龍崎専務が誘惑する

白亜凛

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5.パンドラの箱

 移動中の車の中で、ふと専務の部屋で聞いてしまった赤ちゃんの話を思い出した。

 聞いてみようか? あの電話のこと。

 今なら聞けるような気がする。逆に今聞かなければいつになっても聞ける気がしない。

 仮とはいえ私は専務の妻なのだから、聞く権利はあるわよね?

 固唾をのんでおもむろに「あの、専務」と切り出した。

「ん?」と専務が振り返った時、タイミングよく電話が鳴った。

 ちょっとごめんと私に断って、電話に出た専務が開口一番言ったのは。

「そうか、どっちだ? へぇー、よかったな。おめでとう」

 なんだろうと思って様子をうかがっていると、電話を切った専務がクスッと笑う。

「俺もオジサンか」

「オジサン? どうしたんですか?」

 どこからどうみても、お兄さんでしょうに。

「妹に子どもが生まれたんだ」

「あら、おめでとうございます」

 って。え?
 もしかして。あの電話は、妹さん?

「もしかして、専務の家で私と専務が出くわした時」

「ん?」

「バレンタインの時ですよ。電話で妹さんとお話していました?」

「電話? さぁ、記憶にないなぁ。それがどうかしたのか?」

「よく思い出してくださいってば。お腹の赤ん坊がどうとかって、言ってたじゃないですか」

「んー。覚えてないが赤ん坊の話をしていたならそうだろうな。身近でガキが生まれる話もないし」

 いない? 妊婦の知り合いはいないんですね?

 なーんだ。なんだなんだ、そうなのか。

「それがどうかしたのか?」

「いえ、いいんです」

 またしても専務のスマホが音を立てた。

「あ、写真だ」

「えっ! 見せてくださいっ!」

「男の子だそうだ」

「かっわいい!」

「クシャクシャで、かわいいもなにもないだろ」

 専務は笑うけど、赤ちゃんはとってもかわいい。赤ちゃんを抱いた女性は専務によく似ている。そうかぁ妹さんかぁ。

「専務、この写真私にも送ってくださいよ」

「ええ? 別にいいけど、なんで?」

「なんでも」

 専務を急かして写真を転送してもらう。

 どさくさに紛れて専務とくっついて自撮りもした。

 ふふ、あとでユメちゃんにも送らなきゃ。

 か・ん・ぺ・き。

 これで今日はもう、なにがあってもがんばれる!

「ところで専務、私の名前はどうするんですか?」

「うーん、そうだな。ミアにしよう」

「ミア?」

「実家の猫の名前だ」

 猫? それって微妙にひっかかるんですけど。

 でも、過去の恋人の名前より百倍いいかと思い返す。

「それから、暁大だ。専務じゃないぞ」

「あ……。そうですね」

「言ってみろ」

 ジッと見つめられながら専務を下の名前で呼ぶなんて、普通ではありえない。

 これからだってないだろう。

「あきひろ、さん」

 言った途端、心臓がまたトクンと跳ねた。

「よし、その調子だ。ミア」

 照れ隠しにニャーと言うと、龍崎専務は目を細めて楽しそうに笑う。

「須田社長の、ご自宅でのパーティなんですよね?」

「ああ。須田社長は世田谷の家が自慢なんだよ。社長の奥さんが人を呼ぶのが好きでな。なんかっていうと自宅でパーティをするんだ」

 となると、それほど人数は多くないのか。

「そうですか」

「どうした不安か?」

「いいえ。やる気満々です」

「よく言うよ。さっきまでグズグズ泣きそうな顔してたくせに」

 あきれ顔の専務は、いつにも増して素敵に見えた。
感想 5

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