化怪《バケ》〜幽霊騎士に守られて、呪われた私は恋を知る〜

名無し

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日常と非日常

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 ピピピピ、ピピピピ、と何度も繰り返される機械音。それは、ベッドの上に無造作に置かれたスマートフォンが奏でていた。朝を告げるアラーム音。朝が弱い私にとっては、この音が1番恐怖で嫌いかもしれない。ううん………、と呻きながら、音をシャットアウトするように布団を被る。こうしている内にいよいよ寝坊しかけて、鬼と化した母が部屋に乗り込んでくるのが、お決まりの朝の光景だった。幼い頃からすっきりと起きられない私は、そうしていつも母に怒鳴られて泣く泣く家を飛び出すのだ。

 しかし、最近は違う。もぞもぞとベッドの中で蠢く私の上に、ずしりとした重さと、ただならぬ悪寒。それを感じると、嫌でも落ち着いて寝られず目を覚ます。

「………遅刻する………」

 私の上に覆いかぶさる目隠しさんが、スマートフォンに表示される時刻を私に見せつけている。こうして私は、目隠しさんに取り憑かれてから、母の怒声ではなく目隠しさんによって起こされるようになったのだ。まあ、朝1番にいきなり怒鳴られるよりはマシかもしれないが、これはこれで心臓に悪い。

「あら、アンタまた自分で起きたの!」

 来週もその調子が続くといいけど!と、朝からせかせか家事をこなす母親が、洗面台でぼーっと歯磨きする私を一瞥した。我が家で霊感があるのは私だけ。母からしたら、何故か突然自分で起きられるようになった娘、という認識しかない。後ろで腕を組みながら、寝ぼけ眼の私を見下ろす目隠しさんを横目で見る。

「………寝起きの顔、あんまり見ないでほしいんだけど………」
「………………」

 目隠しさんと共に生活するようになってから、早1週間。こんな生活にも段々と慣れてきて、最初の内は恥ずかしかったお風呂やトイレも、何も感じないわけではないがしないわけにもいかないので、恥を捨ててこなせるようになってきた。流石に目隠しさんもそういう時は気を遣ってか、実体を消してくれているので、そこはまだマシといったところか。彼は相変わらず感情表現や口数が少ないので何を考えているか分かりづらいが、私は目隠しさんに対してまあまあ愛着が湧き出している。(というとまるで犬や猫のように扱っているみたいで怒りそうなので、決して本人には言わないが)

「いただきまーす!」

 顔を洗って、髪を整えた後、テーブルに並んだホカホカの朝ごはんを前に元気よく手を合わせると、背後にいた目隠しさんに突然首根っこを掴まれる。「食ってる時間などない」と、ただ冷たく一言。その一言にお尻を叩かれて、私は泣く泣く朝ごはんを諦め、用意されたお弁当箱を掴んだ。

「いってきまーす!」
「いってらっしゃい!」

 家族に元気に見送られて、私は玄関から飛び出す。玄関先には、毎日欠かさず吉光が私を待っていて、「ハニー、おはようございます」と爽やかな笑顔を見せた。よくもまあ飽きないものだ。数日前のあの一件以来、吉光は目隠しさんのことを認めたのか何なのか、出会い頭にいきなりお札を叩きつけるようなことはしなくなって、3人で登校するのが日常となっていた。とはいえ、決して仲良しこよし、というわけではなく、私にちょっかいをかけようとする吉光と、それを邪魔する目隠しさん、そうして勃発する小競り合いを私が宥める、というのが、私たちの関係性である。

 最近になって、今更知った事実というのもある。こうして登校すると、あらゆる場所に視える亡霊たち。私はこれが日常茶飯事で、自分に霊感があって視えるからこうなのだと思い込んでいたが、どうやらそうではないことが、目隠しさんによって知った。

「………お前の異様な生命力の強さに惹かれて、霊が集まってきている………」

 幽霊たちにとって、生命力は貴重なエネルギー源。食らえば階級が上がって強くなれるし、食うまではいかずとも、少しでも吸収できれば一時的に力を増幅させる効果もあるのだとか。そんな私の生命力に彼らは引き寄せられている。だから私は、常に幽霊に囲まれて生活している、というのが真実だったのだ。

 これでよく今まで生きてこられたな、と目隠しさんも流石に驚いている様子だったが、私が無事だったのは恐らく、隣で私に笑いかけるこの男………吉光が陰で尽力してくれていたのだろうということは、容易に想像がついた。小さい頃からずっと傍で守ってくれていて、今もこうして毎朝迎えに来てくれる。私と共にいたいという気持ちもあるのだろうが、おそらくは、私の身に危険が及ばぬよう、常に傍で見張り追い払ってくれていたのだろう、と今更気付いたのだ。

「………何か俺の顔に付いていますか?」

 ジーっと見つめる私の視線に気づいた吉光が、ぽかんと首を傾げた。恩着せがましいことも言わないし、私を不安にさせたくないという気遣いで、敢えて霊のことを言わなかったのだろう吉光の気遣いが、温かかった。

「ありがとう、吉光」
「え」

 突然微笑まれてなんのことか分からない吉光だったが、珍しくポーっと頬を赤く染めて、慌てて私から視線を逸らした。私は色んな人に助けてもらってばかりだ。初々しい反応を見せる吉光をからかうようにクスクスと笑っていたが、反対側からは何か不機嫌なオーラを感じてそちらに意識を向ける。無表情ではあるが、どこか面白くなさそうな目隠しさん。

「なんか怒ってる?」
「………なんでもない………」
「………目隠しさんにもちゃんと感謝してるよ?守ってくれてありがとう」
「………なんでもないと言っている………」

 まだ1週間。目隠しさんと出会ってからそんなに時間は経ってないけれど、少しずつ、彼のことを分かり始めている気がする。無表情だし幽霊だけど、ちゃんと彼にも人間らしい感情や想いがある。だから温かくて、安心感を感じるのかもしれない。

(私の呪いが解けたら………、私と目隠しさんってどうなるんだろう)

 呪いを受けたあの夜から、目隠しさんが抑えてくれているお陰で今のところは症状が出ていないせいか、自分が呪いを受けていることを忘れそうになる。私と目隠しさんが今共にいる理由は、私の呪いを解く為。そのために目隠しさんにはお化け退治をしてもらって、解呪の能力を手に入れてもらわなければならない。でも、解呪の力を手に入れて、私の呪いが解けたら………?

 ちらり、と目隠しさんを横目で見つめると、彼は相変わらず無表情で何を考えているのか、その横顔からは想像がつかなかった。まだ1週間。呪いが解ける目途も立ってない。そんな今から、目的が達成されたときのことを考えるのは、まだ気が早いのだろうか。

「………呪いのことも、今後どう動くか改めて話すべきだな………」

 そんな私の考えを見透かされたのか、それとも偶々なのか。丁度このタイミングで目隠しさんが唐突に呪いのことを持ち掛けてきて、思わずびくりと肩が揺れた。動揺する私に、目隠しさんが訝し気に首を傾げている。「そうだね!」と慌てて取り繕うが、目隠しさんの怪しむような視線が痛かった。

 そうだ。今は別のことを考えている暇などない。いつこの呪いが牙を剥いて死にかけるかも分からないのだし、とにかく呪いを解く為の作戦を立てないと。

 そんな私たちの背中を押すように、聞き慣れた学校のチャイムが鳴り響く。時間ギリギリに家を出ているせいで、この音を学校で聞けた試しがない。私たちはその音に弾かれるように、慌てて走り出した。
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