31 / 81
5.パンドラの箱
2
予定通りの時間に龍崎専務は現れた。
レジ前に立つ専務は、まだ私に気づかない。
会計を済ませてようやく振り返った専務は、私を見た途端に破顔した。
「おっ、いいな」
専務の服装はネクタイとポケットチーフ、シャツもパーティっぽく変わっている。髪型は、ヴァンパイアのあの夜のようにオールバックだ。
ああもう、なんてかっこいいんだろう。
ハロウィンの夜の情熱的なキスを思い出して胸が熱くなる。ドキドキし過ぎて目眩がしそう。
「よく、似合ってる」
うんうんとうなずきながら、専務は私を横から後からチェックする。
こんな高級なドレスを着るのは生まれてはじめてだ。
友達の結婚式に着ていくよそいきのワンピースとは根本的に違う。触り心地もデザインも、これが本物なんだよと、私の知らなかった世界を教えてくれるよう。
「いいな、大人っぽくて、素敵だ」
にっこり微笑みながらそんなことを言われると、どうしていいのかわからなくなる。
「ありがとうございます」
俯く私の頬は、真っ赤だろう。
専務の指先が、私の左手に触れたと思ったら――。
薬指にはめられたのは指輪。
小さなダイヤモンドが並んだプラチナリングは、ただ輪になっているだけじゃなくて少しV字型になっていて、とっても綺麗だ。
結婚指輪?
「これでお前は俺の妻だ」
トクンと心臓が跳ねた。
俺の妻と、心を縛るように専務のバリトンボイスが声が木霊する。
「そしてこれは俺からのプレゼント。今日のお礼に」
手をとって載せてくれた紺色のケースには宝石が輝くイヤーカフが入っていた。
「ピアス開けてないようだからな、これならいいかと思ってね」
「あ、ありがとうございます」
ああもう、うれしくて泣きそうだ。
うっかり涙を流したら化粧が崩れてしまう。これは任務なのだと自分に言い聞かせながら、さっそく鏡を覗いて込みイヤーカフをつけた。
耳たぶに沿う花びらと、細い鎖が雫のような素敵なデザイン。片方の耳だけが出るように髪をセットされたのはこういう理由があったのかと、あらためて感動する。
「このあたりに付けボクロ、つくてくれる?」
「はい。わかりました」
専務からの要望で口元に付けボクロが追加された。
「どうですか?」
「あはは、いいねぇ。うん、いいよ」
すっかり気に入ったらしい。鏡を覗くと、ちょっと色っぽくなった仮の妻が恥ずかしそうに微笑んでいた。
少しかがんで私に顔を並べた専務が、鏡の中の〝妻〟に言う。
「内縁の妻ってことにするぞ」
「内縁?」
「そうだ。俺は正式に入籍したいのに、お前はなかなかうんと言ってくれない。困った女だ」
すでに演技に入っているらしく、耳もとにキスをする。
という、設定なのですね。
わかっていても切ない想いが込み上げる。
龍崎専務、お願いだからそれ以上私を誘惑しないでください……。
レジ前に立つ専務は、まだ私に気づかない。
会計を済ませてようやく振り返った専務は、私を見た途端に破顔した。
「おっ、いいな」
専務の服装はネクタイとポケットチーフ、シャツもパーティっぽく変わっている。髪型は、ヴァンパイアのあの夜のようにオールバックだ。
ああもう、なんてかっこいいんだろう。
ハロウィンの夜の情熱的なキスを思い出して胸が熱くなる。ドキドキし過ぎて目眩がしそう。
「よく、似合ってる」
うんうんとうなずきながら、専務は私を横から後からチェックする。
こんな高級なドレスを着るのは生まれてはじめてだ。
友達の結婚式に着ていくよそいきのワンピースとは根本的に違う。触り心地もデザインも、これが本物なんだよと、私の知らなかった世界を教えてくれるよう。
「いいな、大人っぽくて、素敵だ」
にっこり微笑みながらそんなことを言われると、どうしていいのかわからなくなる。
「ありがとうございます」
俯く私の頬は、真っ赤だろう。
専務の指先が、私の左手に触れたと思ったら――。
薬指にはめられたのは指輪。
小さなダイヤモンドが並んだプラチナリングは、ただ輪になっているだけじゃなくて少しV字型になっていて、とっても綺麗だ。
結婚指輪?
「これでお前は俺の妻だ」
トクンと心臓が跳ねた。
俺の妻と、心を縛るように専務のバリトンボイスが声が木霊する。
「そしてこれは俺からのプレゼント。今日のお礼に」
手をとって載せてくれた紺色のケースには宝石が輝くイヤーカフが入っていた。
「ピアス開けてないようだからな、これならいいかと思ってね」
「あ、ありがとうございます」
ああもう、うれしくて泣きそうだ。
うっかり涙を流したら化粧が崩れてしまう。これは任務なのだと自分に言い聞かせながら、さっそく鏡を覗いて込みイヤーカフをつけた。
耳たぶに沿う花びらと、細い鎖が雫のような素敵なデザイン。片方の耳だけが出るように髪をセットされたのはこういう理由があったのかと、あらためて感動する。
「このあたりに付けボクロ、つくてくれる?」
「はい。わかりました」
専務からの要望で口元に付けボクロが追加された。
「どうですか?」
「あはは、いいねぇ。うん、いいよ」
すっかり気に入ったらしい。鏡を覗くと、ちょっと色っぽくなった仮の妻が恥ずかしそうに微笑んでいた。
少しかがんで私に顔を並べた専務が、鏡の中の〝妻〟に言う。
「内縁の妻ってことにするぞ」
「内縁?」
「そうだ。俺は正式に入籍したいのに、お前はなかなかうんと言ってくれない。困った女だ」
すでに演技に入っているらしく、耳もとにキスをする。
という、設定なのですね。
わかっていても切ない想いが込み上げる。
龍崎専務、お願いだからそれ以上私を誘惑しないでください……。
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。