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9.さよなら愛おしい人
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***
週明けの月曜日。
小恋が退職届を提出した。
『先週お話した退職届です』
いつものようにスケジュールを確認したあとに、スッと指先を伸ばして退職届をデスクの上に置き、ペコリと頭をさげて部屋を出て行った。
それだけだ。
朝の挨拶も、コーヒーを出してくれてスケジュールの確認をしてにっこりとかわいい笑顔を残し部屋を出る。そこまでは、なにも変わらない。
ただそこに、今朝は退職届を出すという仕草が追加されただけ。
打合せに入ってきた東雲と八雲に小恋の退職届を見せると、ふたりはそれぞれ別の反応を見せた。
「退職? マジすか」
八雲には意外だったらしい。
「事件のあとも、ずっと元気ですよね? なんで」
「田舎に帰るんだそうだ。あんなことがあったんだから、仕方ないさ」
怪訝そうに眉をひそめたが、八雲もそれ以上なにも言わなかった。
東雲は封を開けて中身を確認しただけでなにを口にすることもなく、退職届を内ポケットにしまう。
「退職まで有給休暇の消化になるが、残務処理には来ると言っている。あとは頼む」
「わかりました」
「次の秘書だが、八雲お前が隣に席を移動しろ。女性秘書は考えなくていい。コーヒーは豆の量も計らなくていい全自動のコーヒーメーカーをいれる。それならお前でも問題ないな」
八雲は少し肩をすくめて「了解」と言う。
不満を言わないところをみると、八雲もそれがいいと思ったのだろう。
それだけ今回の事件は、自分たちの考えを改めさせるきっかけになった。
極道の世界ならいざ知らず、こんな事件まで起きるとは正直思っていなかったからだ。
対立していた組のやつらもバカじゃない。一般人になった俺たちに手を出したら、昔と違ってすぐに警察沙汰になるとわかっている。俺が本気で警察と手を組めばどうなるか、そこまで考えたうえで下手に手を出したりはしない。むしろ今では個人的な悩みを相談してくるほどだ。息子や娘の就職を頼むとか、やつらだって平凡な幸せを望んだりもする。
危険なのは世の中を甘く見ている清水のようなろくでなしだ。無駄に自己評価が高く、なにをしても許されると勘違いをしている虫ケラども。
今後二度と素人の女を巻き込むわけにはいかない。
仮に攫われたのが他の女だとしても、もと昇竜会関係者ならまた違う。そこには雲泥の差がある。
東雲がおもむろに話し始めた。
「清水の父親は、意外とまともでしたね」
事件のあと、清水の両親がすぐに謝りに来た。
「ああ、そうだな」
小恋には会わせず、俺と東雲が会った。
母親のほうは、さもありなんという有様で、どうか事件にしないでくださいと泣き叫んだが、清水の父親は妻を叱りつけ、責任は取らせると断言した。自分の一生をかけて立ち直させますと。
今までずっと悪事が露見するたびに、父親には秘密にしたまま母親が金で解決していたらしい。
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