300万で何が買えるだろうか

古明地 蓮

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第一章 人生とは出会いである

第三話 面影感じる人

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 いつ追い出されてもいいようになるべく必要な荷物だけを取り出し、まだ使わないものは段ボールに残しておいた。一通りの準備が終わると部屋の中を見渡してみる。何度見ても違和感がぬぐえない部屋だった。

 荷物の中から取り出したパソコンを机にセットする。コードをつなぎディスプレイのとキーボード、マウスの位置を整えいつでも使えるようにする。動作確認もかねて少しだけブログを書いておくことにする。

 この二日間でいろんなことが起きすぎて、自分の頭の中でまとめきれないことが多い。そんな時はブログとして言語化してしまうことで、無理やり自分に飲み込ませる。

 ブログを書き始めてからどれくらいたったんだろう。あの時も新しい生活が始まるタイミングで、信じたくないこと、信じられないことばかりで、どうしようもなくなった時に書き始めたんだ。

 そんな経緯から始まっているから、僕のブログには暗い内容の話が多い。そのせいか、読者は少ないけど、たった一人だけ

「翔さん、お母さんが帰ってきたから降りてきて」

 なぜか耳なじみがよく、耳によくとおる椿姫の声が隣の部屋から聞こえてきた。と同時に、玄関の戸が開く音がした。一気に僕の心臓が跳ね上がる。つい先ほどまでは椿姫という年下の少女を説得するだけだったから多少は気楽だったけど、大人相手となれば嘘が通用するか不安になる。

 だけど、逃げるという選択肢は僕にはない。そう自分に言い聞かせ、先に階段を下りて行った椿姫の後を追う。

 廊下で椿姫のお母さんと目が合う。

 刹那、脳裏をよぎる幾重にも渡る記憶の断片。怒り、悲愁、愉楽、記憶に連なる感情があふれ出す。とどめなく頭を覆いつくす。

 呆然と立ち尽くしていた僕の耳元に、あの声が聞こえた。

「大丈夫だよ」

 あいつのこととあの人のことが同時に頭に浮かぶ。他人の空似なのか、あの人の知り合いだったのか、それとも本人なのか。余計にこんがらがった頭を強制的に止めて、状況にあえて流される。

「少し僕の話を聞いてくださいませんか。」

 改まった口調で僕が言うと、少し不思議そうな顔をしてから、わずかに口角を上げたように見えた。そして

「いいわよ」

 そういうと、僕をさっきまで勉強に使っていたリビングに通した。テーブルの奥側にすでに椿姫が座っていたので、その隣に座らせてもらう。そしてもう一度改まった口調で話す・

「僕の話を聞いてください。」

 それから僕は、椿姫に語ったことと同じことを伝えた。すると、椿姫のお母さんはすでに知っていたような口ぶりで一つ質問をした。

「あいつ、いや君のお父さんは何をしている人かな?」

 初対面の人の父親に対してあいつという言い方は少し失礼じゃないかな、なんて考えてしまう。けれども、お願いする立場なので、なるべく表情に出さずに答える。

「ギャンブラーです。ほかに職業があるのかは知らないですけど。」

 そう告げると、安心したような表情を浮かべた。いったい何の目的の質問だったのだろう。わからないまま、話は進んだ。

「つまり君は身寄りがないから、ここに泊めてほしいっていうことだよね。それなら空き部屋もあるから、そこを気に入ってもらえれば問題はないわ。」

「それなら、もう部屋は私が案内したから問題ないよ。それよりお母さんはこの人は大丈夫だと思うの?」

 椿姫がお母さんに詰め寄った。先ほどは僕に押されしぶしぶ了承したようだったから、お母さんが反対したら追い出す気でいたんだろう。しかし、椿姫のお母さんは言う。

「いいじゃないの。どうせ使えない部屋なんだもの。」

 ふとあの部屋のこと案内されたときのことを思い出していた。椿姫の横顔を窺うと、鋭い視線を返していた。わずかな違和感を抱きつつも、そのまま話は流れていった。

 意外にも居候はすぐに承諾されてしまい、話し合いの主題はこの家でのルールについてだった。洗濯物の扱いや部屋の使い方について、食事の席などについても話した。彼女らのこれまでの生活や習慣を変えない程度に、僕が溶け込む形になるような感じだ。

 少し意外だったのは、一日の料理は当番制で行うということだ。その制度には僕も含まれるらしく、僕の初料理は明後日ということになった。明後日までに作れるメニューを考えないと。

 今日はせっかくということで、みんなでピザを焼くことになった。この二人の間では、ちょっとしたお祝い事や落ち込んだ時に二人でピザを作るのが習慣らしい。偶然にも僕の家族にも似たような風習があったから、一緒にピザ作りを楽しんだ。

 僕は生地を伸ばすという地味だけど難しい職を与えられた。僕が頑張ってこねた生地に二人がトッピングをして、最後にオーブンで焼き上げる。その過程が懐かしくて出来上がったピザを見て泣きそうになってしまった。

 椿姫のお母さんがオーブンからピザを取り出すと、トマトとチーズとハムの香ばしい香りが鼻腔を突き抜けた。一番単純で有名なマルゲリータの完成だ。テーブルの真ん中に置くと、椿姫のお母さんがそれをきれいに六等分した。お互いに目を合わせると合掌し

「いただきます」

 と挨拶をして、それぞれ近くのピザを頬張る。久々に食べるピザはこれまでで一番のおいしさだった。いや二番目かな。

 気が付けば手に乗ったチーズまで食べてしまった。もう一切れ取ろうと思ったとき、椿姫のお母さんが声をかけてきた。

「そういえば、私のことは何て呼ぶつもりなの?」

「そういえば決めてませんでしたね。」

 頭の中ではずっと椿姫のお母さんとしか読んでなかった。そうと呼ぶしかなかったから。そんな僕の考えを見抜いてか、彼女はこういった。

「あなたのお母さんには悪いかもしれないけど、お母さんでいいんじゃない?」

 椿姫のお母さんは、抱擁感のある笑みで提案してきた。それが優しさであるのはわかるけど、

「それはできません」

 食い下がることもできないように断った。僕の言葉を組んでか、椿姫のお母さんは言った。

「じゃあ、私のことは小百合でいいわ。そのほうが呼びやすいなら別に名前呼びでもいいわよ。」

「じゃあ、小百合さんと呼ばせてもらいますね。」

 小百合さんに沙織さん。一時違いだけど、どっかで聞いたような名前だなと思った。記憶のどこかに結びついているような気がするけれど、それが何かはわからなかった。

 隣の椿姫の横顔をうかがうと、ふてくされたような、言いたいことを押し込めているよぅだった。聞いてみたいけれど、少し距離を置かれているから、不用意に近づけない子なんだ。まあ、中学生からしたら、高校三年生は少し怖いのかもしれないな。

 そのあとは普通に団らんした後に、片づけをして各自の部屋に戻った。この家ではリビングの大きな部屋で会話を楽しむよりも、それぞれの部屋で自分の趣味をする人たちらしい。僕の家にはなかった生活風景なので、少しなれない。

 僕は自室に戻ると、いつものように勉強を始めた。なれない家だからか、いつも以上に勉強ははかどった。普通なら慣れた部屋のほうがはかどりそうだけど、なれた部屋だと勉強中にあいつのことが頭をよぎる。それがない分はかどった。

 その後は決められた時間に風呂に入った後も少し勉強して、就寝することにした。
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