53 / 81
7.優しさの意味
6
我慢できずに言ってしまった。
もう、自分ひとりではどうにもできない。
「龍崎さんが。どうしよう実彩子ちゃん。好きになっちゃいけないって思うのに、どんどん好きになっちゃう」
「そっかぁ、やっぱりね」
「気づいていたの?」
「まぁなんとなく」
薄く笑った実彩子ちゃんは、ため息をついた。
「あの人はなぁ……」
「やっぱり、お勧めできない感じ?」
「彼、ものすごくモテるでしょ。近くにいてどう?」
「うん。女の子たちはみんな専務を見かけると目がハートになる。会社の中でも外でも」
社内の女性だけじゃない。ゴールデンウイーク中にふたりで出掛けていても、周りの女性の目が彼を追うのがわかった。それは少し誇らしくもあり、不安でもあり。
ふと、夕べ見かけた光景が脳裏に浮かぶ。
昨日は昼食まで一緒にいて、彼は用事があると言っていたから私は自分の部屋に帰った。
夜になってコンビニで買い物をした帰り道、マンションのすぐ近くに止まったタクシーから龍崎専務が降りてくるのが見えた。
あ、と思って駆け寄ろうとしたとき、専務の後から続けて降りてきた和服の女性が目に留まった。
女性は背伸びをするようにして、龍崎専務の唇にキスをしたのである。
その間、専務はポケットに手を入れたままただ立っていた。
女性の腰に手を回すわけでもなく微動だにせず、唇を避けもしない。その後短い話をして、女性だけがタクシーに乗った。
ショックのあまり、私は物陰に隠れたまましばらく身をひそめていた。
彼女は誰なのかと聞けば、龍崎専務は教えてくれるかもしれない。
でも私は落ち着いて彼の答えを聞く自信はないし、どうして私以外の女性とキスなんかするのって泣くとか騒ぐとかしてしまうだろう。
そうなったら、私はきっと捨てられる……。
「夕べ、マンションのすぐ脇の道で、クラブのママって雰囲気の女性とキスしてた」
「ああ、彼はいくつかお店を持っているから、そこのクラブのママかもしれないわね」
「龍崎さんと付き合ってるのかな」
「小恋、彼がいた世界は小恋には想像できないと思う。見た目は普通のビジネスマンかもしれないけど、彼は違うのよ。普通の若い男女が付き合うのとはちょっと違う。色と欲が埋めく社会の中心にいた人なの。いまの質問の答えを言うなら、なにをもって付き合っているというか、そこからもう小恋には想像できないと思う」
「よくわからないけど、わかってる。私とは住む世界が違う人だってことも、私なんて子ども扱いで、龍崎さんとは釣り合わないってことも」
わかってるけど、どうしようもないの。
悲しくて涙があふれてきた。
「小恋」
実彩子ちゃんが隣に来て肩を抱いてくれた。
「まぁ、そういうもんよね、恋って。わかったわかった。つらかったね」
渡されたティッシュでチーンと鼻をかむ。
「アキラ叔父さんには言わないで」
「大丈夫、アキラにも誰にも言わない。そのかわり、なんでも言ってちょうだいね、ひとりでは抱え込まないこと。約束」
実彩子ちゃんが差し出した小指に小指を絡ませる。
言えてよかった。
実彩子ちゃんの答えは予想していたし、やっぱりその通りだったけど、想いを口にできた分少しだけ心が軽くなった気がした。
もう、自分ひとりではどうにもできない。
「龍崎さんが。どうしよう実彩子ちゃん。好きになっちゃいけないって思うのに、どんどん好きになっちゃう」
「そっかぁ、やっぱりね」
「気づいていたの?」
「まぁなんとなく」
薄く笑った実彩子ちゃんは、ため息をついた。
「あの人はなぁ……」
「やっぱり、お勧めできない感じ?」
「彼、ものすごくモテるでしょ。近くにいてどう?」
「うん。女の子たちはみんな専務を見かけると目がハートになる。会社の中でも外でも」
社内の女性だけじゃない。ゴールデンウイーク中にふたりで出掛けていても、周りの女性の目が彼を追うのがわかった。それは少し誇らしくもあり、不安でもあり。
ふと、夕べ見かけた光景が脳裏に浮かぶ。
昨日は昼食まで一緒にいて、彼は用事があると言っていたから私は自分の部屋に帰った。
夜になってコンビニで買い物をした帰り道、マンションのすぐ近くに止まったタクシーから龍崎専務が降りてくるのが見えた。
あ、と思って駆け寄ろうとしたとき、専務の後から続けて降りてきた和服の女性が目に留まった。
女性は背伸びをするようにして、龍崎専務の唇にキスをしたのである。
その間、専務はポケットに手を入れたままただ立っていた。
女性の腰に手を回すわけでもなく微動だにせず、唇を避けもしない。その後短い話をして、女性だけがタクシーに乗った。
ショックのあまり、私は物陰に隠れたまましばらく身をひそめていた。
彼女は誰なのかと聞けば、龍崎専務は教えてくれるかもしれない。
でも私は落ち着いて彼の答えを聞く自信はないし、どうして私以外の女性とキスなんかするのって泣くとか騒ぐとかしてしまうだろう。
そうなったら、私はきっと捨てられる……。
「夕べ、マンションのすぐ脇の道で、クラブのママって雰囲気の女性とキスしてた」
「ああ、彼はいくつかお店を持っているから、そこのクラブのママかもしれないわね」
「龍崎さんと付き合ってるのかな」
「小恋、彼がいた世界は小恋には想像できないと思う。見た目は普通のビジネスマンかもしれないけど、彼は違うのよ。普通の若い男女が付き合うのとはちょっと違う。色と欲が埋めく社会の中心にいた人なの。いまの質問の答えを言うなら、なにをもって付き合っているというか、そこからもう小恋には想像できないと思う」
「よくわからないけど、わかってる。私とは住む世界が違う人だってことも、私なんて子ども扱いで、龍崎さんとは釣り合わないってことも」
わかってるけど、どうしようもないの。
悲しくて涙があふれてきた。
「小恋」
実彩子ちゃんが隣に来て肩を抱いてくれた。
「まぁ、そういうもんよね、恋って。わかったわかった。つらかったね」
渡されたティッシュでチーンと鼻をかむ。
「アキラ叔父さんには言わないで」
「大丈夫、アキラにも誰にも言わない。そのかわり、なんでも言ってちょうだいね、ひとりでは抱え込まないこと。約束」
実彩子ちゃんが差し出した小指に小指を絡ませる。
言えてよかった。
実彩子ちゃんの答えは予想していたし、やっぱりその通りだったけど、想いを口にできた分少しだけ心が軽くなった気がした。
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。