龍崎専務が誘惑する

白亜凛

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4.バレたついでの極妻もどき

「え? 専務……。じゃあ、結婚していないんですか?」
 マジで?

「してねぇよ」

「どうしてそんな嘘を?」

「これがねぇと、取引先が見合いだのなんだのうるせぇんだよ。秘書課全員が知ってるぞ。経理もな」

 ええ? そんなぁ。

「よし、じゃあ決まりな」

 専務はクシャクシャと私の頭を撫でた。

「はい、鍵」

 ポンと渡されたそれは、実彩子ちゃんを通して一度は返した専務の部屋の鍵だ。キーリングに黒い革のキーホルダがついていて、なにも変わってない。

 しばし呆然としていると、扉がノックされて東雲さんが顔を出した。

「龍崎専務、そろそろ時間ですが?」

「ああ、行く」

 気づけば専務室には私ひとり残された。

 じゃあ、妊婦さんは誰なんですか?

 内縁の妻ですか? もう、ちゃんと教えてくださいよ……。
 


 その日の帰り、早速家政婦の仕事をスタートした。

 なにしろ自分の部屋のずっと上というだけの同じマンションなのだから、気楽なものである。

 帰る挨拶をしながら今から伺いますと伝えると、龍崎専務は目を細めてうなずいた。

 私はね、家政婦の仕事を喜んでいるわけじゃないですよ?

 仕事が早く終わったからですよと、心の中で訴えながら、顔では精一杯ムッとしてみせた。

 でも本当はちょっとうれしい。

 私が作る料理を気に入ってくれていたのかなぁと思うと、それだけで羽が生えたように足取りも軽くなる。

 食材選びにも気合を入れた。鶏肉はブランド鶏、牛肉は国産のA5ランク。今夜は筑前煮と、あっさり中華風肉団子を作る予定。

 合い鍵を手に「失礼しまーす」と入った部屋は、相変わらず寂しいほど綺麗だった。

 以前はなかったロボット掃除機がいる。

 だけど、よく見れば棚の上には薄っすらと埃があるし、洗濯物がカゴの中でいっぱいになっていた。

 料理以外は頼まれてはいないけど、どうせ作っている間の時間にと、洗濯機を回す。

 冷蔵庫をチェックするとビールやミネラルウォーターのようなドリンクのみ、冷凍庫には温めれば食べられる冷凍食品がちらほら。

 これはこれでおいしいけれど、毎日となるとやっぱり飽きるんだろう。

 筑前煮を煮込んでいる間に、肉団子を作り焼いて中華だしで煮込んで青梗菜を入れて餡をかける。他にもキャロットラペや、余った野菜のピクルスなど副菜を作って、タッパーウェアに入れたり自分の分を取り分ける。

 台所仕事が終わって、最後に乾燥まで終わった洗濯物を畳んだ。

 なんだか主婦みたいだな。

 龍崎専務は私をどう思っているんだろう。

 あのキスは結局なんだったの? 入れ墨の口止めだったのかな。

 でも、あのキスに意味を持たせちゃいけないんだよね……。

 これは賃金をもらう仕事だし、専務と私は、上司と秘書兼家政婦という関係。それ以上でも以下でもない。

 次回はテーブルにまた小さな花を飾ろうか。

 少しでもこの部屋に帰った彼がホッとできるように。

 そんなことを思いながら彼のシーツや部屋着を畳んでいると、なんだかちょっぴり切なくなった。
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