶんこんな感じだったのだろう」ということで、描写には以下の有名な詰めチェスを参考にしました(Otto Blathy's "monsters":292手メイト)。
q*****nn
*p**p***
p*k*P*p*
******Pp
PKp*p*pP
********
**P*P*PP
***Q****
*大文字:白、小文字:黒、Kキング、Qクイーン、Nナイト、Pポーン、”*”は駒のないマス

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