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3.飼うならかわいい猫がいい
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秘書課やほかの部署からも候補があがってきたが、どの女もいざとなると、なんだかんだと綻びが出る。
仕事ができてもあまりに愛想が悪いのも困るし、色目を使ってくる女は論外だ。いっそのこと、まわりを男で固めれば済むが、野郎ばかりにうろつかれても、それはそれでうっとおしい。
「それで、心当たりの人はどうなったんです?」
「ああ、それは――」
そろそろかと時計を振り返ったとき、内線電話が鳴った。
電話は人事部からだ。
さて、俺の思惑はうまくいったか。
「ああ、履歴書を転送してくれ」
これでよし。悩みがひとつ解決した。
「八雲、秘書が決まりそうだぞ。東雲を呼んでくれ」
「まじすか!」
コーヒー出しを免れるのがそんなにうれしいのか、飛ぶようにして八雲は東雲を捜しに行った。
やれやれ。
人材派遣会社ヒムロスの氷室仁とは長い付き合いになる。
五歳年下のあいつが、よちよち歩きのチビの頃から一緒に遊び、何かと面倒をみてきた。俺も世話になっているからお相子だが、俺たちの絆は強い。
仁は良くも悪くも人たらしだ。『俺は彼女に龍崎組に来てほしい』と伝えた通り、うまく話を持っていってくれるとは思っていたが、それでも小恋が龍崎組を選ぶ可能性は五分五分だと思っていた。
俺がヴァンパイアだと気づいたとしてどう出るか。
こればっかりは、蓋を開けてみなければわからない。
家政婦の仕事だって、俺から断らなければ小恋から断って来たかもしれないし。
「失礼します」
ノックもなく東雲が入ってきた。
「それだ」と視線でプリンターを示す。
吐き出された紙を東雲は手に取った。
小恋の履歴書である。
「面接はこれからだが、その女で頼む」
東雲は眉をピクリとさせて、怪訝そうに履歴書に目を落とす。
「――森村小恋。もと農協職員ですか」
「ああ。アキラさんの姪、うちの家政婦をやってもらっていた」
「なるほど」
「掃除も丁寧だし、細かいところにも気が利く。秘書に向いてるだろう」
言いながらマンションのダイニングテーブルに置かれた花を思い出す。
花の量を抑え、丈を短くしてスポンジのようなものに挿してあった。倒れないように、邪魔にならないようにと気を配ってあったし、嫌なら言ってほしい旨のメモもあった。
「字も綺麗だったしな」
東雲は「でしたら問題ないですね」とうなずいて、履歴書をファイルにしまう。
「人事部長には伝えておきます」
「ああ、頼む」
失礼しますと東雲が出ていくのを見届けて、あらためてパソコン画面に表示された履歴書を見る。
年齢は二十四歳。俺よりひと回り近くも年下だ。
『たぶん会ったことがあるぞ。アキが中学の頃かな。覚えてないか? 夏休み、うちに遊びにきていた三つか四つくらいの、ちっこい女の子』
アキラさんにそう言われて思い出した。アキラさんの足に隠れるようにしがみついて、ジッと俺を見上げていた女の子。
『今じゃ、すっかり大人になってなぁ』
田舎の親に見合い結婚を急かされている姪を、かわいそうになってこっちに呼んだ。アキラさんから聞いていた森村小恋の情報はそれだけだ。
組がまだあったころ、アキラさんは若頭だった。
俺が昇竜会で生きると決めたガキの頃から、アキラさんがずっと支えてくれた。兄であり、この道の父であるとも言っていい。
まさか、あの小っこい女の子が黒猫になって、俺の前に現れるとはな。
偶然マンションの寝室で出くわした時も、最初はまったくわからなかった。彼女はなぜ、俺の顔を見てあれほど驚いたのかと考えながらコーヒーを入れて、彼女の声を聞いているうちに思い出した。
見た目は仮装できても、声は変わらない。
鈴を転がすような、黒猫の声が耳に心地よく響いた。
あらためてよく見れば間違いない、小恋は、あの夜の黒猫だった。
仕事ができてもあまりに愛想が悪いのも困るし、色目を使ってくる女は論外だ。いっそのこと、まわりを男で固めれば済むが、野郎ばかりにうろつかれても、それはそれでうっとおしい。
「それで、心当たりの人はどうなったんです?」
「ああ、それは――」
そろそろかと時計を振り返ったとき、内線電話が鳴った。
電話は人事部からだ。
さて、俺の思惑はうまくいったか。
「ああ、履歴書を転送してくれ」
これでよし。悩みがひとつ解決した。
「八雲、秘書が決まりそうだぞ。東雲を呼んでくれ」
「まじすか!」
コーヒー出しを免れるのがそんなにうれしいのか、飛ぶようにして八雲は東雲を捜しに行った。
やれやれ。
人材派遣会社ヒムロスの氷室仁とは長い付き合いになる。
五歳年下のあいつが、よちよち歩きのチビの頃から一緒に遊び、何かと面倒をみてきた。俺も世話になっているからお相子だが、俺たちの絆は強い。
仁は良くも悪くも人たらしだ。『俺は彼女に龍崎組に来てほしい』と伝えた通り、うまく話を持っていってくれるとは思っていたが、それでも小恋が龍崎組を選ぶ可能性は五分五分だと思っていた。
俺がヴァンパイアだと気づいたとしてどう出るか。
こればっかりは、蓋を開けてみなければわからない。
家政婦の仕事だって、俺から断らなければ小恋から断って来たかもしれないし。
「失礼します」
ノックもなく東雲が入ってきた。
「それだ」と視線でプリンターを示す。
吐き出された紙を東雲は手に取った。
小恋の履歴書である。
「面接はこれからだが、その女で頼む」
東雲は眉をピクリとさせて、怪訝そうに履歴書に目を落とす。
「――森村小恋。もと農協職員ですか」
「ああ。アキラさんの姪、うちの家政婦をやってもらっていた」
「なるほど」
「掃除も丁寧だし、細かいところにも気が利く。秘書に向いてるだろう」
言いながらマンションのダイニングテーブルに置かれた花を思い出す。
花の量を抑え、丈を短くしてスポンジのようなものに挿してあった。倒れないように、邪魔にならないようにと気を配ってあったし、嫌なら言ってほしい旨のメモもあった。
「字も綺麗だったしな」
東雲は「でしたら問題ないですね」とうなずいて、履歴書をファイルにしまう。
「人事部長には伝えておきます」
「ああ、頼む」
失礼しますと東雲が出ていくのを見届けて、あらためてパソコン画面に表示された履歴書を見る。
年齢は二十四歳。俺よりひと回り近くも年下だ。
『たぶん会ったことがあるぞ。アキが中学の頃かな。覚えてないか? 夏休み、うちに遊びにきていた三つか四つくらいの、ちっこい女の子』
アキラさんにそう言われて思い出した。アキラさんの足に隠れるようにしがみついて、ジッと俺を見上げていた女の子。
『今じゃ、すっかり大人になってなぁ』
田舎の親に見合い結婚を急かされている姪を、かわいそうになってこっちに呼んだ。アキラさんから聞いていた森村小恋の情報はそれだけだ。
組がまだあったころ、アキラさんは若頭だった。
俺が昇竜会で生きると決めたガキの頃から、アキラさんがずっと支えてくれた。兄であり、この道の父であるとも言っていい。
まさか、あの小っこい女の子が黒猫になって、俺の前に現れるとはな。
偶然マンションの寝室で出くわした時も、最初はまったくわからなかった。彼女はなぜ、俺の顔を見てあれほど驚いたのかと考えながらコーヒーを入れて、彼女の声を聞いているうちに思い出した。
見た目は仮装できても、声は変わらない。
鈴を転がすような、黒猫の声が耳に心地よく響いた。
あらためてよく見れば間違いない、小恋は、あの夜の黒猫だった。
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