龍崎専務が誘惑する

白亜凛

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8.極道ということ

 いったい廊下でなにが起きて、誰に専務が刺されたのか。相手はいったい何者だったのか。
 キッチンにいてもなにも聞こえないし、東雲さんも八雲さんも寝室から出てこないから、なにひとつわからないままだ。

 今起きているのは、私が知らなかった世界。

 襲われて刺されて、救急車を呼ばずにひそかに医者が手当てをする。きっとこのまま警察には通報もしないんだろう。

 これはすべて、想像じゃなくて現実世界の出来事なんだ。

 ルルルとスマートホンが揺れた。

 母からの電話だった。

『もしもし、小恋?』

「お母さん? どうかした?」

『どうかしたじゃないわよ。ゴールデンウイークも帰らないし、電話も掛けてこないしいったいどうなってるの?』

「ああ、ごめんごめん」

『あんたはボーっとしてるから、変な事に巻き込まれたりしているんじゃないかって、心配してるんだから』

 大丈夫だよと笑ったけれど、この状態をお母さんが知ったらと思うと、苦いものが込み上げた。

 私が好きな人がどんな人なのかは、家族にも友達にも言えない。

 言えない理由は、私自身の心の中に背徳感とか罪悪感みたいな暗い影が落ちているからだ。
 なにも悪くないのに。私も、専務も……。

『それでいつ帰って来るの?』

「うん。そうだなぁ、お盆には帰ろうかな」

『え? そんな先? まぁ元気ならいいけど、今日野菜送っておいたから』

「ほんと? ありがとう」

『じゃあ、元気でがんばんなさいよ』

「はーい」

 私は努めて明るく答えた。

 なんだかんだ文句を言いながら、それでも母は私を心配して野菜を送ってくれる。段ボールの蓋を開けると、隙間を埋めるように私が好きなお煎餅とかお菓子が入っていて、いつもうっかり泣いてしまう。

 電話を切って、心で謝った。

 お母さん、ごめんね。心配かけて。

 私はここにいたいの。この世界がどんなところでも。

 龍崎専務のそばにいたい……。


 なにもできない私は、キッチンで黙々と料理を続けた。材料をすべて使い切って、冷凍できものは冷凍すればいい。

 キンピラごぼう、イカと大根の煮物。鮭を焼き、作り置きにハンバーグにしようと思っていたひき肉でロールキャベツを作った。

 時々玄関が開いて、私の知らない人たちが訪れてきているようだった。

 対応は八雲さんがしていて、見るからに強面の人もいれば派手な身なりの人、スーツを着た普通のビジネスマン。様々だったけれど、その中にはアキラ叔父さんの姿があった。

「小恋、いたのか」

「アキラ叔父さん」
感想 5

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