龍崎専務が誘惑する

白亜凛

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10.龍崎専務は誘惑する

 お腹すいたな。

 あと少しでお昼。どこからともなく美味しそうな匂いが漂うランチタイム。

 路地を進み立ち止まってくぐった門扉には【氷室家政婦紹介所】という金属のプレートが貼ってある。小さくて目立たないプレートだ。

 門を進んだ奥には、白っぽいマンションがある。ここは警備会社の独身寮で、一階の一部が家政婦紹介所になっているのだけれど、それを知る人は少ないと思う。

 私が向かうのはその建物ではなく、さらに奥。

 駐車場を進んでいくと、ひっそりと佇む古めかしい建物が見えてくる。

 氷室家政婦紹介所の女子寮だ。

 もともとは普通の住宅だったのかもしれない。玄関で靴を脱ぎ、自分用の下駄箱にしまってスリッパを出す。廊下を進んで一階は広いキッチンと茶の間、共同のお風呂とトイレがある。

 各個人用の部屋は二階にあって、廊下を挟んで六部屋ある。ここに住んでいるのは私を含めて五人だ。

 キッチンを覗いてみるとタケさんがいた。

「ただいま」

「ああ、おかえり」

 器にはこんもりと大学芋が乗っている。タケさんが揚げているのはレンコンのはさみ揚げだ。

「わぁー美味しそう。荷物置いてきまーす」
 

 二階の自分の部屋に入って部屋着に着替える。

 六畳の一間には、小さなテーブルにカラーボックスふたつ。押し入れの上の段に服、下の段に布団。ひとりには充分の広さだ。

『龍崎組』を辞めて、マンションを引き払った私が向かったのは、田舎の実家ではなく、ここだったのである。

 あれは龍崎専務に退職を告げる数日前のこと。
 私はひそかに氷室さんに連絡をとった。

 氷室さんが経営する家政婦紹介所については以前聞いていた。

 龍崎専務には内緒にして家政婦になりたいことを告げると、氷室さんは『彼に秘密にする理由を聞かせてもらえるかな?』と言った。

『話をしないと、やっぱり難しいですか?』

『彼に対して秘密を抱えるのは、ちょっとつらい。事情に納得できれば協力はできるけど』

 本当はもちろん誰にも言いたくなかった。

 でも、私にはここで家政婦として働かせもらう以外考えられなかったし、氷室さんの言い分も当然だろうと思った。

 龍崎専務が信頼している氷室さんなら心から信頼できる。この人なら秘密は絶対にまもってくれるだろう。そう思って私は、正直に告白したのだ。
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