私は女神ではない。…と思う。

山口 慶佳

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106 モグラの始末

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 「…我が娘を紹介しているところなのだが、何用かな?モルゲン男爵」

 左側から中庭に現れたモルゲン男爵に、王様は少々不愉快そうな雰囲気を醸しながらも、鷹揚に尋ねた。会場がざわつく。王様の発言を遮るなど、不敬も良いところだ。

 「失礼とは存じましたが、トトス王女のご紹介となれば、黙っているわけにはまいりません…おい、お連れしろ」

 言われて頭を下げたのは、アルフレッドだ。本来、不敬な態度のモルゲン男爵を諫めなければならない立場であるお付きの騎士が、モルゲン男爵に頭を下げたことに、驚きの声が上がった。そして、彼に後ろから押されるようにして女性が連れて来られると、驚きの声は一層大きくなった。

 「こ、これはいったい…」
 「信じられない」

 連れられて来たのは、勿論ナナセさんだ。列席者のうち、特に以前からトトス王女の顔を知っている上位の貴族が、特に驚いている。不安げに周りを見回しているナナセさんは、トトス王女を見て驚きに目を見張った。
 二人を見知っている私も、同時に見るのは初めてだ。まさに鏡に映った同一人物にしか見えない。

 「こういうことです。彼女は前王とアイリーン妃の娘。本来なら…」

 それ以上のことは口に出さないが、『本来なら王位を継承しているのはこの娘の方だ』と言いたいのだろう。それに気づいた列席者がざわつく。しかし、王様は慌てるそぶりも見せずに言った。

 「その娘が前王陛下とアイリーン妃の子である証拠はあるのかな、モルゲン男爵」
 「…こ、これは異なことを。見れば分かるではありませぬか。彼女は、アイリーン妃に生き写しといわれているトトス王女と瓜二つではありませんか!この姿こそが証拠です!」

 『そうだな』、『そうかもしれない』、『他人のそら似というには無理が…』というような声が上がる。しかし、王様はそのような声が全く聞こえないかのように言う。

 「…似ているだけでは証拠にはならんな」
 「誠に失礼ながら、往生際が悪いというもの。宜しいです。ここにその証拠があります。アイリーン妃の書簡です。ヴェンティ近くの村の孤児院で私が見つけたものです。ルシャール侯爵の伝手で筆跡や署名も確かにアイリーン妃のものであるとの鑑定が…」

 それを聞いて、王様が口角をわずかに上げた。

 「なるほど、お主『ら』の罪は明らかになったな」
 「…な」
 「前王陛下に行方の知れない娘がいるという噂は、多くの者が知っているであろう。そして、その噂の調査が行われたこともな。調査にかなり力を尽くしたが徒労に終わったと言われていることもだ。それ故、アイリーン妃の書簡が今更出てきても、逆に真偽を確かめるすべがないとでも思ったのではないか?」
 「…こ、これは偽物などでは…」

 王様が後ろに手をやると、もう一人の護衛騎士が、手紙のような者を差し出した。

 「これは前王陛下の遺言状である。アイリーン妃の署名もある。『アイリーン妃が身籠もっている娘は私の血筋ではない。従ってこの子の王位継承権は認めない』とある」
 「ま、まさか、…い、いや、その子がこの娘のこととは…」
 「時期的にも合う。それに今まで伏せていたが、何より、前王陛下は…子を成せない体であったのだ」
 「な…」

 列席者からも息をのむ声が聞こえた。

 「その娘がアイリーン妃の子であることは間違いなかろう。お主の言うように、アイリーン妃と生き写しであるからな。しかし、前王陛下のお子ではないのだ」
 「いや、しかし…」
 「悪気がなかったなどとは申すなよ。前王陛下の王女と思われる娘を見つけたのなら、まず王家に届け、調査を依頼するのが筋であろう。それをせず、アイリーン妃の書簡を捏造し、王位継承に異を唱えるとは、王位簒奪に等しい大罪」
 「い、いえ、私はルシャール侯爵に言われるがまま…」
 「黙れ!今ここにルシャール侯爵がいないことをおかしいと思わなかったのか?既に侯爵は捕縛されているのだ。侯爵はお主に唆されたと申しているようだがな。それに、お主らには他の嫌疑も掛かっておるぞ…モンターニャの森で、禁止されている友好的な魔物や動物を狩り、不当に利益を得ていたであろう?その利益で兵を増やしていることも分かっている」
 「くっ…」
 「ああ、それとアルフレッド、ご苦労だったな」
 「いえ、我が君」

 王様の声に騎士の礼を取るアルフレッドに、モルゲン男爵は目を剥いた。

 「アルフレッドはな、最初から儂の命でお主らを見張っておったのよ。中々の演技派であろう?」

 ガックリと項垂れながら、駆けつけた兵士に引きずられていくモルゲン男爵を見送っていた王様は、首を振ると、ナナセさんに目を向けた。

 「さて、ナナセ嬢、この度は王家と貴族のつまらない争いに巻き込んでしまって申し訳なかった」
 「え、え、とんでもないです!あの…私はずっと孤児でしたから、母のことが知れただけでも、あの、うれしかったです」
 「そうであるか…王家の血は引いていないとはいえ、儂も愛したアイリーン妃の娘。儂の口利きで、適当な貴族の養女として不自由のない暮らしを約束することも可能であるぞ。さすればトトスと同じくアイリーン妃に生き写しのその美しさ。上級貴族からも婚姻の申し込みが殺到するかもしれんな」

 ニヤニヤと笑いながらアルフレッドの方を伺う王様。あ、これ完全にからかってるわ。

 「いえ、そのようなことは望みません。私には過ぎた話かと…。でも、確かめたいことがあります」

 そう言って、ナナセさんはアルフレッドの方を向いて、じっと睨んだ。

 「騎士アルフレッドよ!」
 「は、はい!」

 いきなり名前を呼ばれて、思わず返事をするアルフレッド。ナナセさん、王女っぽいわ。

 「あなたは私のことを愛していると言ってくださいましたが、それは私の近くにいるための方便だったのですか?」
 「あ、いや、そんなことは…」

 王様がプッと吹き出した。

 「あまり苛めないでやってくれ、ナナセ嬢。アルフレッドはな、儂の『危険のないように影ながら見守ってくれ』という命令に背いて、直接見守ることにしたようだ。その言葉に嘘はなかろうよ」
 「そうですか、それなら信じます」
 「いや、ありがとう…」
 「ちょっとお待ちくださいますか?」

 安心したアルフレッドに、別の方向から声が掛かった。トトス王女だ。

 「アルフレッド、あなたはわたくしが幼い子供の頃から父の護衛騎士をしていますが、まさか、ナナセさんがわたくしとそっくりだから好きになったのではないでしょうね?」
 「あ、いえ、そんなことは…」
 「なるほど、見かけは同じでも中身はナナセさんの方が良いと。残念ですわ」
 「おいおい、トトス…」

 トトス王女のからかいに王様も苦笑している。ただ、王女の親しみやすい様子に、会場は良い雰囲気に包まれている。王女のお披露目としては成功だったかも知れない。

 「ナナセさん、あなたとわたくしは義理とはいえ姉妹。今後とも仲良くしてくださいね?アルフレッドが何か不満があったら、真っ先にわたくしに申してください」



 「…さて、何というか先ほどのが最後の出し物でも悪くはなかったが…」

 王様の言葉に笑いが起きる。

 「今宵、『女神と称せられるほどの』力を持ったユーカ殿を初めて見るという者も多いだろう。仲間のイメ…イルダ殿や聖女殿は、今日の冒険者姿と違う姿で舞踏会で会っているかも知れないが…。彼女らと我が国は良い関係にあり、魔将との戦いでも協力してもらっている。本日の演武会の最後に、彼女の力の一端を披露して頂く…もらうことになっている」

 これは前もって打ち合わせていたことだ。王様、チャールズ王子、トトス王女がバルコニーより降りてきて、中庭に用意された少し高い席に腰掛ける。アルフレッドとナナセさんもそこに招かれ談笑している。アルフレッドの方がナナセさんより緊張しているようだ。
 私は、『会場を水浸しにするなよ』と呟くアルスを睨め付け、心配そうに見てくる辺境伯にちらっと笑って見せて、立ち上がって手を挙げた。照明が落とされる。


 ポンという音ともに姿を現したスピカが光を纏う。周りから驚きの声が上がるが、光っているのはスピカ自身の魔法のルーメンだ。私は意識を集中しながら、挙げた手から光の粒を少しずつ上昇していくスピカに向かって追いかけるように送る。スピカは空中で静止し、光の粒が追いつくと、歌い出した。
 私は、指揮をするように手を振り、光の粒を操る。光の粒はスピカから放射状に広がり、床やテーブル、中庭の地面の上を跳ね回る。跳ね回る光は、やがて形を成す。森の動物たち、兎や子鹿に。そこが森であることを示すように、光の粒で木々や小川を表す。小川の水を飲む動物たち、小川の中から顔を出すネレイス、木の陰からこちらを伺うドリュアス。
 スピカがこちらに背を向けると、まるで森の中を飛んでいるように光の景色を後ろに動かす。木から飛び立った鳥の群れを追い越し、さらに高く飛ぶと横から現れたドラゴンと並ぶ。ドラゴンを後方に引き離し、遠くに見えてくるのは聖都と王都だ。さらに都に近づき、見えてくるのは王城。光に彩られているその王城が、スピカの歌の最後の音が小さく消えゆくとともに霞んで消えていく。残るのは星空だけ。その星空が光魔法ではなく現実の物であることに気付いた観客が、立ち上がって我先に拍手をした。王族も立ち上がっている。魔術師団の団員は、拍手しながら、今の魔法について熱く語り合っているようだ。

 「素晴らしい!いや、他に言葉が思いつかないがとにかく素晴らしい!」

 辺境伯が私に声を掛ける。私とスピカは、慌てて頭を下げた。

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