龍崎専務が誘惑する

白亜凛

文字の大きさ
72 / 81
9.さよなら愛おしい人

 清水の父親は自他ともに認める仕事人間だ。一代でSIMIIを築き上げたところまではうちの親父と同じ。
 うちと違いがあるとすれば、うちは両親ともに、息子が中途半端な不良になることは許さなかったところだろう。筋の通った不良というのもおかしなものだが。

 清水が歪んだ理由にはさほどの興味もないが、『あの子は悪くない。そそのかした青木が悪いんです』と一点張りの母親の姿を見ていると、こっちのほうが遣り切れなかった。

 小恋を攫った男の中に、青木の姿はなかった。

 青木は用意してあった地下室にいたらしい。パトカーを見て自ら名乗り清水に頼まれただけだと供述しているという。クズはクズとすぐに結託するが崩れるのも簡単だ。
 罪をなすり合ううち、過去にやらかしたすべての悪事がはっきりしていくだろう。

「あの父親が本気を出せばなんとか立ち直れるかもしれませんね。あ、そうそう清水家はSIMIIから離れるらしいですよ。社長も交代。まぁそれしか生き残る道はないでしょうが」

「気取りやがっていたくせに、ざまぁないな」と八雲が吐き捨てた。

「ずる賢いわりに抜けてんだよな。パソコンに悪さのコレクション映像を残していたとか、どんだけクズでバカなんだか」

「あいつらしい幕切れだが、社長は気の毒だな」

「重々反省してほしいですね」

 第二第三の清水が現れないのを願うばかりだ。
 

 一週間はそのまま過ぎた。

「コーヒーいれましょうか?」

 午後五時半。小恋が顔を出した。

「いや、大丈夫だ」

「そうですか。それでは、お先に失礼します」

 口角をにっこりと上げて、小恋は頭を下げる。

「はい。お疲れ」

 カチャと扉が閉まる音を聞いて、キーボードの上に置いた手を止めた。

 こめかみを指先で揉みほぐす。

 寝起きからずっと疲れがとれない。完全な寝不足だ。

 あの日以来ときどき、小恋が攫われた夢にうなされる。夕べも夢の中の小恋の悲鳴にハッとして目が覚めた。

「ハァ」

 両腕を上げて背中を伸ばし、気分転換に窓辺に立った。

 夕暮れ時のはずなのに昼間のように明るい。

 梅雨明けと新聞に書いてあったし、夏なのだからそれも当然か。

 最近は毎日、小恋が帰るときの空の色が気になっていた。
 夜道は危険だという気持ちがそうさせたが、そんな心配はもう必要なくなる。

 やれやれ。

 夏の熱は気持ちを澱ませる。感傷に浸るなど、らしくもない。

 席に戻ろうとして、振り返りざまにカタッと隣の部屋の扉が閉まる音が聞こえた。

 小恋が部屋を出たのだろう。

 残務なんか適当にして有休消化でいいぞと言ったが、小恋は真剣な顔をして左右に首を振った。

『いいえ、頼まれている仕事が終わるまではやらせてください。お願いします』

 レストランでのディナーのあと、一緒に暮らそうと言うつもりだった。

 警備員をつけると納得させて、二度と危険な目に合わせないよう、ずっとそばにいてほしいと言うつもりだった。結局先を越されて言わずじまいだったが。

 小恋が俺から離れようと思うのは当然だろう。

 俺と出会わなければあんな目に遭ったりしなかった。

 小恋が本来望んでいたはずの、平凡でも穏やかな幸せの中にいれば、事件になど遭わずに済んだだろう。

 すべては俺のせいだ。

 俺には引きとめる資格はない。
感想 5

あなたにおすすめの小説

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

元彼にハメ婚させられちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
元彼にハメ婚させられちゃいました

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。