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第13話
「宇佐美さんは本当に良かったんですか?」
「ええって。なんやそんなに宇佐美が気になるん?」
「そういうわけじゃ…ないですけど」
店の近くでタクシーを下りて、昨日と同じビルへ向かう。
ハンドルを握っていた宇佐美も車を停めてから合流するものかと思っていたがどうやらそうではないらしく、彼は中井が連絡するまで近くで待機するらしい。
「待たせるの申し訳ないです」
「あいつもただ、ぼ~っと待つわけやない。申し訳なく思う必要なんかないって」
その言葉に黙ってうなずくと、中井はエレベーターのボタンを押した。
中井に対する警戒心は初めて会った時よりは薄れ、昨日より近い距離で目的のフロアに着くのを待っていると中井の手が腰に回った。
「……セクハラですよ」
「こういう雰囲気やなかった?」
「全然違いますっ!離れて!」
ガタガタと小さなエレベーターが揺れ、フロアに着いて開いた。足早に先に下りると楽しそうに笑った中井も下りてきて、バーの扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
「マスター。ほれ、律花ちゃん」
店内は貸し切りにしていたのか誰の姿もない。
「またお越しいただけて嬉しいです」
優しく微笑み、軽く会釈をしたマスターに同じように頭を下げる。
「奥のお席へどうぞ」
昨日と同じ席へと促され、店内を見渡すように視線を動かすと中井が律花の鞄を掴んだ。
「律花ちゃん。手洗い場あっちな。奥座っとくからゆっくりおいでぇや」
「え…あ、はい」
軽く引っ張られてスルリと鞄が手から離れる。中井が奥の席へ歩いて行く後ろ姿を見つめ、あっち、と言われたお手洗いに向かった。
♢♢♢♢♢♢
「お帰り。…ほい、鞄」
「ありがとうございます」
「とりあえず一杯目は昨日と同じもん頼んだで。今日酒入っとらんやろからまだ飲めるやろ?二杯目はまた違うもん頼んだらええわ」
「…えぇ」
「こっちは食べ物のメニューな。好きなもん頼み」
律花が何かを言う前に段取りよく進んでいく今の状況に驚きながら、小さく息を吐く。
「なんだか全部、見透かされてるみたい」
「そらそうや」
ぽつりと呟いた言葉に対し、中井から返ってきた言葉にメニュー表に向けていた視線を上げると、中井は内ポケットから煙草を取り出し咥えたところだった。
「俺、律花ちゃんのこと好きやもん。好きな子の考えとることはわかるもんやで」
「…じゃあ私が食べたいものなに?」
「…ん~」
メニュー表を中井に見やすいように向けると中井は上から下まで見つめ、目を細める。
「カレー」
「えっ」
「…が、食いたいけどこんなところでがっつり食べるのも恥ずかしいな~。私だけ食べるんはな~思って、俺も一緒に食べられるピザ頼もうとしとる」
口から紫煙を吐き出しながら得意気にそう言った中井を見つめた。
「…当たり?」
「……当たり。なんでわかるんですか」
「はは、まぁ律花ちゃんがわかりやすい言うのもあるけどな」
ニヤリと笑う中井は種明かしをする気はなさそうで、煙がかからないようにか通路に向かって紫煙を吐くが、もう嗅ぎ慣れた煙草の匂いが店内のアルコールの匂いと混じって香る。
「カレー食べぇや」
「…マスター、ピザお願いします」
ちょうどドリンクを持ってきてくれたマスターにそう伝えると中井は、メニュー表を指先で軽く叩く。
「それだけやと腹減るで」
「あとでパフェも食べるので大丈夫です」
「ふっ、そうか」
煙草の火を消した中井が灰皿を端に寄せる。
「昨日のこと、少しは考えてくれたん?」
「昨日のこと?」
「俺の事務所で働かんか?…二個も三個も仕事すんの大変やろ」
そういえば昨日タクシーでそんな話をしたな…。
本気だったことに驚きつつも、中井の提案にホイホイ乗るほどお気楽でもなく、ため息混じりに言葉を返す。
「楽ではないですけど…」
「そもそもなんでそんな仰山仕事しとんねん。本気出せばキャバだけで金は稼げるやろ」
「夜だけ働く、って時間がもったいない気がして」
「余った時間は全部働きたいっちゅうこと?」
「…最初のバイトはコンビニだけだったんです」
こっちに出てきたとき、働き口を探していた私はとりあえずすぐに働けそうなコンビニに応募した。希望は時給が高い深夜だったけれど、慣れるまでは昼間の仕事にしかつけず、だがそれだけだと収入が少ない。
その後コンビニの常連客だったファミレスの店長が人手不足で困っていると言っていたこともありそのファミレスも掛け持ちで働くことにしたのだが…。
「飲食店はどうしてもアイドルタイムがあって…思うように稼げなかったのでキャバクラで働くことにしたんです」
風俗にはどうしても踏み込めず、ガールズバーよりは稼げそうだという理由でキャバクラにしたのだ。…だが。
「あんまり向いてなかったみたいですけど」
「ま、向き不向きはしゃあないわ。…金が欲しい理由。まだ教えてくれへんの?」
「家庭の事情です」
「家庭?」
中井は続きを促すように首を傾けるが、ドリンクに口をつけ黙秘を決め込むと、大きくため息を吐いた。
「律花ちゃんは借金ないもんなぁ。…身内が困っとるんか」
律花自身に借金が有るか無いかはやはり事前に調べていたらしい。探るような視線を受けるが、中井に深く話す義理はない。むしろここまででも話すぎてしまったと少し後悔していた。
「…今日はここまで」
「…そうか。まぁええとこまで聞けたから良しとしよか」
鼻にまとわりついていた煙草の匂いが薄くなり、生地が焼ける良い匂いが鼻腔をくすぐる。
ぐぅ…と小さくお腹が鳴ったのを聞き逃さなかったらしい中井が小さく口の端をあげ、それを軽く睨み付けるとわざとらしく肩をすくめた。
「ええって。なんやそんなに宇佐美が気になるん?」
「そういうわけじゃ…ないですけど」
店の近くでタクシーを下りて、昨日と同じビルへ向かう。
ハンドルを握っていた宇佐美も車を停めてから合流するものかと思っていたがどうやらそうではないらしく、彼は中井が連絡するまで近くで待機するらしい。
「待たせるの申し訳ないです」
「あいつもただ、ぼ~っと待つわけやない。申し訳なく思う必要なんかないって」
その言葉に黙ってうなずくと、中井はエレベーターのボタンを押した。
中井に対する警戒心は初めて会った時よりは薄れ、昨日より近い距離で目的のフロアに着くのを待っていると中井の手が腰に回った。
「……セクハラですよ」
「こういう雰囲気やなかった?」
「全然違いますっ!離れて!」
ガタガタと小さなエレベーターが揺れ、フロアに着いて開いた。足早に先に下りると楽しそうに笑った中井も下りてきて、バーの扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
「マスター。ほれ、律花ちゃん」
店内は貸し切りにしていたのか誰の姿もない。
「またお越しいただけて嬉しいです」
優しく微笑み、軽く会釈をしたマスターに同じように頭を下げる。
「奥のお席へどうぞ」
昨日と同じ席へと促され、店内を見渡すように視線を動かすと中井が律花の鞄を掴んだ。
「律花ちゃん。手洗い場あっちな。奥座っとくからゆっくりおいでぇや」
「え…あ、はい」
軽く引っ張られてスルリと鞄が手から離れる。中井が奥の席へ歩いて行く後ろ姿を見つめ、あっち、と言われたお手洗いに向かった。
♢♢♢♢♢♢
「お帰り。…ほい、鞄」
「ありがとうございます」
「とりあえず一杯目は昨日と同じもん頼んだで。今日酒入っとらんやろからまだ飲めるやろ?二杯目はまた違うもん頼んだらええわ」
「…えぇ」
「こっちは食べ物のメニューな。好きなもん頼み」
律花が何かを言う前に段取りよく進んでいく今の状況に驚きながら、小さく息を吐く。
「なんだか全部、見透かされてるみたい」
「そらそうや」
ぽつりと呟いた言葉に対し、中井から返ってきた言葉にメニュー表に向けていた視線を上げると、中井は内ポケットから煙草を取り出し咥えたところだった。
「俺、律花ちゃんのこと好きやもん。好きな子の考えとることはわかるもんやで」
「…じゃあ私が食べたいものなに?」
「…ん~」
メニュー表を中井に見やすいように向けると中井は上から下まで見つめ、目を細める。
「カレー」
「えっ」
「…が、食いたいけどこんなところでがっつり食べるのも恥ずかしいな~。私だけ食べるんはな~思って、俺も一緒に食べられるピザ頼もうとしとる」
口から紫煙を吐き出しながら得意気にそう言った中井を見つめた。
「…当たり?」
「……当たり。なんでわかるんですか」
「はは、まぁ律花ちゃんがわかりやすい言うのもあるけどな」
ニヤリと笑う中井は種明かしをする気はなさそうで、煙がかからないようにか通路に向かって紫煙を吐くが、もう嗅ぎ慣れた煙草の匂いが店内のアルコールの匂いと混じって香る。
「カレー食べぇや」
「…マスター、ピザお願いします」
ちょうどドリンクを持ってきてくれたマスターにそう伝えると中井は、メニュー表を指先で軽く叩く。
「それだけやと腹減るで」
「あとでパフェも食べるので大丈夫です」
「ふっ、そうか」
煙草の火を消した中井が灰皿を端に寄せる。
「昨日のこと、少しは考えてくれたん?」
「昨日のこと?」
「俺の事務所で働かんか?…二個も三個も仕事すんの大変やろ」
そういえば昨日タクシーでそんな話をしたな…。
本気だったことに驚きつつも、中井の提案にホイホイ乗るほどお気楽でもなく、ため息混じりに言葉を返す。
「楽ではないですけど…」
「そもそもなんでそんな仰山仕事しとんねん。本気出せばキャバだけで金は稼げるやろ」
「夜だけ働く、って時間がもったいない気がして」
「余った時間は全部働きたいっちゅうこと?」
「…最初のバイトはコンビニだけだったんです」
こっちに出てきたとき、働き口を探していた私はとりあえずすぐに働けそうなコンビニに応募した。希望は時給が高い深夜だったけれど、慣れるまでは昼間の仕事にしかつけず、だがそれだけだと収入が少ない。
その後コンビニの常連客だったファミレスの店長が人手不足で困っていると言っていたこともありそのファミレスも掛け持ちで働くことにしたのだが…。
「飲食店はどうしてもアイドルタイムがあって…思うように稼げなかったのでキャバクラで働くことにしたんです」
風俗にはどうしても踏み込めず、ガールズバーよりは稼げそうだという理由でキャバクラにしたのだ。…だが。
「あんまり向いてなかったみたいですけど」
「ま、向き不向きはしゃあないわ。…金が欲しい理由。まだ教えてくれへんの?」
「家庭の事情です」
「家庭?」
中井は続きを促すように首を傾けるが、ドリンクに口をつけ黙秘を決め込むと、大きくため息を吐いた。
「律花ちゃんは借金ないもんなぁ。…身内が困っとるんか」
律花自身に借金が有るか無いかはやはり事前に調べていたらしい。探るような視線を受けるが、中井に深く話す義理はない。むしろここまででも話すぎてしまったと少し後悔していた。
「…今日はここまで」
「…そうか。まぁええとこまで聞けたから良しとしよか」
鼻にまとわりついていた煙草の匂いが薄くなり、生地が焼ける良い匂いが鼻腔をくすぐる。
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