龍崎専務が誘惑する

白亜凛

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9.さよなら愛おしい人

10

 土曜日、仁はさっそく営業と家政婦を連れてやってきた。

 俺は別に会わなくてもいいと言ったがそうはいかないらしい。入っていい部屋や、頼む内容と決まり事を話し合うためだと言われて納得した。小恋のように引き継ぎがあったわけではないから、それも当然だろう。

 担当するという家政婦は若い女だった。

 名刺に書かれていたのは見知らぬ名前。小恋と同じくらいの年頃だろうか。小恋よりも少し背が高くて、目もとがクリッとしている。

 彼女は一瞬だけ目を合わせ、後は怯えたように視線を泳がせたので、仁が言っていた対人恐怖症の子かもしれない。挨拶が終わるとすぐにマスクをして、前髪で目もとを隠しうつむいた。

 頼んだ仕事は、週三度の料理と水回りの掃除とクリーニング。以来担当の家政婦と顔を合わせないが、冷蔵庫を開けると綺麗に並んでいる作り置きが、家政婦の存在を思い起こさせた。

 料理は頼んだ通り、ごく普通の家庭料理だ。

 最初の頃は味付けの違いに多少の違和感を覚えたが、食べ慣れてきたせいか、最近は小恋が作った煮物と被ることがある。

 そしてつい探してしまう。小恋が作る煮物やシチューには、必ずひとつだけ入っていたものを。

『ハート形の人参?』

『はい。必ずひとつだけ。気づいてました?』

『いや、全然気づかなかった』

『えー』

 信じられないとプリプリと怒るから、いつしか無意識のうちにハートを探す癖がついていた。今はもちろん、そんな形の人参はないが。


「専務、六本木の店、最近行きました?」

 ふいに八雲が言った。

「二週間くらい行ってないな」

「ハロウィンパーティ、また顔出してくださいって言っていましたよ」

「まだ先だろ」

 ハロウィンか――。そういえばそんな季節か。ちらほらとかぼちゃの飾りつけを見かけるようになった。

 あれから一年近くが経ったのかと思いながら、コーヒーメーカーのボタンを押す。

 水さえ補充すればボタンひとつでコーヒーが出てくるマシーンを執務室に置いたおかげで、不味さに悩まされず、いつでも美味いコーヒーが飲める。

「先月入ったっていう子、なんかどっかで見たような気がするですよねぇ。先週辞めたらしいんですけど」

「ひと月足らずとは短いな、なにかあったのか? あそこはみんな割と長いだろ」

 ガールズバーは、時給は高くない代わりにカウンター越しの接客なので、小遣い稼ぎの女の子が集まってくる。うちの店は居心地がいいのか従業員の変動は少ない。

「いや、なんか最初からひと月だけの短期契約だったらしいっすよ」

「なんていう子だ? 特に怪しいことはないんだろ?」

「別に怪しくはないですけど、名前はミアとか言ったかな」

「ミア? どんな子なんだ」

「かわいい子ですけど、目尻に印象的なホクロがあって」
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