ヤクザの組長は随分と暇らしい

海野 月

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第32話

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「……水無瀬さん、中井さんの弱点とか知りませんか?」

「弱点?」

 中井の話題が続く今ならば、と昨日タクシーで聞いてみたかったことを口にすると、水無瀬は不思議そうに律花の言葉を繰り返す。

「苦手なものとかでもいいんですけど」

「苦手な物、ですか?…好きな物じゃなくて?」

「えぇ、苦手な物。……甘い物、とか辛い物とか…実は虫が苦手とか」

「う~ん……それ、もしあるなら俺が知りたいっすけどね。…どうしたんですか」

「……ぎゃふんって言わせたくて」

「ぎゃふん…?親父が?」

 中井さんが『ぎゃふん』というところを想像したのか水無瀬さんは、一瞬妙な顔をして軽く頭を横に振る。

 辛いものを食べさせても「辛いなぁ~」って笑いそうだし、変な虫を見ても「おぉ、けったいな虫が出たでぇ~」とか言いそう。

 想像上でも『ぎゃふん』と言ってくれない中井に小さくため息を吐く。

「……まぁ、ある意味ではリカさんが弱点かもしれないですね」

「わたし?」

 水無瀬の予想外の言葉に驚いて目を見開くが、水無瀬は会話しながらも飲み進めていた最後のグラスを空けた。

「えぇ。親父はリカさんとおるとき楽しそうやけど、よく困った顔もしとるんで」

「なんですかそれ……。なにか飲まれますか?」

「えぇ、頼んでもらってもええですか」

 次に頼んだのもミドルクラスのドリンクで、最初と同じようなやりとりを繰り返したあと、諦めて彼の言うとおりの注文を通した。

「ぎゃふん、って言ってってリカさんが言えば親父は言ってくれますよ」

「それだと意味がないんですよ~!」

 水無瀬だってわかっているだろうに、意地悪な提案にうなだれると、ははっと楽しそうに笑う。

「そうは言っても普通に生きてて『ぎゃふん』なんて言わないでしょう」

「…それは、まぁそうなんですけ――」

「ぎゃふん」

「ぎゃぁっ!」

 急に耳元で声が聞こえ、驚いて肩が跳ねる。声がした方を向くと中井が座席の背もたれから身を乗り出していた。

「楽しそうやなぁ~。…お二人さん」

「あ、はは……」

 悪いことはしていない、いやむしろこれが仕事だ。それでも不機嫌そうな中井の表情を見て、乾いた笑いを返す。水無瀬はというと、こうなることは織り込み済みだったのかただ黙っている。

「ご一緒してもええやろ?」

「は、え?ちょ……」

 律花が答える前に中井はソファをまわり、了承も得ずに律花の隣に座った。黒服にも事前に話を通してから来たのか中井が座ると同時に新しいグラスがテーブルの上に置かれた。

「ちょっと。…指名しないって言ったのに」

 ユウナはどうなったのかと、さきほどまで中井が座っていた席を見るとすでに片付けられ誰もいない。

「指名はしとらんやろ。…水無瀬に合流しただけや。なぁ」

「へい」

 当たり前だが水無瀬は全面的に中井側だ。黒服にも話を通しているようだし、ここでこれ以上なにか言っても無駄だろうと、小さく息を吐いて中井のグラスにシャンパンを注ぐ。

「おおきに。……で、どうやった?」

「…なにがですか?」

「ぎゃふん、言うたやん。俺の口から聞きたかったんやろ?」

 中井の登場が突然だったから、その台詞が全然入ってきていなかった。…というか、いつから話を聞いていたのか。

「……もっと悔しそうに言ってほしかったんです」

「ふ……そら難しいな」

 呆れたようにそう答えた中井はさきほど水無瀬がそうしていたように、グラスをクルクルと回す。

「…リカちゃん、水無瀬とおるほうが楽しそうやなぁ~」

「そんなことないですよ」

「……」

 中井にじっと見つめられ、言葉につまる。

「な、なに……」

「いや?ただ見とるだけや」

 じ…と見つめられ、視線を揺らすと顔を覗き込まれ余計に距離が近くなった。ふわりと中井の香水の匂いが鼻をかすめ、中井とキスしたことを思い出し一気に顔が熱くなってきた。

「…そんなに、見ないでください」

「なんでぇ?」

「は……恥ずかしいから」

 赤くなった顔を見られないように手で隠し、目線を逸らすとなぜか中井は深く息を吐いた。

「…水無瀬、どう思う?」

「いやぁ…無自覚ってのは恐ろしいっすね」

「せやろぉ。…もう一押しやと思うんやけどなぁ」

「はは、自覚するまでは手強いかもしれませんね」

 よくわからない会話が繰り広げられ、二人を交互に見つめるが、二人してただ呆れたように笑うだけだった。
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