音よ届け

古明地 蓮

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目標への道と...

創音の時間

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家に着くと、すぐに手を洗ったり、荷物を置いたりと、これからの作業の準備をした。
それから、水上さんと一緒に作曲専用の部屋に入った。
やっぱりそこだけは少しだけ周りっと雰囲気が変わっている。
入るだけで、外界とは別の空間に入ったのがすぐにわかるんだ。

部屋に入るとすぐに、水上さんの作曲準備を始めた。
パソコンの電源を付け、モニターとかの周辺機器も起動させる。
その間、水上さんには椅子に座ってゆっくりしててもらった。

パソコンの起動時間の間に、水上さんはタブレットを取り出して、僕への質問を書いて渡した。
一通り準備が終わった僕は、いったん休憩がてら水上さんの質問を読んだ。

「このパソコンとか、設備ってすごいよね
 誰か音楽関係者でもいるの?」

その質問を読み終えた僕の眼がしらには、涙がたまり始めていた。
でも、その涙をこぼさないように一瞬天井を見てから、返事を書き始めた。

「この部屋は、お父さんのものだったんだ
 お父さんが音楽関係者だったからね」

と書いているうちに、タブレットの表面には、大きな水たまりができていた。
急いで服の袖で涙を拭きとると、水上さんにタブレットを渡した。
水上さんは、その文章と僕の表情から、多分すべてを読み取ったんだろう。
無言のまま、ハンカチを渡してくれた。
僕は、二三回だけそのハンカチを使ったら、すぐに返してしまった。

走行しているうちに、玄関のチャイムを押す音がした。
水上さんが動こうとしてから、僕は机の上のタブレットを取ると、

「水上さんはここで待ってて」

と書きばしった。
机の上にタブレットを置くかおかないかのうちに、玄関に向けて飛び出した。
玄関に着くと、もう一回チャイムが鳴らされた。
全く、せっかちな人だなぁって思いながら、玄関の戸を開けると、予想にたがわない人が来ていた。

「もうちょっと早くドアを開けてくれよ
 心配するじゃん」

と、軽音部にしてはちょっと熱血というか、運動部的な好青年ははきはきしながら言った。
僕は、半ば呆れたような声で

「僕たちだって、ほんのちょっと前に着いたばっかりなんだから、仕方ないよ
 水上さんの方の準備もしてたんだから」

と言った。
すると、諒一はいかにもびっくりしましたって顔で

「秦野が連れてきてくれたんだな
 お前、女子と話しているところ見ないから、てっきり苦手だと思ってたよ」

と失礼極まりないことを言ってきた。
僕は、完全にあきれた口調で

「さすがにそれぐらいはできるよ
 諒一は一体僕のことを何だと思っているんだい?」

と言い返した。
諒一さっきまでの表情は消え失せていて

「お邪魔します」

と言ってうちに上がった。
真面目になったのかなって思った矢先、リビングに荷物を放り出すと、すぐに手を洗いに行った。
まあ、諒一らしいといえばその通りな感じだった。
手を洗うのも、異様に早くてちゃんと洗えてるの完敗になるレベルだった。

僕の家の間取りを完全に把握している諒一は、何にも迷うことなく奥の作曲室に入った。
いつもは先導するはずの僕が、後からついていくっていう、考えにくい状態が出来上がってしまっていた。
まあ、やる気があるのはいいことなんだけど。

諒一が作曲室に入ると、水上さんは慌てたようにタブレットに

「こんにちは」

と書いて見せた。
諒一は一瞬口をパクパクさせてから、水上さんのタブレットを受け取って、あいさつの返事を書いた。
その間に僕は、水上さんがパソコンをちゃんと使えてるか確認した。
見ると、ちゃんと作曲用のソフトが起動していて、すでに五線譜が並べられていた。
それを見て僕は、ほっと胸をなでおろした。

諒一と水上さんの挨拶が済むと、僕は諒一に尋ねた。

「僕はもう自室に帰ってていい?」

どうせ、作曲はこの二人だけで行われるんだし、正直かあえっててもいい気がした。
でも、諒一は真剣な表情で

「今日はだめ
 ドラムセットを持ってきて、ここで演奏してほしいから」

って言った。
諒一の頼みなら、断れるはずもなく、水上さんに行ってくるとだけ伝えると、ドラムセットを取りに行った。
ドラムセットは、いろんなパーツに分かれていて、中には二人一緒に持たないと運べないのもあるから、ほかの楽器に比べて移動が厄介だ。
諒一が三往復、僕が二往復してやっと全部運び終えた。
と言っても、諒一がほとんど持って行ってくれたおかげで、僕はほとんど重たいものを持たないですんだ。

それから、やっと創音(そうおん)の時間になった。

創音(そうおん)の時間
それは、僕らにとって一番楽しい時間だし、一番大切な時間だ。
普通の人にはわかってもらえないかもしれないけど、音を組み立てていくっていうのは最高に面白い。
小さな積み木を重ねていくイメージで、最初はただの四角や三角でも、最後にはお城も山もトンネルなんてのも作れてしまう。
それとおんなじで、最初は小さな音の連なりが、だんだんと長くなっていって、最後には一つの曲になる。
それまでの工程をまとめて、創音と呼んでいる。

諒一と水上さんが話しながら、少しずつ曲を組み立てていく。
少しできるたびに、僕が軽くドラムをたたいて、どんな感じかを聞かせながら創るんだ。
何度かパソコンでやればいいのにって言ったのに、パソコンの音じゃ満足できないって言われてしまってからは、僕がドラムをたたいている。
まあ、それでいい音楽が作れているんだし、それに越したことはないんだろう。

それから、無とも無限ともにつかない時間の間、ドラムをたたいていた。
多分だけど、時計に時間を聞いても、「今は今」としか答えてくれなかったと思う。
それぐらい、誰にもわからない時間が、この世界の片隅で進んでいた。

順調に音楽は形を成し始め、だんだんと個々の音が連結していく。
僕の少し濁ったドラムの音に、丁度重なるように作られた音楽だからか、かすかに崩れている和音が含まれてる。
これのこともあって、諒一は僕にドラムをたたかせたんだと思う。
そのおかげで、僕は無理のない範囲で、音楽の断片を演奏できる。

まだ序盤のイントロが完成するかしないかのうちに、チャイムが鳴った。
唯一外からこの空間に触れられる方法のチャイムは、僕らの空間を三等分した。
僕は、二人に

「ちょっと見てくるね」

と言い残すと、玄関の方に向かった。
まあ、来る人が誰だか、おおよその見当ぐらいついている。
来るべき人じゃなかったら、多分僕はいったん玄関の戸を閉めてしまうかもしれない。
まあ、明けた先にいたのは予想通りの人だったけど。

「秦野、もうちょっと早く開けてくれない」

うちのバンドの最後のメンバー
調整役の山縣だ。
山縣は疲れ切った様子で、うちの玄関を上がると、リビングに荷物を置いて、椅子に腰かけた。
僕は、疲弊している山縣をかわいそうに思いながら声をかけた。

「日程調整つかれた?
 今回はどんな感じで練習取れそう?」

すると、山縣はいかにもけだるそうな表情を、一切隠すことなく答えた。

「ある程度後半をメインに取れたと思うよ
 そのほうがラストスパートで練習しやすいからね」

今日の山縣は山縣らしさがない。
いつもみたいに、周りの悪いことをズバッというような、隠された気概が感じられない。
まあ、山縣に調整役を任せた僕らが悪いんだと思う。
僕は、そんな山縣にねぎらいの言葉をかけた。

「お疲れ様
 後半の方が取れたから、前半の作曲や新曲練習は家でやる感じでもできそうだし、ちょうどいいね
 ありがとう」

そういわれて、山縣も頑張った甲斐があったからと思えたからか、少しだけ誇らしげに笑った。
僕もそんな山縣を見て、少しだけ安心した。
少しが疲れが取れたらしく、山縣は手を洗いに行った。
山縣が流す水の音を聞きながら、僕はあの二人が何をしているのか気になった。
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