私は女神ではない。…と思う。

山口 慶佳

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109 スフレーヘル家の再興1(アマティアの憂鬱)

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 「結構長くのんびりしていた気がするな」
 「ああ、体が鈍っちまった気がする」

 アルスとイルダが苦笑いしながら言う。王様の誕生祭が終わって、トレンタのフレアの屋敷に帰ってきて、今は朝食の時間だ。
 私は、久しぶりに会ったカールと音楽と魔法の話で結構得るものがあった。新しい音階理論に基づいた作曲と魔法の可能性とか…。だけど、アルスとイルダは暇だったかもしれない。

 「まあ、結構色々あったから…。教皇はフレアにもっといて欲しかったんじゃないの?」
 「と言いつつ、演武会の翌日も遅くまで帰って来なかったですし、帰ってきたと思ったらべろんべろんに酔っぱらっていてその次の日も寝ていましたし、本当にわたくしと過ごしたいのか疑問ですけど」

 フレアも厳しいわね。

 「それで、あたしとアルスは鈍っちまった体を戻すために面白い依頼でも探しに行くつもりだけど、ユーカとフレアはどうする?」
 「私は、例によって町の外のいつもの場所でスピカと魔法の練習でもするわ」
 「わたくしは、今日はちょっと本でも読んでいようかと」



 そんなわけで、町の外へ行くべく湖の畔を歩いていると、喫茶店のような店のテラスで、見知った顔を見つけた。鰭のような耳、ネレイスのアマティアさんだ。頬杖をついてジュースを飲んでいるようだが、なんか元気がない。美人だと、憂いに満ちた顔も絵になるわね…じゃなくて。
 余計なことを考えていると、ポンという音とともに頭の上で姿を現したスピカが、アマティアさんの方に飛んで行った。

 「何黄昏てるのよ」
 「…え?ああ、スピカさん、ユーカさんも…。いえ、ちょっとコンラートのことで…あ、いえいえ、大したことでは…」
 「え、何々?喧嘩?それともうまくいってないとか?ユーカ、魔法の練習よりこっちの方が面白そうよ」

 スピカ、あなたねえ…。

 「スピカさんたちにお話ししても、どうにもならないことなのですが…」
 「良いから話しなさいよ。退屈しのぎ…じゃなくて、おもしろ…もとい、あたしたちも何か力になれるかもしれないでしょ」

 スピカ、心の声が出すぎだから。

 「実は…」



 「でも、それは本人同士の問題だろ。俺たちには関係ないよ」

 夜、フレアの屋敷に帰ってきて、食事をしながらアマティアさんのことを話したら、アルスがつまらなそうに言った。食いつきが悪い。スピカとえらい違いだ。

 「しかし、コンラートさんの家が伯爵家だったとは、貴族だとは知ってたけど、そこそこ良い家だったんだな」

 イルダは、自分のことは棚に上げて、どうでも良いところに感心しているし。

 「簡単に言うと、コンラートさんの家が突然領地を与えられたので、どうせ没落する家だからと息子に好き勝手やらしていた父親が、急遽帰って家を継げと言ってきたということですね」

 フレアだけがまともに話を聞いているようだ。

 「そうなのよ。婚約者候補も複数用意されてるんですって」
 「そりゃまたうらやま…っと、それでアマティアさんとの間がギクシャクしていると?」

 うらやましいと言いかけたアルスが、イルダの視線に話を微妙に逸らした。

 「家を継ぐとなると、そうか、アマティアさんとじゃあ身分の差が…」
 「身分というか、獣人や亜人に対する差別意識かも知れませんね」

 アルスにフレアが答える。ネレイスは獣人ではなく亜人だろう。人魚の仲間っぽいし。エルフやドワーフに近い。まあ、この区別も人間が勝手に付けているものだけど。

 「身分なら、ある意味アマティアさんの方が上かも知れないけどな」
 「どういう意味?」

 イルダに聞き返す。

 「人間の他に、獣人や一部のドワーフは、国の民だろ?それに対して、例えばエルフなんかは、厳密に言うと国民じゃない。国と独立して集落を作っているし、エルフの住んでいる森が国の領土だっていうのは人間が勝手に決めた話で、エルフには関係ない」
 「ネレイスも同じだと?」
 「ああ、前に正式に外交関係を結ぶ催し物が開かれたじゃないか。『外交関係を結ぶ』であって『国民として認める』って話じゃなかっただろ」
 「そっか、国と対等なんだ」
 「そういうこと。で、アマティアさんは、ネレイスで一番強くて族長なんだろ?建前上は国王と同等と言って良い」
 「なるほどー」

 「いや、だから余計に話がややこしいんでしょ」

 感心している私に、テーブルの真ん中でジュースを飲んでいたスピカが声を上げる。

 「どういうことでしょう?」
 「アマティアさんは差別のことも分かってるし、自分が世継ぎを産めないかも知れないことも分かってるの。だから第二夫人でも、正式に結婚できなくても良いと思ってるんだけど…」
 「他のネレイス達が許さないという訳ですね」

 フレアが溜息を吐いた。そりゃあ、自分たちの女王ともいうべきアマティアさんが妾とか許せないわよね。

 「良く考えたら、どうでも良い他人の恋愛話じゃなくて、外交問題じゃないか。ネレイスとの交易で、トレンタは結構潤ってるんだろ?」
 「やっと分かった?アルス。人間との外交関係を破棄するべきだって言い出しているネレイスもいるらしいのよ」
 「うーん、コンラートさんに兄弟とかいないのか?」
 「女子が一人ですって…。そんな安易な解決策があれば苦労しないわよ」

 「やれやれ…、それにしても、そもそも、何で急に領地を貰えるって話になったんだい?」

 イルダの問いに、私は肩をすくめて見せた。

 「前にそこを治めていた『ルなんとか』侯爵が、罪を犯して爵位を剥奪された上に領地を没収されたんですって」
 「ん?それって…」
 「悪事を暴いたのは、どこぞの冒険者だそうよ」
 「あっちゃー…」



 「しかし、新しく領地を任されるのも、ネレイス達を発見して交易に結びつけたとかの功績を認められたからでしょ?そのせいで、ネレイス達との関係がおかしくなるとか…」
 「皮肉っていうか、困ったものよね、ふう」

 頭の上で、スピカが大きな溜息を吐いた。次の日の朝、フレアとイルダは伝手を使って王様に連絡を取るとか、何か調べるとか言っていたが、私は何も出来ないのでまた湖の畔を当てもなく歩いていた。ちなみに、アルスは『コンラートさんを問い詰めてくる!』と言って、皆に全力で止められて不貞寝中だ。

 「うーん、良く考えたら、こんなときに相談できる相手がいないわねえ」

 湖の畔を歩いていると、もしかしたらレナあたりが出てくるかと思ったのだけど。ネレイスに『水の魔法使い』と呼ばれている彼女なら、ネレイスのことも良く知っているだろうから、相談できるかも知れない。うーん…。

 「あのー、ちょっと宜しいでしょうか」

 いきなり後ろから声を掛けられて、私はビクッとして慌てて振り向いた。



 「…なるほど、ネレイス、特にアマティアさんについて聞きたいと。でも、何故私に?ネレイスは、この町では有名ですよ」
 「はい、妖精さんを連れていらしたので。最初にネレイスの方達と縁を結んだ冒険者の方ですよね」

 その女性は、そんな風に声を掛けてきた、あまりにもあからさまだ。しかし、スピカを連れてるって…頭の上なので分からなかったけど、今日は姿を消していなかったのか。
 まあいいや。あまりにもあからさまに聞いてきた訳だし、こちらもアマティアさんの素晴らしさをたっぷりと話させていただきましょうか。

 「…そういうわけで、アマティアさんは素晴らしい女性ですし、コンラートさんとも相思相愛ですし、ネレイスとの交易は国も重要視していますし、その上アマティアさんはネレイスの女王とも言える存在ですし、コンラートさんと結婚するのに何の支障もない、というか他にもっと相応しい相手がいるとは思えません」
 「は、はあ…」

 あ、しまった、推しすぎたか。しかも場所も移さず、道端で長々と力を入れて話してしまった。

 「…コンラ…、スフレーヘル卿とのお話とは申し上げなかったのですが…」
 「あら」

 ありゃ、見込み違い?

 「いえ、その通りでして。あの、そんなに分かりやすかったでしょうか」
 「そんなことはないわね。ユーカがたまたまアマティアさんにそのことで相談を受けていたので、そう思っただけね。まあ当たりだったみたいだけど」

 スピカがやれやれといった感じで、溜息交じりに言った。

 「ご推察の通り、わたくしはコン…、スフレーヘル卿ゆかりの者で、レ…アリエルと申します」
 「レアリエル?」
 「…アリエルです」

 嘘っぽいな。

 「わたくし個人としては、コ…スフレーヘル卿には、自分が良いと思う相手と一緒になって欲しいのですけど。その、種族と関係なく」

 そうそう、私もそう思うわ。

 「ユーカのお姉ちゃん」

 後ろから掛けられた声に私は振り向いた。イライザだ。銀色の髪が日の光に煌めく。以前は銀色ではなかったこの髪は、ケヴェスンさんとセリアさんの研究のたまもので、日の光や風などから魔力を作ることが出来る。まだ効率が悪いらしいけど。

 「久しぶりね、元気だった?」
 「うん。お姉ちゃんは何をしてたの?」
 「ああ、ちょっとこちらの方とお話をね…」

 私はアリエルさんの方を向いて、イライザを紹介しようとしたが…、そこには誰もいなかった。

 「あ、あれ、いつの間に…」
 「素早いわね」

 「…お話?」
 「え、ええ…」
 「一人で?」
 「いや、今までいたのよ…、何で…」
 「いなかった」
 「え?」
 「ちょっと前、私がお姉ちゃんを見つけたときから誰もいなかった」
 「…そんなわけないでしょ」

 スピカが突っ込む。

 「?」

 イライザが首を傾げる。

 「?」

 スピカも首を傾げる。私は、アリエルさんの正体を色々考えていた。

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