私は女神ではない。…と思う。

山口 慶佳

文字の大きさ
52 / 115

52 スキュラとカリュブディスの間

しおりを挟む
 ギルドの依頼でスキュラらしき魔物を見てきた、冒険者のおじさんが船を動かしてくれるという。ベルホルトさんといって、冒険者登録をしてはいるが、本業は漁師だそうだ。
 ベルホルトさんがウェントゥスを唱えると、後方から風が起こり、船はゆっくりと動き出した。ああ、私のウインド?と同じで、手から風が出るわけじゃないのか…って、手から風を出したんじゃ船が動かないか。

 「わざわざ船を動かしに来てくれなくても、俺達だけで大丈夫だったのに」
 「いえ、その魔物のいる左側の岬の手前は岩場で、岩礁も多いっすからね。漁師じゃなけりゃ危ないんですわ」

 ベルホルトさんが人懐っこい笑みを浮かべてアルスに言う。両手をたまに動かして風を調整しているようだ。

 「話の通じる相手だと良いですね」

 アマティアさんが船と並んで泳ぎながら、水面から顔を出して言う。

 「ああ、自分から町に来るようでもないし、そう願いたいな」


 しばらくして、左側の岬が近づいて来た。ベルホルトさんは船を細かくジグザグに動かして、ゆっくりと岬に近づけていく。かなり制御が難しいようだ。岩礁が多いのだろう。岬の先端には洞窟のようなものが見える。あそこにスキュラかもしれない魔物がいるのだろうか。

 「陸を左側からずっと歩いて来ても、あの洞窟に上側から入れるんですがね。以前はそこから魔物を見たんでさあ。あっしはとにかく恐ろしくて…」
 「あたしらが先に行くから、ベルホルトさんは適当な所まで案内してくれれば良いよ。むしろ、もしものときのために船をいつでも動かせるように、船に戻ってくれていた方がありがたいさ」

 イルダの言葉に、ベルホルトさんは明らかにホッとしているようだった、見るもおぞましい醜悪な恐ろしい魔物、ね。フレアの話からはそんなに怖い感じはしなかったけど。まあ、蛇は嫌だけど。


 洞窟といっても、思ったより広く天井が開けている所も多く、日が差し込んで中々良い感じだ。所々海の水が溜まっており、ヒトデやイソギンチャク、貝等もいるようだ。魔物が潜んでいるような場所には見えない。アルス、イルダ、私、フレアの順に進み、その後をベルホルトさんが続く。アマティアさんも人化の術を使い、最後尾で後方を警戒しながら歩いている。スピカは姿を消したまま、大きめのイソギンチャクを見つめているようだ。気に入ったのかもしれない。

 「ここは良いんですが、その先、そこをちょっと入った所に…」

 ベルホルトさんが、いかにも怖そうに言う。確かにちょっと狭くなって暗い通路のような所がある。

 「うん、確かに何かいるな」

 そちらに歩を進めたイルダが、気配に気付いたようだ。近づくと、呻き声の他、何かを引き摺るような音がする。
 ちょっと入り口から入って、さてどうするかと考えていると、皆が私を見る。…え、私?しょうがないなあ、じゃあ私が。

 「えっと、もしもーし」

 後ろで皆がガクッとなるのが分かったけど、他になんて声を掛けたら良いというの。

 「…う、う、誰だ、漁師か、オマエたちに手を出すつもりはない。来ないでおくれ、醜い私を見ないでおくれ…」

 何か泣いているみたいだけど。

 「(手を出さないって)」
 「(いや、それで済む話じゃないだろ)」

 私が小声で言うとアルスが突っ込む。見るなと言われているが、顔を見ないと話が出来ない。アルス、イルダ、私、フレアは、もう少し中に移動した。真っ暗だが、広い空間があるようだ。足元をずるずると何かが這っていった。ベルホルトさんは入ってこないようだ。

 「見ないで、醜い私を見ないで…」

 いや、暗くて見えないけど。

 「あのー、ちょっと話を…」
 「…!オ、オマエは女神!もう来たのか!」

 え。

 「…ああ、女神が憎い、私をこんな姿にした人間が憎い、殺す殺すコロス…」

 どういうこと。

 「待ってください、わくしたちはあなたと争うつもりは…」
 「ウルサイ!魔将になった私にはオマエラを殺すしか、いや、人間全てを殺せばイイ、そうだ、みんなコロシテヤル、みんな死ねばイイ…」

 フレアを遮って叫ぶ。駄目だ、話が通じない。足元を何かか這いずり回る音が大きくなっている。そのとき例のごとく何かピリピリするような感じがした。

 「…!皆、気を付けて!」
 「うわっ、何か飛んできた!」
 「まずい、外に出るぞ!」

 イルダが咄嗟に剣で何かを弾いた。アルスが声を掛け、私たちは通路を走って戻った。

 「ベルホルトさん、急いで船を!」
 「あ、ああ…」

 恐怖のせいか足元のおぼつかないベルホルトさんを、アルスとイルダが両側から抱えるようにして船に向かい、私とフレアがそれに続く。アマティアさんは私たちの横を走っていたが、洞窟から出た途端、大きく飛び上がって空中で人化の術を解くと、そのまま海に飛び込んだ。

 「ベルホルトさん、早く!」
 「あ、ああ…」

 船に乗り込むと、後ろから岩が崩れるような大きな音がした。岩壁を壊して追いかけて来たのか。見ないでくれと言っていたのだから、出てこなくて良いのに。

 「あれは…」

 後ろを見た私は言葉を失った。フレアから聞いたスキュラの話から、私は上半身が人間で下半身が蛸の足になっているような、人型の魔物を想像していた。しかし、今見ている魔物はそんなものではない。確かに人間の上半身が見える、銀色の長い髪をした女性のようだ。しかし、その下半身は十メートルはあろうかという大きさの蛸のものであり、その上部には黒光りをする蛇が六つ、胴を取り巻くように付いている。蛇は以前戦ったヒドラよりもずっと大きい。バランスが滅茶苦茶だ。正しく形容するなら『蛸と蛇が合体した巨大な魔物の上に人間の上半身がちょこっと付いている』と言うべきだろう。醜悪なだけでなく恐ろしいとしか言いようがない。

 「スキュラに間違いありませんね」

 フレアは落ち着いて言うが、他の皆は私と同じように言葉を失っている。

 「…と、とにかく今は逃げて態勢を整えよう」
 「ニクイニクイ、逃がすものか、カリュブディス!そいつらを飲み込んでシマエ!」

 スキュラの叫び声と共に、前方の海面がさざめくと、ゆっくりと渦が現れた。グオオ…というような音がした。船がどんどん引き寄せられていく。まずい、スキュラとカリュブディスの間に入ってしまった。

 「横だ、横に逃げろ、ベルホルトさん!」
 「あ、ああ…」

 ベルホルトさんが船の向きを変えようとするが、うまくいかない。そもそも、帆の構造からいっても大回りしか出来ない理屈だ。

 「ユウカさん!」

 フレアの声に、私はトレンタ湖でやったように、水魔法で水を動かして船の向きを無理やり回転させ、同時に風魔法で加速させた。

 「え、えーと…」
 「無理に魔法名を言わなくても良いよ。なるほど、詠唱も魔法名も省略できれば、同時に複数の魔法が使えるわけだ」

 いつも突っ込むアルスが、今度ばかりは感心したように言った。魔法は自分の中の魔力と属性の音を共鳴させる必要があるが、水はE、風はGでよく協和するから、同時に共鳴させるのは簡単だ。

 「それよりどうする?逃げ続けるわけには行かないぜ」

 イルダが言う。スキュラは岬を伝って追って来る。見かけと違い、海よりも陸の方が移動しやすいようだ。

 「どこか足場の良いところで船から降りて戦おう」

 アルスが言う。前方に小さな砂浜が見える。あそこが良さそうだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。 貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。 元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。 これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。 ※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑) ※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。 ※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

悪役令嬢の騎士

コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。 異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。 少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。 そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。 少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。

金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語

紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。 しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。 郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。  そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。 そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。 アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。 そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。

処理中です...