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第6話
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「中井さん…」
律花が小さく名前を呼ぶと、男達が去って行くのを見つめていた中井がゆっくりと振り向く。先程の冷たい空気が嘘だったかのようにその表情は柔らかく、優しい瞳に律花が映った。
「あいつらにひどいことされんかったか?」
「はい。……ありがとうございます」
お礼を言いながら頭を下げると、「やめてぇや」と言いながら身体を倒し律花の顔を覗き込む。
「まぁ、律花ちゃんやったら俺の助けなんかなくても追い払えたかもしれんな。……ええ蹴りやったで」
「ご、ごめんなさい…」
バーでしでかしたことを忘れた訳ではなかったがあの行為を改めて口にされてしまうとどうも居心地が悪い。視線を揺らすと中井は口の端をあげ、楽しそうに笑った。
「はは、ええよ。…ほな無事合流できたことやし、一緒に帰ろ」
そう言った中井は懲りずに手を差し出してくる。「ほれ」と中井が催促の言葉を口にすると同時に、ラーメン屋で再会したときからずっと変わらない態度の中井に対して疑問の言葉が漏れた。
「なんで……」
「ん?なんて?」
「……なんで助けてくれたの?」
追いかけてくることなんかないと思っていた。
――女なんて、ただの金づるだと思ってるくせに。
ひどいことを思ってしまっている自覚はあったが言葉には出来ずにただ中井を見つめると、キョトンと目を丸くした中井は目を細め再度手を伸ばした。
「律花ちゃんがこまっとったからや」
温かく、少し硬い掌が律花の小さな手を包む。
気がついていなかったが律花の身体は小さく震えており、震えを宥めるように優しく指が肌を撫でると温かい熱がじわりと指先から身体の中心に移っていく。
「……」
「それだけの理由で充分やろぉ?……あぁでも、ありがと~いう気持ちがあるんやったら俺の話はちゃんと聞いてもらおか」
「……話?」
首を傾けると中井は、ふ…と笑い、繋いでいない方の手でスマホを持った。
「ま、こない道中でする話でもないわ。…タクシーでええか?」
「え、っと…ごめんなさい。持ち合わせがなくて」
歩いて帰ろうとした結果男達に絡まれたことを暗に伝えると、もう手元のスマホに用事がなくなったのだろう、スーツにそれをしまい軽く手を引かれる。
「金の心配なんかいらん。ここにはタクシー来られへんから広い道路まで行こ。…そういえば律花ちゃん、バーに金置いていったけどあれ多過ぎや。あんだけあればあの店貸し切りにできんで」
「……それは大袈裟です」
置いていった金はドリンク代はもちろん、残りは中井への手切れ金のつもりだったがその意図はどうやらこの男には通じていなかったようだ。
ごく自然に手を繋いだまま大通りまで歩く。中井のもつ雰囲気のせいかその整った容姿のせいか、すれ違う人がこちらを見ている気がしてどうも視線に慣れず、歩みが遅くなると中井が心配そうに律花に視線を向けた。
「……中井さん、あの人達になにかするのかと思いました」
こんなことを言いたかったわけではなかったが気まずい空気を誤魔化すために先程思ったことを口にすると、中井は一瞬考えるように黙ったあと口を開く。
「…あぁ、ボコボコにしたりってことか?」
「…有り体に言うとそうです」
「そないなことせぇへんよ。あいつらみたいなしょっぱいチンピラは真っ当なカタギとは言えんやろうけど、あんなやつらにでも手ぇあげるといろいろ面倒やねん」
「…なるほど」
期待していた答えではなかった気がするが、下手に誤魔化されるよりはその返答は好感が持てる。
「俺は健全なヤクザやし、あぁいうのは穏便に解決せんとこっちが立場悪くなるからなぁ~」
…健全なヤクザってなに。
わざとらしく肩を落とし困ったように笑う中井はヤクザの組長には見えず、彼につられてつい笑みが漏れた。
律花が小さく名前を呼ぶと、男達が去って行くのを見つめていた中井がゆっくりと振り向く。先程の冷たい空気が嘘だったかのようにその表情は柔らかく、優しい瞳に律花が映った。
「あいつらにひどいことされんかったか?」
「はい。……ありがとうございます」
お礼を言いながら頭を下げると、「やめてぇや」と言いながら身体を倒し律花の顔を覗き込む。
「まぁ、律花ちゃんやったら俺の助けなんかなくても追い払えたかもしれんな。……ええ蹴りやったで」
「ご、ごめんなさい…」
バーでしでかしたことを忘れた訳ではなかったがあの行為を改めて口にされてしまうとどうも居心地が悪い。視線を揺らすと中井は口の端をあげ、楽しそうに笑った。
「はは、ええよ。…ほな無事合流できたことやし、一緒に帰ろ」
そう言った中井は懲りずに手を差し出してくる。「ほれ」と中井が催促の言葉を口にすると同時に、ラーメン屋で再会したときからずっと変わらない態度の中井に対して疑問の言葉が漏れた。
「なんで……」
「ん?なんて?」
「……なんで助けてくれたの?」
追いかけてくることなんかないと思っていた。
――女なんて、ただの金づるだと思ってるくせに。
ひどいことを思ってしまっている自覚はあったが言葉には出来ずにただ中井を見つめると、キョトンと目を丸くした中井は目を細め再度手を伸ばした。
「律花ちゃんがこまっとったからや」
温かく、少し硬い掌が律花の小さな手を包む。
気がついていなかったが律花の身体は小さく震えており、震えを宥めるように優しく指が肌を撫でると温かい熱がじわりと指先から身体の中心に移っていく。
「……」
「それだけの理由で充分やろぉ?……あぁでも、ありがと~いう気持ちがあるんやったら俺の話はちゃんと聞いてもらおか」
「……話?」
首を傾けると中井は、ふ…と笑い、繋いでいない方の手でスマホを持った。
「ま、こない道中でする話でもないわ。…タクシーでええか?」
「え、っと…ごめんなさい。持ち合わせがなくて」
歩いて帰ろうとした結果男達に絡まれたことを暗に伝えると、もう手元のスマホに用事がなくなったのだろう、スーツにそれをしまい軽く手を引かれる。
「金の心配なんかいらん。ここにはタクシー来られへんから広い道路まで行こ。…そういえば律花ちゃん、バーに金置いていったけどあれ多過ぎや。あんだけあればあの店貸し切りにできんで」
「……それは大袈裟です」
置いていった金はドリンク代はもちろん、残りは中井への手切れ金のつもりだったがその意図はどうやらこの男には通じていなかったようだ。
ごく自然に手を繋いだまま大通りまで歩く。中井のもつ雰囲気のせいかその整った容姿のせいか、すれ違う人がこちらを見ている気がしてどうも視線に慣れず、歩みが遅くなると中井が心配そうに律花に視線を向けた。
「……中井さん、あの人達になにかするのかと思いました」
こんなことを言いたかったわけではなかったが気まずい空気を誤魔化すために先程思ったことを口にすると、中井は一瞬考えるように黙ったあと口を開く。
「…あぁ、ボコボコにしたりってことか?」
「…有り体に言うとそうです」
「そないなことせぇへんよ。あいつらみたいなしょっぱいチンピラは真っ当なカタギとは言えんやろうけど、あんなやつらにでも手ぇあげるといろいろ面倒やねん」
「…なるほど」
期待していた答えではなかった気がするが、下手に誤魔化されるよりはその返答は好感が持てる。
「俺は健全なヤクザやし、あぁいうのは穏便に解決せんとこっちが立場悪くなるからなぁ~」
…健全なヤクザってなに。
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