龍崎専務が誘惑する

白亜凛

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7.優しさの意味

 我慢できずに言ってしまった。

 もう、自分ひとりではどうにもできない。

「龍崎さんが。どうしよう実彩子ちゃん。好きになっちゃいけないって思うのに、どんどん好きになっちゃう」

「そっかぁ、やっぱりね」

「気づいていたの?」

「まぁなんとなく」

 薄く笑った実彩子ちゃんは、ため息をついた。

「あの人はなぁ……」

「やっぱり、お勧めできない感じ?」

「彼、ものすごくモテるでしょ。近くにいてどう?」

「うん。女の子たちはみんな専務を見かけると目がハートになる。会社の中でも外でも」

 社内の女性だけじゃない。ゴールデンウイーク中にふたりで出掛けていても、周りの女性の目が彼を追うのがわかった。それは少し誇らしくもあり、不安でもあり。

 ふと、夕べ見かけた光景が脳裏に浮かぶ。

 昨日は昼食まで一緒にいて、彼は用事があると言っていたから私は自分の部屋に帰った。
 夜になってコンビニで買い物をした帰り道、マンションのすぐ近くに止まったタクシーから龍崎専務が降りてくるのが見えた。

 あ、と思って駆け寄ろうとしたとき、専務の後から続けて降りてきた和服の女性が目に留まった。

 女性は背伸びをするようにして、龍崎専務の唇にキスをしたのである。

 その間、専務はポケットに手を入れたままただ立っていた。
 女性の腰に手を回すわけでもなく微動だにせず、唇を避けもしない。その後短い話をして、女性だけがタクシーに乗った。

 ショックのあまり、私は物陰に隠れたまましばらく身をひそめていた。

 彼女は誰なのかと聞けば、龍崎専務は教えてくれるかもしれない。

 でも私は落ち着いて彼の答えを聞く自信はないし、どうして私以外の女性とキスなんかするのって泣くとか騒ぐとかしてしまうだろう。

 そうなったら、私はきっと捨てられる……。

「夕べ、マンションのすぐ脇の道で、クラブのママって雰囲気の女性とキスしてた」

「ああ、彼はいくつかお店を持っているから、そこのクラブのママかもしれないわね」

「龍崎さんと付き合ってるのかな」

「小恋、彼がいた世界は小恋には想像できないと思う。見た目は普通のビジネスマンかもしれないけど、彼は違うのよ。普通の若い男女が付き合うのとはちょっと違う。色と欲が埋めく社会の中心にいた人なの。いまの質問の答えを言うなら、なにをもって付き合っているというか、そこからもう小恋には想像できないと思う」

「よくわからないけど、わかってる。私とは住む世界が違う人だってことも、私なんて子ども扱いで、龍崎さんとは釣り合わないってことも」

 わかってるけど、どうしようもないの。

 悲しくて涙があふれてきた。

「小恋」

 実彩子ちゃんが隣に来て肩を抱いてくれた。

「まぁ、そういうもんよね、恋って。わかったわかった。つらかったね」

 渡されたティッシュでチーンと鼻をかむ。

「アキラ叔父さんには言わないで」

「大丈夫、アキラにも誰にも言わない。そのかわり、なんでも言ってちょうだいね、ひとりでは抱え込まないこと。約束」

 実彩子ちゃんが差し出した小指に小指を絡ませる。

 言えてよかった。

 実彩子ちゃんの答えは予想していたし、やっぱりその通りだったけど、想いを口にできた分少しだけ心が軽くなった気がした。
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