龍崎専務が誘惑する

白亜凛

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6・止められない

「現場で事故があったとか」

「そうなんだ。軽症だからよかったものの、競艇に夢中になって足を踏み外すとかありえねぇだろ。ったく」

「ああ、現場って、競艇場の現場だったんですね」

 ため息をつきながら、専務がうなずいた。

 競艇場のスタンド席の改修工事がある。どうやら事故はその現場だったらしい。

「ひとりが落ちて、雪崩のように数人がな。まあ怪我自体は軽いし一般客を巻き込んではいないから良かったが」

 現場にはたくさんの下請け業者が絡む。なにかあったときに責任を取るのは親会社の龍崎組だ。現場監督の対応で済まなければ、駆けつけるのはいつも龍崎専務になる。

「で、スケジュールどうなってる?」

「あ、はい。東雲さんから変更の指示がありました」

 いつの間にか普通に仕事モードになっていて。

 気がつけば失礼しますと、自分の席に戻っていた。

 ん、待てよ。
 キスしたよね。おはようのキス?

 ちょっと、どういうことですか!

 いやいや、忙しかったとはいえ、メールくらい送ってくれたってよかったのでは?
 いまごろキスされるよりも、すぐにメールをくれたほうがよっぽどうれしいですよ?

 もぉ、本当になにを考えているんだか。

 誘惑しないでくださいよ、ここはオフィスなんですから。



 でも次の日は、キスはなかった。
 いや、なくて当然なんだけれど。

 あのキスは土曜の朝の分だったの? もう二度とないの?

 結局なにも聞けず、もちろん甘い雰囲気もおとずれないまま、一週間が慌ただしく過ぎた。

「では、お先に失礼します」

「はい。お疲れ」

 専務室の扉を閉じてため息をつく。

 いよいよ明日からゴールデンウィークに突入する。

 一週間も会えないというのに龍崎専務ときたらさっぱりしたもので、休み中はどうするのなどいうひと言もなかった。

 ちなみに専務のスケジュールは初日を除いて空白だ。それがわかっているだけに、悲しいやら切ないやら。

「あ、小恋ちゃんお疲れ」

「八雲さん、残業ですか?」

「ちゃんと休むためにも今日だけはね」

「がんばってくださいね。お先に失礼しまーす」

 八雲さんは恋人と旅行に行くらしい。
 うらやましいにもほどがある。

 お休み中の家政婦の仕事は、初日の夜にだけ行く手筈になっていて、料理は冷凍保存がきくものをと頼まれている。

 もちろんその時間、専務は仕事でいない。

 せっかくの休みに会えない……。

 そりゃ私たちは恋人同士ではないし、私は文句を言える立場ではないけれど。ちょっと寂しくないですか?
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