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7.優しさの意味
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***
考えても仕方がないと思うのに、目があったときの龍崎専務の瞳が、頭から離れない。
高村さんも、それまでは会話が弾んだのに、様子が変わった私に気づいたらしい。
結局私は、沈みこんだ気持ちを立て直せなかった。
「小恋さん、お付き合いしている人とかいるんですか? 今更ですけど」
ふと、そう聞いてきた。
「いえいえ、いません」
言うな、言うなと思いながら口が勝手に開いた。
「でも、好きな人がいるんです。届かぬ恋ですけれど……」
高村さんはいい人だ。
もし前回のお見合いがこの人だったら、私はもっと積極的に向き合っていただろう。
「それなら、僕にもまだ望みはありますね」
あははと笑ってごまかした。
泣きたい。高村さんにこの場で謝りたい。なんて私はバカなんだろう。
専務に一度だけでも抱いてもらったら、気持ちを切り替えて次に進めるなんて、どうして思ったんだろう。
恋しさが増すばかりなのに。
高村さんとは、ホテルの前で別れた。
レストランで食事が終わり一階のロビーへ下りたとき、もう龍崎専務の姿はなかった。
どこかで食事をしているのかもしれないし、次の仕事に向かったのかもしれないけれど、とにかくまだ仕事中のはずだ。
専務と顔を合わせたくはないので、一足早く家政婦の仕事を済ませてしまおうと思った。
今回は珍しくカレーのリクエストがあった。そのほかに、酒の肴になるものをいくつかと言われている。
カレーは作るとしても、なんとなく他の料理をする気分が起きなくて、デパ地下のお惣菜屋さんで専務が好きそうなものを買った。それでもいいと言われているから大丈夫だろう。
そして、そのまま龍崎専務の部屋に行った。
失礼しますと声をかけて入ると、それだけでたまらない思いがこみあげてくる。
専務……。
唇を噛んで、泣きそうになる気持ちを抑え込む。
まっすぐキッチンに行って、お惣菜をお皿やタッパーウェアに移し、お米を研いて炊飯器のタイマーボタンを押し、スロークッカーにカレーをセットすると、もうすることがない。
洗濯でもしようかなぁと思ったのに、洗濯物はなかった。
さっさと帰ればいいのだ。
今は夕方の四時で、専務が帰ってくるまで三時間もある。
顔を合わせたくなくて早く来たのだから、これ幸いに帰ればいい。
わかっているけれど……。
ちょっとだけ、もう少しだけ。
そーっと寝室に行き、そーっとベッドに体を横たえた。
ここで私を抱いてくれたのに。
「龍崎専務……」
声に出すとやっぱり少し涙が流れた。
あきらめがつくまでジッとして、またキッチンに戻り、スロークッカーの様子を見る。
悲しいかな、カレーはすでにできあがっていた。
「さあ、帰ろう」
トボトボと玄関に行くと、カチャっとドアが開いた。
えっ?
「あ、せ、専務。おかえりなさい」
龍崎専務は、特に驚いた様子も見せずに靴を脱ぐ。
「ああ、来てたのか。ただいま」
「早いですね」
「打ち合わせが早く終わった」
「そうですか……。あっ、コーヒーいれましょうか?」
「帰るとこだったんだろ。いいよ」
「まぁ、そう言わず。いれますよぉ」
って、なにやってるんだろう、私。
専務はウォーキングクローゼットに向かい、私はといえば、そそくさとキッチンに戻り、コーヒーをセットしはじめた。
バスルームから水音が聞こえる。
どうやらシャワーを浴びているらしい。
考えても仕方がないと思うのに、目があったときの龍崎専務の瞳が、頭から離れない。
高村さんも、それまでは会話が弾んだのに、様子が変わった私に気づいたらしい。
結局私は、沈みこんだ気持ちを立て直せなかった。
「小恋さん、お付き合いしている人とかいるんですか? 今更ですけど」
ふと、そう聞いてきた。
「いえいえ、いません」
言うな、言うなと思いながら口が勝手に開いた。
「でも、好きな人がいるんです。届かぬ恋ですけれど……」
高村さんはいい人だ。
もし前回のお見合いがこの人だったら、私はもっと積極的に向き合っていただろう。
「それなら、僕にもまだ望みはありますね」
あははと笑ってごまかした。
泣きたい。高村さんにこの場で謝りたい。なんて私はバカなんだろう。
専務に一度だけでも抱いてもらったら、気持ちを切り替えて次に進めるなんて、どうして思ったんだろう。
恋しさが増すばかりなのに。
高村さんとは、ホテルの前で別れた。
レストランで食事が終わり一階のロビーへ下りたとき、もう龍崎専務の姿はなかった。
どこかで食事をしているのかもしれないし、次の仕事に向かったのかもしれないけれど、とにかくまだ仕事中のはずだ。
専務と顔を合わせたくはないので、一足早く家政婦の仕事を済ませてしまおうと思った。
今回は珍しくカレーのリクエストがあった。そのほかに、酒の肴になるものをいくつかと言われている。
カレーは作るとしても、なんとなく他の料理をする気分が起きなくて、デパ地下のお惣菜屋さんで専務が好きそうなものを買った。それでもいいと言われているから大丈夫だろう。
そして、そのまま龍崎専務の部屋に行った。
失礼しますと声をかけて入ると、それだけでたまらない思いがこみあげてくる。
専務……。
唇を噛んで、泣きそうになる気持ちを抑え込む。
まっすぐキッチンに行って、お惣菜をお皿やタッパーウェアに移し、お米を研いて炊飯器のタイマーボタンを押し、スロークッカーにカレーをセットすると、もうすることがない。
洗濯でもしようかなぁと思ったのに、洗濯物はなかった。
さっさと帰ればいいのだ。
今は夕方の四時で、専務が帰ってくるまで三時間もある。
顔を合わせたくなくて早く来たのだから、これ幸いに帰ればいい。
わかっているけれど……。
ちょっとだけ、もう少しだけ。
そーっと寝室に行き、そーっとベッドに体を横たえた。
ここで私を抱いてくれたのに。
「龍崎専務……」
声に出すとやっぱり少し涙が流れた。
あきらめがつくまでジッとして、またキッチンに戻り、スロークッカーの様子を見る。
悲しいかな、カレーはすでにできあがっていた。
「さあ、帰ろう」
トボトボと玄関に行くと、カチャっとドアが開いた。
えっ?
「あ、せ、専務。おかえりなさい」
龍崎専務は、特に驚いた様子も見せずに靴を脱ぐ。
「ああ、来てたのか。ただいま」
「早いですね」
「打ち合わせが早く終わった」
「そうですか……。あっ、コーヒーいれましょうか?」
「帰るとこだったんだろ。いいよ」
「まぁ、そう言わず。いれますよぉ」
って、なにやってるんだろう、私。
専務はウォーキングクローゼットに向かい、私はといえば、そそくさとキッチンに戻り、コーヒーをセットしはじめた。
バスルームから水音が聞こえる。
どうやらシャワーを浴びているらしい。
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