龍崎専務が誘惑する

白亜凛

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4.バレたついでの極妻もどき

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「嘘?」

 まあなんとなく怪しくは思っていたけれど、そんなあっけらかんと言うなんて。

 あははと笑った龍崎専務は、頬杖をついて私を見る。

「どうよ」

 くっそぉ、殴ってやりたい。笑いごとじゃないですよ。もぉ。

 クスクスと笑う専務を、精一杯の抗議を込めて睨んだ。

 案の定、専務はますます笑う。

「まあ、そう怒るなよ。鼻の穴膨らんでるぞ」

 うっ。
 慌てて鼻を押さえる。

 本当にもう失礼しちゃう。

 まあでも、専務の食生活についてはずっと気になっていた。

 もしかしたら奥様と同居し始めたのかな、と思ったけれど、そんな様子でもない。ちょいちょい八雲さんと外食の相談をしているし、東雲さんが冷凍食品はまだありますかと聞いていたりしていたから。

 自分で料理をする人ではないとわかっているだけに、密かに心配していたのだ。

 龍崎専務は本当に忙しい。

 私が専務のスケジュールを管理しているのだからよくわかる。

 夜八時を過ぎるのざらだし、酷い時はお昼を食べそびれたりして、慌てて私がコンビニで買ってきたりする。

「私が辞めてから、どうしていたんですか?」

「外食と冷食」

 やっぱりね。

「日曜でもいいぞ?」

「私だって予定があるんです」

 ツーンと顎を上げて、横を向いてやった。

 家政婦をクビになって本当に落ち込んだのに、あのとき枕を濡らした涙を返してほしいわ。

「へえ、予定ねぇ」

 席を立った専務はデスクをぐるりと回って、私の隣に立つ。

「な、なんですか」

 屈みこんで、私の顎に指をかけてニヤニヤと目を細めるこの人は、いったいなんなんだろう。

 誘いこむようなその瞳、色っぽいにも程がある。

「男か」

「ち、違います」

 こんな挑発には負けないぞと、精一杯眉をひそめてキッと睨んだ。

 ふと近づく顔に、ああ、またキスされちゃうと思って腰を引いたけど、そんなことはなくて。龍崎専務は私の頬をちょっと摘まんだだけだった。

「週二日、平日分の作り置き。材料費込みで二十万、当然お前もそれを食べてもいい。どうだ、やってくれるか?」

 に、二十万?! 材料費込とはいえ、そ、それは。

「ここで残業するよりいいだろう?」

 そりゃもちろん。

 どうせ自分のお弁当とか食事の用意もあるし、と思えばむしろ――。

「お料理だけなら……。でも専務、奥さまは? 奥さまになにか送っていただいたらいいのに」

 私だって常識くらいある。

 家政婦だった頃とはわけが違うのだ。既婚者の上司の自宅に出入りするなんて問題があるし、それにキスだって。納得してはいない。

「ん? ああ、これか」と言って専務が見たのは、左手の薬指に光る指輪。

 そう、それですよ。しかも妊婦さんなんでしょ?

「これはダミーの女避け。なんだ聞いてなかったのか、俺はひとりもんだぞ?」
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