龍崎専務が誘惑する

白亜凛

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9.さよなら愛おしい人

 警備員をつけたところで実際どこまで守れるかはわからない。仮に四六時中見張っていたとしても隙は生まれるだろう。今回は無事に済んだからよかったものの、そんなラッキーが毎度続くとは限らない。

 小恋の第一の安全確保は、俺から離れて成り立つ。

 だから、これでいい。


 退社後、櫻子の店に行った。

「いらっしゃい」

「飯あるか」

 小首を傾げて、クスクスと櫻子が笑う。

「また家政婦さん辞めちゃったの?」

「ああ」

 今回の事件は、櫻子やほかの店にも詳しくは伝えていない。

 路地は入口から封鎖されていたから野次馬が近づけなかったし、ニュースにもなっていない。当事者以外には、都会の片隅で起きた小さな騒ぎのひとつに過ぎない。

「どうかしたの? なんだか元気ないわね」

「ちょっと仕事が忙しくてな」

「秘書さん、大丈夫?」

「知っていたのか?」

「私を誰だと思っているの? あなたの愛人一号を名乗っているんですからね。なんだって知っているわ。秘書さん家政婦さんで、あなたの恋人であることも」

 ここのホステスのひとりが俺のマンションに住んでいる。櫻子がどこからか拾ってきたその女は、櫻子の目や耳だ。恐らくそれで知ったのだろう。

「田舎に帰るんだそうだ。普通の女の子だからな。怖い思いをしたら逃げたくもなるだろう」

「あらまぁ」

「お前は俺の女だとか言っていて、怖くはないのか。狙われるかもしれないのに」

「そうだとしても、あなたが助けてくれるでしょ。狙われるより、そっちのほうが大切よ」

 櫻子の本心はわからない。いままで数々の修羅場を潜り、そのうちの何度か俺が助けているからそう思うのかもしれないが。

「私ね、昔、好きな人がいたの。ご近所のお金持ちの坊ちゃん。出会ったときは、高校生で私も純情だった。彼も私を好きだって言ってくれて、大学卒業したら結婚しよう。親が反対するなら駆け落ちしようって言ってくれたけど、結局別れちゃった」

「どうせ、お前が振ったんだろ」

 くすくす笑う櫻子の微笑みには、過去の傷の陰もない。

「だってしょうがないじゃない。雲に住む彼と、泥に住む私。幸せそうな彼の家族写真を見た時、どうしようもない寂しさだけが募ったわ。雲泥の差ってあれをいうのね」

 櫻子の父親はギャンブラーの借金まみれの挙句失踪、母親はその借金を返すために水商売で働き、最後は体を壊して死んだ。

 結局、櫻子は自分から身を引いたんだろう。

「その男はいまどうしてるんだ?」

「大病院の跡取り息子として腕のいいお医者さまになったらしいけど、よく知らない。やーね、あなたが失恋したみたいな顔しているから、うっかり思い出しちゃった」

 そのうち店の女の子たちをアフターに連れていく約束させられたりして店を出た。

「アキ、いつでもいらっしゃいな。あなたが来るのを、ひとりでずっと待っているわ」

 お決まりのようにするキスが、いつもとは少し違っていた。

 それだけもしかしたら、俺は疲れているのかもしれなかった。
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