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9.さよなら愛おしい人
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清水の父親は自他ともに認める仕事人間だ。一代でSIMIIを築き上げたところまではうちの親父と同じ。
うちと違いがあるとすれば、うちは両親ともに、息子が中途半端な不良になることは許さなかったところだろう。筋の通った不良というのもおかしなものだが。
清水が歪んだ理由にはさほどの興味もないが、『あの子は悪くない。そそのかした青木が悪いんです』と一点張りの母親の姿を見ていると、こっちのほうが遣り切れなかった。
小恋を攫った男の中に、青木の姿はなかった。
青木は用意してあった地下室にいたらしい。パトカーを見て自ら名乗り清水に頼まれただけだと供述しているという。クズはクズとすぐに結託するが崩れるのも簡単だ。
罪をなすり合ううち、過去にやらかしたすべての悪事がはっきりしていくだろう。
「あの父親が本気を出せばなんとか立ち直れるかもしれませんね。あ、そうそう清水家はSIMIIから離れるらしいですよ。社長も交代。まぁそれしか生き残る道はないでしょうが」
「気取りやがっていたくせに、ざまぁないな」と八雲が吐き捨てた。
「ずる賢いわりに抜けてんだよな。パソコンに悪さのコレクション映像を残していたとか、どんだけクズでバカなんだか」
「あいつらしい幕切れだが、社長は気の毒だな」
「重々反省してほしいですね」
第二第三の清水が現れないのを願うばかりだ。
一週間はそのまま過ぎた。
「コーヒーいれましょうか?」
午後五時半。小恋が顔を出した。
「いや、大丈夫だ」
「そうですか。それでは、お先に失礼します」
口角をにっこりと上げて、小恋は頭を下げる。
「はい。お疲れ」
カチャと扉が閉まる音を聞いて、キーボードの上に置いた手を止めた。
こめかみを指先で揉みほぐす。
寝起きからずっと疲れがとれない。完全な寝不足だ。
あの日以来ときどき、小恋が攫われた夢にうなされる。夕べも夢の中の小恋の悲鳴にハッとして目が覚めた。
「ハァ」
両腕を上げて背中を伸ばし、気分転換に窓辺に立った。
夕暮れ時のはずなのに昼間のように明るい。
梅雨明けと新聞に書いてあったし、夏なのだからそれも当然か。
最近は毎日、小恋が帰るときの空の色が気になっていた。
夜道は危険だという気持ちがそうさせたが、そんな心配はもう必要なくなる。
やれやれ。
夏の熱は気持ちを澱ませる。感傷に浸るなど、らしくもない。
席に戻ろうとして、振り返りざまにカタッと隣の部屋の扉が閉まる音が聞こえた。
小恋が部屋を出たのだろう。
残務なんか適当にして有休消化でいいぞと言ったが、小恋は真剣な顔をして左右に首を振った。
『いいえ、頼まれている仕事が終わるまではやらせてください。お願いします』
レストランでのディナーのあと、一緒に暮らそうと言うつもりだった。
警備員をつけると納得させて、二度と危険な目に合わせないよう、ずっとそばにいてほしいと言うつもりだった。結局先を越されて言わずじまいだったが。
小恋が俺から離れようと思うのは当然だろう。
俺と出会わなければあんな目に遭ったりしなかった。
小恋が本来望んでいたはずの、平凡でも穏やかな幸せの中にいれば、事件になど遭わずに済んだだろう。
すべては俺のせいだ。
俺には引きとめる資格はない。
うちと違いがあるとすれば、うちは両親ともに、息子が中途半端な不良になることは許さなかったところだろう。筋の通った不良というのもおかしなものだが。
清水が歪んだ理由にはさほどの興味もないが、『あの子は悪くない。そそのかした青木が悪いんです』と一点張りの母親の姿を見ていると、こっちのほうが遣り切れなかった。
小恋を攫った男の中に、青木の姿はなかった。
青木は用意してあった地下室にいたらしい。パトカーを見て自ら名乗り清水に頼まれただけだと供述しているという。クズはクズとすぐに結託するが崩れるのも簡単だ。
罪をなすり合ううち、過去にやらかしたすべての悪事がはっきりしていくだろう。
「あの父親が本気を出せばなんとか立ち直れるかもしれませんね。あ、そうそう清水家はSIMIIから離れるらしいですよ。社長も交代。まぁそれしか生き残る道はないでしょうが」
「気取りやがっていたくせに、ざまぁないな」と八雲が吐き捨てた。
「ずる賢いわりに抜けてんだよな。パソコンに悪さのコレクション映像を残していたとか、どんだけクズでバカなんだか」
「あいつらしい幕切れだが、社長は気の毒だな」
「重々反省してほしいですね」
第二第三の清水が現れないのを願うばかりだ。
一週間はそのまま過ぎた。
「コーヒーいれましょうか?」
午後五時半。小恋が顔を出した。
「いや、大丈夫だ」
「そうですか。それでは、お先に失礼します」
口角をにっこりと上げて、小恋は頭を下げる。
「はい。お疲れ」
カチャと扉が閉まる音を聞いて、キーボードの上に置いた手を止めた。
こめかみを指先で揉みほぐす。
寝起きからずっと疲れがとれない。完全な寝不足だ。
あの日以来ときどき、小恋が攫われた夢にうなされる。夕べも夢の中の小恋の悲鳴にハッとして目が覚めた。
「ハァ」
両腕を上げて背中を伸ばし、気分転換に窓辺に立った。
夕暮れ時のはずなのに昼間のように明るい。
梅雨明けと新聞に書いてあったし、夏なのだからそれも当然か。
最近は毎日、小恋が帰るときの空の色が気になっていた。
夜道は危険だという気持ちがそうさせたが、そんな心配はもう必要なくなる。
やれやれ。
夏の熱は気持ちを澱ませる。感傷に浸るなど、らしくもない。
席に戻ろうとして、振り返りざまにカタッと隣の部屋の扉が閉まる音が聞こえた。
小恋が部屋を出たのだろう。
残務なんか適当にして有休消化でいいぞと言ったが、小恋は真剣な顔をして左右に首を振った。
『いいえ、頼まれている仕事が終わるまではやらせてください。お願いします』
レストランでのディナーのあと、一緒に暮らそうと言うつもりだった。
警備員をつけると納得させて、二度と危険な目に合わせないよう、ずっとそばにいてほしいと言うつもりだった。結局先を越されて言わずじまいだったが。
小恋が俺から離れようと思うのは当然だろう。
俺と出会わなければあんな目に遭ったりしなかった。
小恋が本来望んでいたはずの、平凡でも穏やかな幸せの中にいれば、事件になど遭わずに済んだだろう。
すべては俺のせいだ。
俺には引きとめる資格はない。
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