龍崎専務が誘惑する

白亜凛

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4.バレたついでの極妻もどき

「あっ、蕾だ」

 マンションに隣接した小さな公園には一本の大きな桜の木がある。

 上京したばかりの頃は蕾どころか一枚の葉もついていなかった。

 この桜が咲く頃、自分はどうなっているのかなぁ、と不安と期待に胸を揺らしながら見上げていたものだ。

 家政婦をクビになったときもまだ蕾は茶色いままで『もう花は見られないかもしれないの』と、木に触れて報告をしたっけ。

 でも今、こうして見上げる枝にはピンク色の蕾がついている。

 いよいよ春到来だ。

 スマートホンを手に、蕾を背景にして自撮りを一枚。

 せっかくだからユメちゃんに送ると早速返事が来た。

『さすが東京、早いね! こっちはまだカチカチ。茶色の蕾だよ』

 三月下旬。秘書になって約ひと月が経った。

 研修期間も無事終わって四月から正社員にしてくれるという。

 何しろ入社二日目にして、龍崎専務にコーヒーをぶちまけたという、ものすごいしくじりをしている。

 どうなるかと心配だったけれど、あれ以降は大きな失敗もなく仕事は順調だった。

 龍崎専務から頼まれた雑務に、各部署から集まってくる書類の整理。合間にお客様の取り次ぎもあれば会議の準備など。毎日は慌ただしく過ぎていく。

 今日もまずは朝の挨拶から。

「おはようございます」

「おはよう」

「本日の予定です。十時の打ち合わせですが、資料はこちらになります。終わりましたらそのまま現場。確認事項はここにまとめてあります」

 龍崎専務は手帳にメモを取ったりはしない。『タイムスケジュールを印刷して渡したほうがいいでしょうか』と確認したら『ここに入ってるから必要ない』と、龍崎専務は自分の頭を指して笑うのだった。

 終わればその都度ポイポイ捨ててしまう。重要な資料はデータ化してあるから問題ないとはいえ、まったく迷いがない。

 そんな性格だから部屋が散らからないのよね。

 マンション同様、専務室はいつだって綺麗に片付いている。

「八雲に現場の差し入れ用意してくるよう言っておいてくれるか」

「はい。わかりました。現地で集合でしたよね」

「ああ」

 長い脚を組み、コーヒーを飲みながら龍崎専務は窓の外に目を向けている。

「今日は天気がいいので現場日和ですね」

「そうだなぁ。桜が咲いたら花見でもするのに、まだ早いしなあ」

 分刻みのスケジュールなんだから、花見する時間の余裕なんてないでしょうに。

 横顔は余裕にあふれていて、憎たらしいやら尊敬するやら。

「では、失礼します」

 ひと通り確認事項が終わったので話を切ると「なあ、小恋」と声をかけたれた。

「なんでしょう」

「お前さ、家政婦復活しない? 週ニ回でいいからさ。掃除抜きの飯だけでいいよ」

 えー、それはちょっと気が引けるなぁ。

 でも、期待した目でジッと見つめられると、断りづらいし。

「はあ……。今はどちらにお住まいなんですか?」

「ん? 変わってないぞ?」

「えっ、だって。引っ越したんじゃなかったんですか?」

「ああ、あれな。辞めた。ってか、嘘だし」
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