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5.パンドラの箱
4
そして、車は須田社長宅に到着した。
時間的にもちょうどよく、社長宅の前にも後ろにも車が止まり、次々と人が下りてくる。
いよいよかと緊張する私を、先に外に出た龍崎専務がエスコートしてくれた。
「さあ、行こう」
「はい」
にっこりと微笑む専務が私の腰に腕を回して、耳もとでささやく。
「今夜は特別だ。セクハラとか言うなよ」
「はいはい」
体が密着して専務の香りに包まれる。
私がよく知るいつもの香り。安心できるけど心を惑わす危険な香りだ。
ずらりと並ぶ出迎えの人たちはこの家の使用人なのか、それとも臨時で雇った人なのか。
自宅ということで警備もしっかりしているのだろう。
招待状と名前の確認をされて、龍崎専務が須田社長のお祝いにとワインを渡す。
おおきな門をくぐり抜け、石畳のアプローチを進み広い玄関に招かれる。
自慢というだけあって、本当に立派なお屋敷だった。
靴を履いたまま入っていくのにも驚いたし、長い廊下を進んだ先の、会場となる部屋の広さに驚かされた。
有名な華道家の作品を思わせる生け花というよりはオブジェのような、美しい造形で飾られた花が中央にある。
大きなガラスが並ぶ窓から、美しく整えられた芝生や、その奥でスポットライトを浴びている庭の木が見える。庭も広いようだ。
「ここに住んでいらっしゃるんですよね?」
生活感のなさに思わずそう聞いた。
これではまるでイベント会場である。
「ああ。一階はイベント用だそうだ。ご家族の住まいは二階から上らしい」
「すごいですね」
目を丸くする私を、専務が片方の眉を上げて見下ろす。
「こら、敬語になってるぞ」
「あ、はい。すみません」
あっ。言ってるそばから敬語の返事になってしまう。
「まぁいいけどな。社長の奥さんも旦那に敬語だし」
「あはは、よかった」
既に二十人近い人がいて、奥のほうでお客さまと挨拶を交わしている須田社長が見えた。
敬語はいずれにしろ〝専務〟なんて呼んだら一発アウトである。
気持ちを引き締めて、暁大さん暁大さんと心の中で繰り返す。
暁大、暁大、暁大さん……。
「料理は美味いぞ。思う存分食べたらいい」
「ええ? お腹が出ちゃったらドレス台無しですよ。ところで――」
うっかり専務と言いそうになり一瞬言葉に詰まったけれど、さりげなさを装って話を続ける。
「暁大さん、パーティってなにをするんですか」
「社長が挨拶をして、どこぞの誰かの演奏を聞いて、ほら、ピアノがあるだろ? ゲームしたり飲み食いして解散ってとこだ」
「そうですか」
参加費があるわけじゃない。お金をかけてパーティを開くことにどんな意味があるんだろう。これが余裕の証なのかもしれないが、なんだかよくわからない。
そんな私の疑問が届いたのか、専務が説明してくれた。
「重要なのは誰が参加しているか。わかるか? ここにいるのは取引先の重役だけだ。こんなふうにさりげなく集まって様々な情報交換をしているんだよ」
ほぉ。ただ集まっているだけじゃないのね。
「なるほど、そういうことなんですね」
視線を感じて振り向くと、須田社長が相好を崩しながら歩いてくる。
「龍崎さん」
「須田社長、この度はお招きありがとうございます。そしておめでとうございます」
仕事モードに入った専務は、口調も雰囲気もガラリと変わった。
「ありがとう、ありがとう。で、そちらは秘蔵の奥さまですか」
あはは、秘蔵って。
「おめでとうございます。本日はわたくしまでお邪魔させていただき、ありがとうございます」
腰を抱いている専務の手が、私に力をくれたのだと思う。自分でもビックリするくらい堂々と挨拶ができた。
龍崎専務が「彼女が驚いていますよ。屋敷があまりに立派なので」と、すかさず言葉を添える。
「あはは、ありがとう。それにしてもこんなに美しい方がいたとは」
その後社長は専務に耳打ちしたらしい。――残念だと。
須田社長の弟さんのかけ声で須田社長のご挨拶と乾杯があり、そのまま歓談になった。
ピアノの生演奏はあるし、見知らぬ女性たちとドンペリニョンを掛けてトランプでババ抜きをしていたり、専務が誰かと話をしている間も思いのほか楽しめた。
ちょっと驚きだったのはパーティの後半。
照明が落とされて、ダンスタイムになったこと。
「踊ろうか」
時間的にもちょうどよく、社長宅の前にも後ろにも車が止まり、次々と人が下りてくる。
いよいよかと緊張する私を、先に外に出た龍崎専務がエスコートしてくれた。
「さあ、行こう」
「はい」
にっこりと微笑む専務が私の腰に腕を回して、耳もとでささやく。
「今夜は特別だ。セクハラとか言うなよ」
「はいはい」
体が密着して専務の香りに包まれる。
私がよく知るいつもの香り。安心できるけど心を惑わす危険な香りだ。
ずらりと並ぶ出迎えの人たちはこの家の使用人なのか、それとも臨時で雇った人なのか。
自宅ということで警備もしっかりしているのだろう。
招待状と名前の確認をされて、龍崎専務が須田社長のお祝いにとワインを渡す。
おおきな門をくぐり抜け、石畳のアプローチを進み広い玄関に招かれる。
自慢というだけあって、本当に立派なお屋敷だった。
靴を履いたまま入っていくのにも驚いたし、長い廊下を進んだ先の、会場となる部屋の広さに驚かされた。
有名な華道家の作品を思わせる生け花というよりはオブジェのような、美しい造形で飾られた花が中央にある。
大きなガラスが並ぶ窓から、美しく整えられた芝生や、その奥でスポットライトを浴びている庭の木が見える。庭も広いようだ。
「ここに住んでいらっしゃるんですよね?」
生活感のなさに思わずそう聞いた。
これではまるでイベント会場である。
「ああ。一階はイベント用だそうだ。ご家族の住まいは二階から上らしい」
「すごいですね」
目を丸くする私を、専務が片方の眉を上げて見下ろす。
「こら、敬語になってるぞ」
「あ、はい。すみません」
あっ。言ってるそばから敬語の返事になってしまう。
「まぁいいけどな。社長の奥さんも旦那に敬語だし」
「あはは、よかった」
既に二十人近い人がいて、奥のほうでお客さまと挨拶を交わしている須田社長が見えた。
敬語はいずれにしろ〝専務〟なんて呼んだら一発アウトである。
気持ちを引き締めて、暁大さん暁大さんと心の中で繰り返す。
暁大、暁大、暁大さん……。
「料理は美味いぞ。思う存分食べたらいい」
「ええ? お腹が出ちゃったらドレス台無しですよ。ところで――」
うっかり専務と言いそうになり一瞬言葉に詰まったけれど、さりげなさを装って話を続ける。
「暁大さん、パーティってなにをするんですか」
「社長が挨拶をして、どこぞの誰かの演奏を聞いて、ほら、ピアノがあるだろ? ゲームしたり飲み食いして解散ってとこだ」
「そうですか」
参加費があるわけじゃない。お金をかけてパーティを開くことにどんな意味があるんだろう。これが余裕の証なのかもしれないが、なんだかよくわからない。
そんな私の疑問が届いたのか、専務が説明してくれた。
「重要なのは誰が参加しているか。わかるか? ここにいるのは取引先の重役だけだ。こんなふうにさりげなく集まって様々な情報交換をしているんだよ」
ほぉ。ただ集まっているだけじゃないのね。
「なるほど、そういうことなんですね」
視線を感じて振り向くと、須田社長が相好を崩しながら歩いてくる。
「龍崎さん」
「須田社長、この度はお招きありがとうございます。そしておめでとうございます」
仕事モードに入った専務は、口調も雰囲気もガラリと変わった。
「ありがとう、ありがとう。で、そちらは秘蔵の奥さまですか」
あはは、秘蔵って。
「おめでとうございます。本日はわたくしまでお邪魔させていただき、ありがとうございます」
腰を抱いている専務の手が、私に力をくれたのだと思う。自分でもビックリするくらい堂々と挨拶ができた。
龍崎専務が「彼女が驚いていますよ。屋敷があまりに立派なので」と、すかさず言葉を添える。
「あはは、ありがとう。それにしてもこんなに美しい方がいたとは」
その後社長は専務に耳打ちしたらしい。――残念だと。
須田社長の弟さんのかけ声で須田社長のご挨拶と乾杯があり、そのまま歓談になった。
ピアノの生演奏はあるし、見知らぬ女性たちとドンペリニョンを掛けてトランプでババ抜きをしていたり、専務が誰かと話をしている間も思いのほか楽しめた。
ちょっと驚きだったのはパーティの後半。
照明が落とされて、ダンスタイムになったこと。
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