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一、降って湧いた契約結婚
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「お待ちしておりました」
恭しく出迎えられて足を踏み入れた料亭は、突き刺さるような冷気に包まれていて、指先が強張ってくる。静寂の中、仲居の先導で廊下を進む。
通されたテーブル席からは中庭が見えた。鮮やかな緑の葉を持つサザンカが、赤い花をちらほらと咲かせ、雪を薄く冠った枝ぶりが侘びた風情を添えている。
「素敵なお庭ね」と母が目を細めた。
小さく琴の音がお正月らしさを残して響いている。緊張を解す優しい音色に少しホッとしたときだった。席が温まる間もなくお相手が登場した。
「お待たせしました」
天城家のご両親も縁談相手も皆スーツ姿だ。派手さはないのに上流階級らしい余裕のある雰囲気が全身から溢れている。
叔父が言った通りお相手はとびきりのイケメンだった。天城隼人二十八歳。身長一八三センチ。脚が長くて肩幅がしっかりあるせいか顔が小さくてスーツがとてもよく似合っている。
簡単な挨拶を交わして早速食事が始まり、親たちが話をしている横で美咲は心密かに首を傾げた。
(見覚えがある、ような気がする……でも、これほどのイケメンにもお金持ちにも知り合いなんかいないし)
となると、雑誌やネットの記事で目にしたことがあるのかもしれない。やや切れ長な目元は一度見たら忘れられないような魅力がある。何しろ二度の離婚歴だ。これほどの見た目なら恋愛スキャンダルが絶えない人かもしれないし。
箸を進めながら、美咲は正面に座る隼人をちらりと見た。
彼は軽く微笑みを浮かべながら親同士の会話を聞いているようだ。
すっきりと前髪は横に流していて秀でた額に長い睫毛に縁取られた切れ長の目。理想を形にしたような高い鼻に意志の強そうな口元。斜めを向いた顔は、驚くほど整っている。こんな顔に生まれたいと見本になりそうな美しい顔立ちに滲み出る存在感はまるで芸能人のよう。
もしこの縁談がまとまったら本当にこの人と結婚するのか。
湧くのは疑問ばかりで現実感がない。まるでちょうど目の前に並ぶ料理のようだ。美術品のように美しくて食べ物かと疑いたくなるのと同じ。
「ね、美咲?」
ハッとして顔を上げると十個の目が美咲に集中していて、母が苦笑した。
「もう、この子ったら、すっかり緊張しちゃって。美咲は走るのが好きだっていう話をしていたのよ」
「は、はい。走って汗を流すのが好きです」
慌てて答えた。
「あらそう。だから美咲さんはスタイルがいいのね」
隼人の母にそう言われて、頬を赤くしながらうつむいた。
中学高校と陸上部で走っていた。特に早いわけでもないが、走ることが単純に好きだった。今も真夏以外は朝のランニングを続いているので、体重が平均を越えたことはないのはそのせいもあるのかもしれない。
でもスタイルがいいのとは違うと思う。かといってここで反論はできないけれど。
恭しく出迎えられて足を踏み入れた料亭は、突き刺さるような冷気に包まれていて、指先が強張ってくる。静寂の中、仲居の先導で廊下を進む。
通されたテーブル席からは中庭が見えた。鮮やかな緑の葉を持つサザンカが、赤い花をちらほらと咲かせ、雪を薄く冠った枝ぶりが侘びた風情を添えている。
「素敵なお庭ね」と母が目を細めた。
小さく琴の音がお正月らしさを残して響いている。緊張を解す優しい音色に少しホッとしたときだった。席が温まる間もなくお相手が登場した。
「お待たせしました」
天城家のご両親も縁談相手も皆スーツ姿だ。派手さはないのに上流階級らしい余裕のある雰囲気が全身から溢れている。
叔父が言った通りお相手はとびきりのイケメンだった。天城隼人二十八歳。身長一八三センチ。脚が長くて肩幅がしっかりあるせいか顔が小さくてスーツがとてもよく似合っている。
簡単な挨拶を交わして早速食事が始まり、親たちが話をしている横で美咲は心密かに首を傾げた。
(見覚えがある、ような気がする……でも、これほどのイケメンにもお金持ちにも知り合いなんかいないし)
となると、雑誌やネットの記事で目にしたことがあるのかもしれない。やや切れ長な目元は一度見たら忘れられないような魅力がある。何しろ二度の離婚歴だ。これほどの見た目なら恋愛スキャンダルが絶えない人かもしれないし。
箸を進めながら、美咲は正面に座る隼人をちらりと見た。
彼は軽く微笑みを浮かべながら親同士の会話を聞いているようだ。
すっきりと前髪は横に流していて秀でた額に長い睫毛に縁取られた切れ長の目。理想を形にしたような高い鼻に意志の強そうな口元。斜めを向いた顔は、驚くほど整っている。こんな顔に生まれたいと見本になりそうな美しい顔立ちに滲み出る存在感はまるで芸能人のよう。
もしこの縁談がまとまったら本当にこの人と結婚するのか。
湧くのは疑問ばかりで現実感がない。まるでちょうど目の前に並ぶ料理のようだ。美術品のように美しくて食べ物かと疑いたくなるのと同じ。
「ね、美咲?」
ハッとして顔を上げると十個の目が美咲に集中していて、母が苦笑した。
「もう、この子ったら、すっかり緊張しちゃって。美咲は走るのが好きだっていう話をしていたのよ」
「は、はい。走って汗を流すのが好きです」
慌てて答えた。
「あらそう。だから美咲さんはスタイルがいいのね」
隼人の母にそう言われて、頬を赤くしながらうつむいた。
中学高校と陸上部で走っていた。特に早いわけでもないが、走ることが単純に好きだった。今も真夏以外は朝のランニングを続いているので、体重が平均を越えたことはないのはそのせいもあるのかもしれない。
でもスタイルがいいのとは違うと思う。かといってここで反論はできないけれど。
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