あの七夕の日を忘れない

古明地 蓮

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あの悲しみをもう一度

人のふり見て...

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次の日
僕は、自分の体調があまりすぐれないので、病院に向かった。
今日は、学校帰りだったけど、暁さんはついてきていない。
いつもなら一緒に行くところだけど、今日は僕の診察だけの予定だから、先に帰っている。

今日は雨がずっと降っていて、とても憂鬱な気分だった。
雨のせいで、数十メートル先さえもまともに視認できない。
梅雨の中でも、かなり強い雨で、傘がいまにも手から落ちそうなほどだった。

病院に入ると、いつものアルコールのにおいで満ちていた。
ただ、受付にあまり人がいなかった。
僕と、もう数人が座って待っているだけだった。

すぐに受付も済んで、診察室に向かう。
診察室もいつもと変わらないはずなのに、何かが違う気がした。

「失礼します」

扉を開くと、少しうつむいて、目じりに涙が寄っている先生がいた。
僕がこの部屋にいることに気が付くと、すぐにいつものそぶりをして見せた。

「やあ、久しぶり、でもないか」

「このところは高頻度で来てますからね」

「それだけ体調がよくないんだろう?
 久しぶりに検査するかい?」

「いや、今日は普通の診察だけでいいです」

「そうかい」

と言って、聴診器を取り出した。
聴診器を僕の左胸のあたりに当てた時に、また悲しそうな表情をしていた。
けど、何もなかったかのように診察を続けた。

「まあ、あんまり優れてるわけじゃないね」

「否定はできませんね」

「君らしい言い方だね
 まあ、これからは要注意しておくんだよ」

と言って、薬の準備をしようとする先生を止めるように言葉をかけた。

「先生、一つ聞きたいことがあるんですけど」

「どうかしたかい?」

「彼方のことなんですけど」

すると、何やら先生が、これまで見たどの表情とも似つかわしくない複雑な表情をした。
そして、しっかりと僕の方を向いて、

「まあ、君と同じような状態だよ」

と、厳しい表情で伝えてきた。
その瞬間、僕は二つのことを理解した。
それは、彼方のことと、そして...

「まあ、とりあえず薬渡しておくよ
 あと、彼方のとこに行ってきな」

と言って、いつもより多めの薬と、彼方との面会許可証を手渡してくれた。

「ありがとうございます」

「そんなにかしこまらなくていいからさ
 ほら、彼方のとこに行ってきなさい」

「じゃあ、行ってきます」

と言って、診察室を出て彼方の病室に向かった。
彼方の病室までの道のりは、真っ黒く無限に続くような気がした。
しかし、実際はそんなことはなく、すぐについてしまった。

「入るよ」

と言って、扉を開けると、そこには昨日と打って変わって、点滴が何台も置いてあった。
そして、その点滴の針の先には、苦しそうな表情をした彼方がいた。

「か、なた?」

すると、彼方は僕に気が付いて、無理にいつもの表情を作ろうとした。
もう、寝返りを打ってこっちを向くのさえつらそうなのに、元気な表情を作って見せた。

「こんな姿でごめんね、お兄ちゃん」

「彼方、これはそういう、ことなのか?」

多分これまでしてきた質問の中で、一番の愚問だろう。
けど、僕の口から出たのは、この質問が精いっぱいだった。

「まあ、ね
 昨日は、来てくれる雰囲気があったから、全部外してもらったんだよね」

「そこまで無茶しなくても...」

「ぎりぎりまでお姉ちゃんには心配をかけたくないんだよ
 お兄ちゃんだってわかるでしょ
 弱ってるところは見せたくないの」

「まあ、僕もそれやってたからさ
 すごい共感はできるけど、無理に点滴抜かなくたって...」

「最後の最後までお姉ちゃんにはばれたくないんだよ」

そういって、彼方は疲れたようにぐったりして、もう一度こっちを向いて口を開けた。

「お兄ちゃん、ちょっと耳貸して」

と言われたので、周りの点滴を、抜かないように気を付けながらどかして、彼方の口元に耳を寄せる。
かすかな彼方の吐息が耳に聞こえた。
そして、僕にも聞こえるか聞こえないかのぎりぎりの声で、衝撃の言葉を言った。

驚いて僕は、何かを見たわけでもないが、目を見開いた。

「お姉ちゃんには言っちゃだめだからね」

と言って、僕に離れるように指示した。
僕は、驚きが落ち着かないまま、とりあえず彼方から離れた。

それから、数分間、僕は動くことができなかった。
そして、やっと頭の整理が追いついたから、彼方に声をかける。

「じゃあ、彼方
 何か僕にできる願い事はある?」

すると、彼方は軽くあきれてから、いつもの希望に満ちた目で

「私がいなくなった後のお姉ちゃんを幸せにすること」

そうだったよな
彼方の願いはこれなんだよな

「じゃあ、その願いは僕がしっかりとかなえるよ
 でも、なんでそこまで暁さんのことを心配してるの?」

「実はね」

と言って、しっかりと僕の目を見れるように向き直ってから、話をつづけた。

「昔、お姉ちゃんは2回おかしくなってるんだ」

「2回も?」

「うん
 一回目は私が入院した時
 その時はまだいい方だったけどね」

「どんな感じにおかしくなったの?」

「存在しないものと会話するんだよ
 あの時は、家で私と話してるふりをしてたって聞いたよ」

「でも、彼方はここに入院してたんでしょ」

「そうだよ
 家にいないはずの私とずっと話してたんだって
 最初はお父さんとお母さんも、ただの遊びだと思ってたらしいんだ
 でも、それがあまりにも長かったし、その話をすると、いつになく真剣な表情になるから怖かったって言ってたよ」

「それは怖いな
 あんなにまじめな人なのに」

「あれだけまじめだからじゃないかな
 多分心の中じゃ、私たちにすがってるから、今のままの真面目さができるんだよ」

「確かに、それはあるかもね
 ちなみに、2回目は?」

「お父さんたちが海外に行っちゃったときだね
 あの時はもっとひどかったね」

「もっと?」

「うん
 私の前でも見えてると思ってたし、私にも見えてると思ってるから怖かったよ」

「目の前で見たら怖そうだな」

「あれは結構つらいよ
 この病院の中でそんなことをするもんだから、一回精神科に連れてかれたこともあるよ」

「それで、どうだったんだ?」

「一応先生も、かなり危ないと思ったらしくて、一時的にお父さんたちに帰ってきてもらったんだ
 それで、それからはなくなってたかな」

「でも、今回はさすがにそれはできないからね」

「だから、そうなったときのことを、お兄ちゃんにお願いしてるんだよ」

「なるほど
 わかったよ、何とかしてみせるよ」

この話を聞いて、ちょっとだけ暁さんの裏面を知った気がした。
そして、この僕でもできるんだろうかという、不安が重なった。

ちょっと気が重くなっていると、彼方が無理して、横の引き出しから何かを出した。

「これ、お兄ちゃんに託しとくね」

そういって渡されたのは、しおりのような形をした一枚の蒼い紙と、それを隠すように巻かれた白い紙のセットだった。

「これは?」

「短冊だよ
 私がかけられるかわからないから、お兄ちゃんに託しとくよ」

それを聞いて、もう一度まじまじと短冊を見てから

「わかったよ、任せといて」

と、格好つけていった。
それから、これからの話のタネを探そうと、辺りを見回していると

「もう話すことないのならかえって」

「え?」

驚いて彼方の方を見ると、少し体を丸めていた。

「もうつらい姿を見せたくないからさ
 だから、今日はもう帰って」

「彼方がそういうなら仕方ないかなあ
 じゃあ、今日は帰るよ」

「うん、ばいばい」

「また今度」

と言って、僕は彼方の病室を出た。
そして、あの真っ暗で無限に続く道をたどるのだった。
外の雨も、あの透明感が抜けていて、暗闇が降り注いでいるような感じだった。

「ただいま」

「あ、おかえり
 今日の診察どうだった?」

「いつも通りだよ
 診察が変わることはないからね」

「まあ、それもそうだね
 いや、いつもより遅いからさ、気になっただけだよ」

「先生と雑談してたから、いつもより遅かったんだ」

いつものように手を洗う。
今の僕には、その一つ一つがとても大切に感じた。

「まだご飯まで時間かかりそう?」

「ん~
 まだ時間かかりそうだね 
 お風呂入ってきていいよ」

「わかった」

そうして、なんだかすごい久しぶりな気がするお風呂に入った。
そして、お風呂の中でまた考え事をした。

今日、彼方との話や、先生と話して一つ分かったことがある。
もう時間が少ないんだ。
暁さんのために使える時間が、もうほとんどない。
そんな中で、どうやって暁さんを幸せにできるのだろうか。

バレンタインの後、ずっといろんな策を講じて、暁さんを幸せにしようとした。
ちょっとしたプレゼントをしてみたり、休日のごはんを作ってあげたりした。
でも、それは幸せにつながってたのかわからない。

これまで、暁さんが幸せそうにしているところがほとんど見れていない。
だから、彼方にもしものことがあった後に、暁さんを幸せにする方法が分からない。
しかも、僕にも長い時間があるわけではない。
だから、なるべく手短に、上手くやらなければいけない。

しかも、暁さんは精神崩壊する可能性があるらしい。
そうなってしまった場合、僕はどうしたらいいんだろう。
そのまま事実を伝える?
でも、それで余計悲しんでしまうかもしれない。
その幻覚に付き合う?
けど、それじゃあ暁さんは前に進めない。

もう、どの行動が暁さんのためになるのかが分からなくなっている。
暁さんの家事を手伝うこと?
サプライズのプレゼントを用意すること?
それとも、ほかに何かあるのだろうか。

今日ばかりは、この万能なお風呂も役に立ちそうもなかった。
僕の巡る思考回路を吹っ切れさせる程の力はなかったのだ。

それから、僕はずっとお風呂の中で考え続けた。
何をどうしたら暁さんが幸せになるだろうか。
そして、もしも暁さんが狂ってしまった時に僕はどうすべきか。

ただ、ひたすらに考え続けても答えは浮かんでこない。
挙句の果てに、過去の自分を恨んでしまう。
暁さんを幸せに出来る方法を、検証しておかなかった自分を恨んだ。

そして、何の成果もあげられないまま、お風呂から上がらざるを得なくなってしまった。

「お風呂出たよ~」

と言いながらリビングに向かうと、美味しそうなご飯が準備されていた。

「もうご飯は準備できてるから、食べよ」

「うん」

と言って、お互い席に着いた。
そして、お互いの目が合ったら、

「いただきます」

と言って食べ始めた。
食べている間、暁さんと話そうと思った。
ただ、どうしても僕と暁さんの間の空気のギャップで、うまく話しかけられなかった。

この無言の暗い雰囲気で食べるご飯の味は、無味に近かった。
その甘さも、しょっぱさも何も感じられなかった。
これほどつまらないご飯はないだろうと思えるぐらいだった。

「ご馳走様」

と言って、食器を片した。
適当に、汚れを流して、食洗器に入れておいた。

ご飯を食べているときから、どうしても暁さんと目を合わせられない。
彼方のことで、隠し事をしているからだろうけど、目をそらしてしまう。
そして、暁さんは僕のしぐさを知っているから、多分何か隠し事をしていることはばれてるだろう。

まあ、この隠し事は内容が問題だから、内容さえばれなければいいけど。

それから、僕はずっと椅子に座ってぼーっとしていた。
暁さんも、何かを察したように、僕に話しかけてくることはなかった。

その間、いろんなことを考えていた。

気が付けば、夜になって
気が付けば、真夜中になっていた。

「私、もう寝るから
 蓮も遅くならないようにするんだよ」

と言って、暁さんは二階に上がってしまった。
そのあとに続くように、僕も自室に帰った。

いつものように布団に入った。
しかし、眠気は一向に襲ってくる様子がなかった。
どうしても、これからのことを考えてしまうのだ。

いつもみたいに、どうにかなるだろうみたいな、楽観的にはなれなかった。
まあ、当然のことだろうけどさ。
昔みたいに、時間をかければ何でもどうにかなるとは、言えないから。
だって、その時間が足りなさすぎるから。

「起きるか」

と言って、僕は一階に降りて、鎮痛剤を飲んだ。
やはり、彼方だけでなく、僕の体も病気に侵食されつつある。

鎮痛剤が効きだすまでの20分ほど、椅子に座って考え事をした。
もう一度布団に入ると、睡魔がやっと来てくれた。
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