音よ届け

古明地 蓮

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文化祭に向けて

失せし人は消えゆく

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それから、僕たちは言われたことを意識しての練習をしに、もう一度僕の部屋に戻った。
本当はあそこで解散する予定だったけど、どうしても言われたことを実践したいと思って、みんな自主練習することになった。
そして、各々が自分の指摘されたことを思い出しながら、練習を始めた。
僕も、さっき言われた手首や指の使い方を意識しながらドラムをたたいている。

自分のこれまでのたたき方は、確かに過激なやり方だったかもしれない。
それゆえ、曲が終わるとすごい疲れが出てしまっていた。
そのことを自覚していても、僕はそれが治せないでいる理由があったんだ。
それは、憧れという束縛......

僕には、目指していた人がいた。
それは、僕のお父さんだ。
生まれてすぐにいなくなってしまったからこそ、無限の高みにいる目標なんだ。

お父さんは、少し有名なバンドのドラマーをしていた。
そのバンドは、おとなしいバラードのような曲からヘビーメタルまで多岐にわたる曲を演奏していた。
その中で、僕のお父さんは全力で腕を振りながらドラムをたたいていたんだ。
僕はその姿をビデオでしか見たことないけど、とってもかっこよかったから、事あるごとに見ている。
うまくいかないとき、緊張しているとき、自信が持てないとき。
いつでも、ビデオの中からでも僕を励ましていてくれた人だ。
そんな姿が、いつしか僕の夢になっていたんだ。

いつしか、僕もお父さんぐらいかっこよくドラムをたたいて、遠くにいる人を元気づけたい。
簡単なことじゃないとわかっているからこそ、自分の時間をかけてでもやろうと思えたんだ。
気が付けば、お父さんの姿を意識しすぎて、自分を縛ってしまったのかもしれない。

お父さんは、本当にすごかった人だけど、浪費家でもあったらしい。
この家には、音楽に関する設備がすごい整っている。
その全部をお父さんが生前に買い込んでは、中途半端に使っていたらしい。
この防音の部屋も、作曲用のパソコンも、このドラムだってお父さんの予備のドラムだ。
これ全部買っていたんだから、いくらぐらいしたのか計算したくないぐらいの値段になるんだろう。
それは、時に僕の支えとなり、時に僕を苦しませた。

お父さんが有名になっていても、僕たちの貯金がなかったのは、ほとんど使いこんでしまったから。
結局、僕とお母さんが生きていけるだけの資金は残っていなかった。
だから、お母さんは働きづめになってしまって、最後は自殺してしまった。
その面だけ見たら、悪い点しか映らなくなってしまう。

でも、実際に助けあられている場面だってある。
今だって、僕たちがつかっている楽器は、お父さんが所有していた楽器たちだ。
なんでかは知らないけど、うちの家にはバンド用のすべての楽器が置いてある。
だから、必要になったものはすぐさまっ引っ張りだして使えるんだ。
水上さんのキーボードだって、とっさに必要になっても取り出せる。

それだけじゃなくて、まだまだ助けられてる場面がある。
作曲用のパソコンだって、びっくりするぐらい使いやすいんだ。
多分そのころの最高級だったんだろうと思わせる見た目と、それに違わない高級感のある音。
あれがあるからこそ、今の僕たちの曲があるんだ。
そう考えれば、良い点だってたくさんある。

お父さんのような浪費家にはなりたくないけど、ドラマーにはなりたい。
そう思っているうちに、自分のドラムのたたき方まで縛ってしまったんだろうか。
僕らしい叩き方だって、あっていいんじゃないかな。
そんなことを思い起こさせる水上さんの発言だった。

「ふぅ」

とため息をこぼしてから、いつもと違う握り方でバチを持つ。
いつもよりも強く握らず、指の間に置くぐらいにしてみた。
それから、握りきってしまっていた指を少し開いて、動かしやすくする。
腕を上にあげないで、手首を自分側に折り曲げて、バチが丁度天井を向くぐらいにした。

一旦深呼吸してから、手首のスナップと、指の屈伸でドラムをたたく。
すると、いつもと違う感触がして、僕ははっとした。
いつもは腕を上げないと、音が粒にならないから、急いで腕を上げなおす。
でも、今はあげないでも、勝手にバチが跳ね上がって、次の姿勢につながる。
しかも、跳ねるから意外にもいい音を鳴らしている。
これはかなりいい叩き方なのかもしれない。

なんだか、新しい発見をしたみたいで、無駄に胸が高鳴った。
謎の高揚感をいったん抑えながら、今度は指だけでたたいてみた。
すると、これはこれでいい音がして、なんだか発見が発見を呼ぶみたいで楽しくなってきた。
指だけでたたくと、予想以上に音の大きさをコントロールしやすかった。
それに、跳ね返りが十分にあるから、そのまま次が叩けるし、音がきれいだった。

なんだか、腕を使わない叩き方をしてみると、意外にもいいかもしれない。
これまでの自分のたたき方があほらしく思えてしまうぐらいの大発見だった。
こんなにうまく叩ける方法があるなら、もっと早くから知っておきたかったな。
そうしたら、もっと音楽人生が長かったかもしれなかったのに。
まあ、これまでの叩き方のせいとは言っても、悪い叩き方でもなかったし。

それから、一人で黙々と新しい叩き方を練習し続けた。
普通のスネアドラムとかは簡単に叩けるけど、ほかの楽器だと少し調整がいるみたいだった。
それに、たたいた後に手をそのままにしていると、自動的に二回打ってくれるから、省略できるところが増えた。
今回の曲は、激しい曲調でもないから、無駄に腕を振らないで、手首と指だけにした方がいいのかもしれない。
最後ぐらい豪快にたたきたい気もするけど、この方が曲調に合うし、惜しいけど昔のたたき方とはおさらばだ。

でも、ちょっとだけこの叩き方にも弊害があるかもしれない。
それは、僕がこの叩き方をしてこなかったせいなんだろうけど、手が慣れない。
そもそもとして、そこまで手首が柔軟に動くわけでもないから、スナップでたたいていたら手首が疲れてきた。
これは本番までに相当練習が必要な気がする。

どれぐらいの時間練習していただろうか。
各々が練習していたんだろうけど、僕はあいにくとみんなの練習が見れていない。
自分の練習ばかりに気を取られていたから、ほかまで目が回らなかったんだ。
もっとみんなの音楽を聴いてみたいと思ったけど、そうもいかないみたいだった。

「そろそろ今日の練習は終わりにしようか
 各々きりのいいところまで終わったら片付けしよう」

と、丁度一回弾き終わったんだろう諒一が言った。
その声がかかると、真っ先に僕は練習を中断して、片づけを始めた。
僕の練習には、区切りっていう場面がなくて、しいて言うなら一小節ずつが区切りだ。
だから、すぐに練習を中断して、片づけに入れる。

周りを見ると、僕と諒一だけが片づけをしてチア。
水上さんと山縣は、ゆっくりとしたペースで、曲の後半を弾いていていた。
二人は、多分最後までやるだろうし、僕と諒一でできる限りの片づけをした。
わずかな光がドラムに放置されているのが見えた気がした。

リビングに戻ってくると、諒一が手に何かをもって僕に近付いてきた。
諒一が持っているものを見ようとしたけど、話しかけられる方が先だったので、良く分からなかった。
怪訝な表情で諒一は

「カウンターの上に置いてあったけど、これ何の薬?」

と言って、僕が常用している薬を見せてきた。
まあ、僕にとって、見られて何か困るものではないけど、薬の中身を知られたら困る部分がある。
誰にも知られたくない秘密が隠れているから。
僕が何も答えられないでいると、諒一が言葉を重ねた。

「俺が聞きたいのは、この薬がいわゆる危険な薬かどうかなんだよ
 別に、どんな薬かは正直どうだっていいけど、危ない薬にだけは手を出してほしくないからな
 そういう音楽家も多いし、心配してるだけだよ」

と、相変わらず少しきつい言い方で、僕に言ってきた。
でも、そういう心配だったなら、全然問題ない。
そもそも、諒一が薬の名前だけで効果を言い当てられるとは思ってもいないから、問題ないといえばそれまでだけど。

「一度もそういう薬に手を出したことはないから、その点は安心して
 僕はそういうのには一生手を出せないから」

と諒一に伝えた。
諒一は、少し優しい笑みをしながら、僕に言った。

「それならいいんだよ
 変な心配して悪かったよ」

というと、帰りの荷物の支度を始めた。
その背中を見ながら、相変わらずいい奴だなって思った。
バンドのリーダーにしても、親友としても本当にいい人だ。
まあ、何があっても薬には手を出せないから、さっきのは完全に無用な心配だけど。

と、諒一ばかりを見ていると、ほかのメンバーも戻ってきた。
二人とも片手に楽譜を持ちながら、疲れ切った表情だった。
かなり長い時間練習してきたわけだから、疲れがたまるのもわかる。
正直僕だってつらいもん。

二人は、諒一の後を追うように帰宅の準備をした。
と言っても、楽譜をしまったり、水上さんの場合はタブレットを片付けるだけだ。
だから、僕が見ている間に、三人の帰宅の準備は整った。

三人が玄関に立つと、さすがに玄関は狭かった。
玄関の上から三人に手を振ると、みんな手を振ってくれた。
そして、そのまま三人とも後ろを向いて、ドアの向こうへ消えていった。
僕は、三人のことを追うか迷ったけど、やっぱりそこまではしないでおくことにした。

三人の香りが消えると、僕はリビングに戻ってカレンダーを確認した。
今日は五月半ばの金曜日。
そして、日付にしても今日は前日だ。
仕方のないことだけど、気が重いまま、夕食の準備を始めた。
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