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8.極道ということ
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「バーテン?」
「ああ。そのバーテンは金に困っていたんだ。それをどこから知ったんだか、清水のヤローはそのバーテンを抱き込んで、酒に睡眠薬だのなんだのを入れさせて女の子をお持ち帰りの好き放題。ある時店長が気付いてね。それ以来、清水は出禁」
「バーテンさんはどうなったんですか?」
「クビは当然だけど……。その先まで知りたいの?」
ニヤリと目を細める八雲さん。
「いえ、いいです」
「証拠があるわけじゃなかったからな。実際清水は直接酒には手をくだしていない。女の子を連れ帰るのは、遊び仲間のクズども。女の子の意識のないなかでしか、あいつはなにもしていない」
「なんて酷い」
全女性の敵だ。想像もしたくない。
「もと秘書は、いま新宿の風俗で働いているよ。今の秘書も、どうせ訳ありだな。清水が弱みを握っているかなんかだろ」
「青木もですか?」
「ああ、時々夜の街で一緒にいるのを見かけるから、同じ穴のムジナだろ」
「どうして、クズ共は逮捕されないんですか?」
「訴える女の子がいない。証人がいない。まぁ、そんなところだろうな。金ですべてをもみ消している。そこらのヤクザより質の悪い連中だ。小恋ちゃんも気をつけて」
「私、そのあと青木のやつにコンビニで会って、睨んでやったんですよ。聞いた時はちょっと驚いちゃって黙って聞いていたけど。六本木のクラブとか知らないから。でも冷静になって考えたら専務がそんなことするはずないし。そもそも秘書の私にそんなこと吹き込むなんて悪意しかないし、ああ悔しい。なんであんなやつとランチしちゃったんだろう。奢ってもらってお礼まで言っちゃった」
いまから戻って一万円くらい投げつけてやろうかと、鼻息も荒く唇を噛んでいると、クックックと笑い声がした。
ハッとして振り返ると、いつの間にいたのか龍崎専務が私を見て笑っている。
着替えた服が入っている紙袋を差し出して、シャツのボタンを留めながら、八雲さんに先に会場に戻るよう専務は言った。
「専務、背中なにも見えない」
「ああ、これは中にそういうシャツを着ているからな。こういう日は、なにがあるかわからないだろう?」
実際にワインをぶちまけられたのだ。
それなのに専務をはじめ誰ひとり焦った様子は見せなかった。東雲さんも八雲さんも、他の専務の背中を知る人たちも全員が淡々としていたのは、皆知っていたからか。
焦ったのは私だけ。
私だけが、知らなかった。
「どうした? 口が尖っているぞ」
「だって、私だけ知らなかったんですよね? 濡れても心配ないこと」
ムッとして立ち上がると、頬を軽く引っ張られた。
「それより、小恋。清水と会ったって? どうして俺に言わなかった?」
「え、それは……。本当に偶然お昼に会っただけで、言う必要ないと思ったから」
「必要があるかないかは俺が決める。いいか、小恋。笑いごとじゃないんだぞ。たとえ仕事を理由にされても絶対にひとりではついていくな。俺か東雲か八雲が一緒じゃなければ会っちゃいけない」
龍崎専務の顔が真剣になる。
「清水は普通じゃない。青木も同じだ。あいつらは笑いながら女を地獄に落とす」
地獄?
喉の奥がゴクリと音を立てる。
あの人たちがそこまでするのと、信じられない気持ちもあった。
だけど、八雲さんに聞いた話を考えれば、地獄に落とすという言葉も大げさじゃない。
社会的地位も風貌も世間的にはむしろハイスペックな彼らだけに、うっかりついていってしまう女性はいるだろう。
私だってあれがランチでなければ、いやランチだとしても途中に席を立っていたら。席を離れた隙に食べ物になにかを――。
背中に怖気が走った。
「大丈夫だ。お前のことは俺が守るから」
抱きしめられると、専務からはいつものコロンとは違ってボディシャンプーの香りがした。
「ああ。そのバーテンは金に困っていたんだ。それをどこから知ったんだか、清水のヤローはそのバーテンを抱き込んで、酒に睡眠薬だのなんだのを入れさせて女の子をお持ち帰りの好き放題。ある時店長が気付いてね。それ以来、清水は出禁」
「バーテンさんはどうなったんですか?」
「クビは当然だけど……。その先まで知りたいの?」
ニヤリと目を細める八雲さん。
「いえ、いいです」
「証拠があるわけじゃなかったからな。実際清水は直接酒には手をくだしていない。女の子を連れ帰るのは、遊び仲間のクズども。女の子の意識のないなかでしか、あいつはなにもしていない」
「なんて酷い」
全女性の敵だ。想像もしたくない。
「もと秘書は、いま新宿の風俗で働いているよ。今の秘書も、どうせ訳ありだな。清水が弱みを握っているかなんかだろ」
「青木もですか?」
「ああ、時々夜の街で一緒にいるのを見かけるから、同じ穴のムジナだろ」
「どうして、クズ共は逮捕されないんですか?」
「訴える女の子がいない。証人がいない。まぁ、そんなところだろうな。金ですべてをもみ消している。そこらのヤクザより質の悪い連中だ。小恋ちゃんも気をつけて」
「私、そのあと青木のやつにコンビニで会って、睨んでやったんですよ。聞いた時はちょっと驚いちゃって黙って聞いていたけど。六本木のクラブとか知らないから。でも冷静になって考えたら専務がそんなことするはずないし。そもそも秘書の私にそんなこと吹き込むなんて悪意しかないし、ああ悔しい。なんであんなやつとランチしちゃったんだろう。奢ってもらってお礼まで言っちゃった」
いまから戻って一万円くらい投げつけてやろうかと、鼻息も荒く唇を噛んでいると、クックックと笑い声がした。
ハッとして振り返ると、いつの間にいたのか龍崎専務が私を見て笑っている。
着替えた服が入っている紙袋を差し出して、シャツのボタンを留めながら、八雲さんに先に会場に戻るよう専務は言った。
「専務、背中なにも見えない」
「ああ、これは中にそういうシャツを着ているからな。こういう日は、なにがあるかわからないだろう?」
実際にワインをぶちまけられたのだ。
それなのに専務をはじめ誰ひとり焦った様子は見せなかった。東雲さんも八雲さんも、他の専務の背中を知る人たちも全員が淡々としていたのは、皆知っていたからか。
焦ったのは私だけ。
私だけが、知らなかった。
「どうした? 口が尖っているぞ」
「だって、私だけ知らなかったんですよね? 濡れても心配ないこと」
ムッとして立ち上がると、頬を軽く引っ張られた。
「それより、小恋。清水と会ったって? どうして俺に言わなかった?」
「え、それは……。本当に偶然お昼に会っただけで、言う必要ないと思ったから」
「必要があるかないかは俺が決める。いいか、小恋。笑いごとじゃないんだぞ。たとえ仕事を理由にされても絶対にひとりではついていくな。俺か東雲か八雲が一緒じゃなければ会っちゃいけない」
龍崎専務の顔が真剣になる。
「清水は普通じゃない。青木も同じだ。あいつらは笑いながら女を地獄に落とす」
地獄?
喉の奥がゴクリと音を立てる。
あの人たちがそこまでするのと、信じられない気持ちもあった。
だけど、八雲さんに聞いた話を考えれば、地獄に落とすという言葉も大げさじゃない。
社会的地位も風貌も世間的にはむしろハイスペックな彼らだけに、うっかりついていってしまう女性はいるだろう。
私だってあれがランチでなければ、いやランチだとしても途中に席を立っていたら。席を離れた隙に食べ物になにかを――。
背中に怖気が走った。
「大丈夫だ。お前のことは俺が守るから」
抱きしめられると、専務からはいつものコロンとは違ってボディシャンプーの香りがした。
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