龍崎専務が誘惑する

白亜凛

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3.飼うならかわいい猫がいい

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「大丈夫よ。そんなにがっかりしないで」

 眉尻を下げた実彩子ちゃんは、ポンポンと私の肩を叩く。

「このままマンションにいていいんだし、仕事だってすぐに見つかるわ。とりあえずこの人材派遣会社に行ってみて、龍崎さんが話を通してくれるそうだから、いい仕事を紹介してもらえるわよ。なんならアキラのところで働いたっていいんだし」

 家政婦の仕事は失ったけれど、アキラ叔父さんが所有している今のマンションの部屋には、このまま無償で住んでいいと言ってくれた。
 行く当てもなく途方に暮れるわけではないとはいえ、叔母夫婦に申し訳ない。

 龍崎さんの引っ越しなんて嘘かもしれないし。

 私がこそこそ隠れていたのを不快だったのではと思うと、叔母夫婦の信用まで無くしてしまったようで、情けなさでいっぱいになる。

 実彩子ちゃんには正直に打ち明けてみたけれど、笑って気にしなくていいと慰められるばかりだった。

「まだ気にしているの? なんとも思っていないわよ。コーヒー飲んでいけって誘ってくれたのがその証拠だって。龍崎さんはそんなふうに気を使う人じゃないもの」

「――ほんとに?」

「ほんとよ。直接本人に言えて良かったって、アキラに言っていたそうよ? 心配してここを紹介してくれたんだもの、クビなはずないじゃない」

「それならいいんだけど……」

 少し気持ちが落ち着いてきたところで、実彩子ちゃんが差し出した紙を手に取った。

 それは恐らくネットから印刷したもので、会社名などのほか、簡単な地図が記載されている。

「人材派遣会社『ヒムロス』?」

「紹介してくれるのは、派遣社員だけじゃないみたいよ。正社員もあるらしいわ。ヒムロスの専務が龍崎さんの友人らしくてね、ブラック企業みたいなところとは取引しない会社だから安心だって」

 龍崎さんが私のためにそこまで?

 私が実彩子ちゃんに報告するより先に、龍崎さんからアキラ叔父さんに家政婦が必要なくなった話が伝わっていた。
 と同時にこのヒムロスを推薦してくれたというのなら――。

 あまり気に病まなくてもいいのかな。

「元気出してがんばんなさい」

「うん、そうだね。わかった。早速行ってみる」

 よし、気を取り直してがんばろう。

 今度こそちゃんと面接をして自分の力で仕事を見つけなくちゃ。

 龍崎さんとは縁がなかったんだ。
 とってもステキな人だったけれど、既婚者なんだからどうしようもない。ヴァンパイアだった可能性も否定できないし、恋の相手にはなりえないのだ。

 さあ上を向いて道を開こう。
 そして、恋をしよう。

 私はそのために東京に来たんだから。


 善は急げという。
 私は早速リクルートスーツに身を包んで人材派遣会社ヒムロスに向かった。

 ヒムロスでは、龍崎さんの友人だという男性が面接してくれた。
 名前は氷室じんさん。役職はヒムロスの専務。その氷室さんが龍崎さんを甘くしたようなものすごいイケメンなので、思わずひるんでしまう。

 さすが東京は違う。龍崎さんだけでビックリなのに、こんなにかっこいい人がごろごろいるなんて。

 いや、ごろごろはいないか。

 しかし面接相手がこれほどイケメンでは目のやり場に困ってしまう。

 などと雑念に惑いながら気を引き締め直し、氷室さんの提示を待った。

「一番のオススメはこちらですね」

 くるりとノートパソコンを私に向けて、氷室さんが教えてくれたのは――。

 え?

 表示されている企業名に、目が釘付けになる。

「龍崎組?」

「そう。龍崎さんの会社でも募集していてね。秘書課だから審査が厳しいのですが、森村さんの場合はハウスキーパーをしていたという彼の信用があるし問題ないでしょう」

「で、でも私。クビになったので……」

 もしかして氷室さんは事情を知らないのだろうか。

「あはは。もしかしてハウスキーパーの件を言っているなら、クビじゃないですよ? だって、龍崎さんからも龍崎組の紹介もリストに入れるよう聞いていますしね」

「え? 龍崎さんが承知の上で?」

 氷室さんは「ええ」とうなずく。

「もちろん、森村さんが希望すればの話ですが。一流企業だし条件もいい。面接受けるだけ受けてみたらいかがですか?」

 一流企業の秘書?

 固唾を飲んで募集要項を見る。

 仕事内容、役員秘書。就業時間九時から十八時、休憩一時間、問題なし。給与に昇給その他福利厚生に至るまでパーフェクト。

 なんて素敵な響きだろう。“秘書”という言葉が、悪魔のささやきのように私を誘う。

 具体的にどんな作業になるのか氷室さんに聞いてみたが、いまいちピンとこない。

 不安なので自分が農協でしてきた仕事内容を聞いてもらう。総務にいた私の仕事は、書類の作成からお客様の対応にイベントの準備運営まで様々だった。

 それらひと通りを説明すると、氷室さんは破顔した。

「十分十分。たとえ二年でも、それだけ経験していれば大丈夫ですよ」

「そうですね――はい。挑戦してみます!」

 その場で氷室さんは龍崎組に電話をかけてくれて、面接はあさってに決まった。

 緊張なのか武者震いなのか、喉の奥がゴクリと鳴る。
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