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◆プロローグ
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深夜二時。星が降る秋の夜だった。
残業から解放されて家路を急ぐ男が歩いている。
大通りから一本北に入り、さらに右に曲がった一方通行の細い路地を進むと、ちょうど真ん中あたりからオレンジ色の薄明かりが漏れていた。
壁から垂直に突き出たロートアイアンの看板は、一輪の薔薇の花を中心に囲むChaleur(シャルール)の切り文字が丸く並んでいる。
店を振り返ると、扉の透かしガラスに『レストランバー 執事のシャルール』とあった。
いつもならこの時間には閉まっているが、今夜はOPENの札がさがっていた。
ダメもとで扉を開けると、カランカランと真鍮のドアベルが音を立てる。
間口が狭く奥に長い店内の入って右側に、長いカウンターがあり、脚の長いバーチェアが十席ほど並ぶ。そのほかは、最奥のスペースに二人掛けがふたつほどあるだけの小さな店だ。
内装はマホガニーのアンティークのインテリアで統一されていて、中世のヨーロッパの雰囲気を醸し出している。
心を揺らす女性ボーカルのジャズソングが漏れ聞こえる店内に客はおらず、よく見れば照明が点いているのはカウンターの内側だけだ。
ボトルが並ぶその前に、ふたりのバーテンがいた。
ひとりは背中を向けていて、入り口を向いている若いバーテンの男が両手を合わせて「すみません。閉店です」と頭を下げた。
男が立ち去るのを見送った若いバーテンは、カウンターから出て、OPENのプレートを裏返しCLOSEDに変える。
そのまま空を見上げた彼の瞳には、ビルの隙間から僅か見える星が映った。
今夜は流星群がピークを迎えているはず。
狭い空でも、運が良ければ流れ星のひとつも見えるかもしれない。確かめるようにしばし空を見上げたが星は動かず、代わりに風が吹き抜けた。
秋の深夜ともなればそれなりに冷える。そうそうに流星をあきらめた彼は、寒そうに肩をすくめて店の中に戻る。
鍵を閉め、フゥと細く息吐き、振り返った――。
「大丈夫?」
「ああ……。すまない」
額に手をあてる様子は全然大丈夫そうじゃない。
「いいよ、別に」
それでも立ち上がっただけマシかと、若いバーテンは苦笑を浮かべた。
ついさっきまで背中を震わせ、嗚咽を漏らしていた彼の名は右崎亮一。この店のマスターである。
背丈は一八〇センチをいくらか超えているだろう。すらりと背が高くバーテンダーのユニフォームがよく似合っている。
若く見えるが年の頃は四十半ば。ノリの効いた純白のシャツと襟もとから見えるすっきりとした首筋は、彼の誠実な性格をよく表していた。
一メートルほど離れた隣で気遣わしげに右崎を見つめる若いバーテンは、大学生のアルバイト、アキラだ。
右崎よりほんの少し低いが、彼もまたしなやかな体躯の持ち主で、細身なユニフォームをすっきりと着こなしている。
アキラは長い脚を持て余すように交差させ、ポリポリと頭を掻いた。
(まいったなぁ)
多少はこうなると予想していたとはいえ、思いがけないことが多すぎた。とんだ誕生日を迎えたものだとアキラはため息をつく。
残業から解放されて家路を急ぐ男が歩いている。
大通りから一本北に入り、さらに右に曲がった一方通行の細い路地を進むと、ちょうど真ん中あたりからオレンジ色の薄明かりが漏れていた。
壁から垂直に突き出たロートアイアンの看板は、一輪の薔薇の花を中心に囲むChaleur(シャルール)の切り文字が丸く並んでいる。
店を振り返ると、扉の透かしガラスに『レストランバー 執事のシャルール』とあった。
いつもならこの時間には閉まっているが、今夜はOPENの札がさがっていた。
ダメもとで扉を開けると、カランカランと真鍮のドアベルが音を立てる。
間口が狭く奥に長い店内の入って右側に、長いカウンターがあり、脚の長いバーチェアが十席ほど並ぶ。そのほかは、最奥のスペースに二人掛けがふたつほどあるだけの小さな店だ。
内装はマホガニーのアンティークのインテリアで統一されていて、中世のヨーロッパの雰囲気を醸し出している。
心を揺らす女性ボーカルのジャズソングが漏れ聞こえる店内に客はおらず、よく見れば照明が点いているのはカウンターの内側だけだ。
ボトルが並ぶその前に、ふたりのバーテンがいた。
ひとりは背中を向けていて、入り口を向いている若いバーテンの男が両手を合わせて「すみません。閉店です」と頭を下げた。
男が立ち去るのを見送った若いバーテンは、カウンターから出て、OPENのプレートを裏返しCLOSEDに変える。
そのまま空を見上げた彼の瞳には、ビルの隙間から僅か見える星が映った。
今夜は流星群がピークを迎えているはず。
狭い空でも、運が良ければ流れ星のひとつも見えるかもしれない。確かめるようにしばし空を見上げたが星は動かず、代わりに風が吹き抜けた。
秋の深夜ともなればそれなりに冷える。そうそうに流星をあきらめた彼は、寒そうに肩をすくめて店の中に戻る。
鍵を閉め、フゥと細く息吐き、振り返った――。
「大丈夫?」
「ああ……。すまない」
額に手をあてる様子は全然大丈夫そうじゃない。
「いいよ、別に」
それでも立ち上がっただけマシかと、若いバーテンは苦笑を浮かべた。
ついさっきまで背中を震わせ、嗚咽を漏らしていた彼の名は右崎亮一。この店のマスターである。
背丈は一八〇センチをいくらか超えているだろう。すらりと背が高くバーテンダーのユニフォームがよく似合っている。
若く見えるが年の頃は四十半ば。ノリの効いた純白のシャツと襟もとから見えるすっきりとした首筋は、彼の誠実な性格をよく表していた。
一メートルほど離れた隣で気遣わしげに右崎を見つめる若いバーテンは、大学生のアルバイト、アキラだ。
右崎よりほんの少し低いが、彼もまたしなやかな体躯の持ち主で、細身なユニフォームをすっきりと着こなしている。
アキラは長い脚を持て余すように交差させ、ポリポリと頭を掻いた。
(まいったなぁ)
多少はこうなると予想していたとはいえ、思いがけないことが多すぎた。とんだ誕生日を迎えたものだとアキラはため息をつく。
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