偽装結婚のはずが、溺愛なんて聞いてません!

白亜凛

文字の大きさ
56 / 96
五、恋はやっぱり切なくて

しおりを挟む
 ため息を落としつつ瞼を上げれば、ビルに反射する夕日の眩しさに目を細めた。西の空へと首を回せば美しい夕焼けが広がっている。

(綺麗……)

 燃え盛るようなオレンジ色から紫色へとグラデーションを描くその色彩は艶やかで、一日が終わる寂しさを伴っている。

 激しく燃えて、燃え尽きて、後一時間もすれば闇の中に沈んでしまう。まるで胸の中で燻る恋のように。

 事務の女性が言っていたのは本当だろうか。彼が美咲を見つめる様子も特別な感じがある?

(まさかね)

 きっとお世辞に違いない。けれども、本当だったらうれしいと思うのも事実だ。できればほんの少しでもいいから特別であってほしい。

 好き――ふと〝彼が好き〟と心で呟いた。

 心が燃えるように熱い。この切なくも激しい想いは自分ではどうにもできないけれど、永遠に続くわけじゃない。夕焼けのように、いつかは燃え尽きて終焉を迎えるはずで、だから大丈夫だと言い聞かせた。

 隼人がタカ先輩で、彼は初恋の人だった。たまたま恋が叶ってしまって動揺しているだけ……

 沈みゆく夕日を見つめるうち、鎌倉に着いた。

 夕食は一人だからあるもので簡単に済ませよう。薄切りハムがあったはず。錦糸卵だけは頑張って作ってそうめんに千切り野菜を乗せて。などと思いながら歩いていると、ふと通りの向こう側で、カフェの窓際の席に座っている二人連れの客が目に留まった。

 美咲に背中を向けている男性はスーツ姿で女性はピンクグレーの柔らかそうなワンピース。遠目にも醸し出す雰囲気が華やかで素敵なカップルだ。

 通り過ぎざまにハッと息を呑む。

「隼人さん?」

 明るい店内は外からよく見える。間違いなく彼だと確信したその時、隼人は女性に笑いかけながら女性の頬に手を伸ばし――

 美咲は慌ててその場から走り出した。

 よく知っている彼の微笑みだった。

 ほんの数時間前、キリ原製作所でも見ている優しくて特別だと信じたかった微笑み。

(バカだなぁ、私)

 どうして自分だけが特別だなんて思ったんだろう。

 キリ原製作所の社長室で隼人を見たとき、美咲の心は跳ね上がった。瞬時で胸が熱くなり、頬は赤く高揚し瞳は輝いた。事務の女性に冷やかされるほど、恋する顔をしていたに違いない。そんな自分が悲しくてやり切れなくて、胸が避けそうだ。

 駆け込むように家の中に入り、まっすぐ自分の部屋に行き美咲は泣き崩れた。

 ここには誰もいない。心配して飛んでくる家族も誰も。だから思い切り声を出して泣ける。誰に遠慮もいらない。

 ひとしきり泣くと、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。というよりもあきらめがついたというのが正しいのだろう。
 洗面所で顔を洗って涙で濡れた服を洗濯機に入れる。隼人の歯ブラシが目に留まり、また涙が溢れてきてタオルで抑えた。

 今夜、彼はあの女性の家で、彼用の歯ブラシを使うのだろうか。

(私、鎌倉に来ちゃいけなかったのかな……)

 美咲がいなければ、彼女がここに泊まりに来たのかもしれない。きっと美咲の歯ブラシではなく、彼女の歯ブラシが置かれていたのだ。

 隼人は鎌倉に来てから、どこかに泊まって帰らない日が何度かあった。今夜は帰れないと知らされるだけだし、仕事なんだろうと当然のように思っていた。けれども考えてみれば、彼に恋人がいても、何の不思議もない。

 そうでなければ、最初から一年後の離婚を条件にする必要はないのだから。

(泣くだけ泣いて前を向こう……)

 鎌倉を出て、ひと足先にマンションに戻ろう。

 自分の想いが一方通行なのは仕方がないとして、彼の邪魔にはなりたくない。鬱陶しい存在にはなりたくないから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

エリート御曹司は傷心の彼女に溢れる深愛を甘く刻み込む

松本ユミ
恋愛
旧題:君に捧げる一途な愛~御曹司は傷ついた彼女を守りたい~ 木下志乃は付き合っていた彼氏を妹に奪われた過去があり、恋愛に消極的になっていた。 ある日、志乃と同じ会社で働いている無口で堅物と言われている経理部課長の小笠原政宗と知り合う。 いろんな偶然が重なり、一緒に過ごす機会が増えた志乃と政宗。 次第に政宗のことが気になり始めるけど、元カレの裏切り行為に心に傷を負った志乃はどうしても一歩踏み出せずにいた。 そんな志乃を「誰よりも大切にする」と言って政宗は一途な愛で包み込み、二人の距離は縮まっていく。 だけど、ひょんなことから政宗がとある会社の御曹司だと知った志乃。 政宗本人からそのことを聞かされていない志乃はショックを受けてーーー。

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~

如月あこ
恋愛
 宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。  ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。  懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。  メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。    騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)  ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。 ※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)

身代わり花嫁は俺様御曹司の抱き枕

沖田弥子
恋愛
一般庶民のOL瑞希は、姉の婚約者である御曹司・大島瑛司から身代わり花嫁になることを決められる。幼なじみという間柄であり、会社の専務でもある瑛司はハイスペックなイケメンだが、実は俺様で傲慢な毒舌家。姉が戻るまでの間とはいえ、強引な瑛司に付き合わされて瑞希はうんざり。けれど、瑛司の不眠症を解消するという花嫁修業を命じられて……。◆第12回恋愛小説大賞にて、奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました! 2019年11月、書籍化されました。

再婚相手は溺愛消防士!?二度と結婚しないと決めてたのに、どうしてこんなことに!

すずなり。
恋愛
都会を離れて田舎に引っ越してきた主人公『三井 那智(みつい なち)』。3歳になる娘の真那を連れての転居に不安を覚えるものの、地域の温かさに一安心する。歌が好きな那智は喘息を持っていて、それが一つの原因での引っ越しだったのだ。過疎な地域では子供はいないが、『新入居者への挨拶』として来てくれた消防署員に子供がいることを知り、次第に町になじんでいく。そんな中、真那の父親である那智の『元旦那』が現れて・・・・ 「那智、お前・・・稼いでるらしいじゃねーか。」 旦那と別れて真那と二人で生きていくためには収入が必要だ。幸いにも那智には仕事があったのだ。たくさん稼いでいるとは言えないけど、真那と二人で生きていく分には十分だった。でもその稼ぎに目をつけたのか、元旦那は復縁を迫ってきたのだ。 「いい加減にして!私は真那と二人で暮らしていくの!真那のことを何も気に留めないあなたとは暮らせるはずがないでしょう!?」 そんな会話を聞いた消防署員の『長谷川 圭吾』は、二人の間に割って入った。この町で真那と一緒に暮らす那智に惹かれていたのだ。 「俺が二人を守るんで。」 ※お話は全て想像の世界です。現実とは何の関係もございません。 ※メンタルが薄氷の為、コメントは受け付けることができません。申し訳ありません。 ただただすずなり。の世界を楽しんでいただけたら幸いです。 それではれっつごー。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お前、頬を叩いた詫びに婚約者になれ」 上司で社長の彪夏と秘書の清子はお似合いのふたりだと社内でも評判。 御曹司でイケメンの彪夏は女子の憧れの的。 清子はどこぞのご令嬢と噂され、男女問わず視線を集めていた。 ……しかし。 清子には誰もが知らない、秘密があったのです――。 それは。 大家族のド貧乏! 上は高校生、下は生まれたばかりの五人弟妹。 おっとりして頼りにならない義母。 そして父は常に行方不明。 そんな家族を支えるべく、奮闘している清子ですが。 とうとう、彪夏に貧乏がバレたまではよかったけれど。 子持ちと間違われてついひっぱたいてしまい、償いに婚約者のフリをする羽目に。 しかも貧乏バラすと言われたら断れない。 どうなる、清子!? 河守清子 かわもりさやこ 25歳 LCCチェリーエアライン 社長付秘書 清楚なお嬢様風な見た目 会社でもそんな感じで振る舞っている 努力家で頑張り屋 自分がしっかりしないといけないと常に気を張っている 甘えベタ × 御子神彪夏 みこがみひゅうが 33歳 LCCチェリーエアライン 社長 日本二大航空会社桜花航空社長の息子 軽くパーマをかけた掻き上げビジネスショート 黒メタルツーポイント眼鏡 細身のイケメン 物腰が柔らかく好青年 実際は俺様 気に入った人間はとにかくかまい倒す 清子はいつまで、貧乏を隠し通せるのか!? ※河守家※ 父 祥平 放浪の画家。ほぼ家にいない 母 真由 のんびり屋 長男 健太(高一・16歳)服作りが趣味 次男 巧(高一・15歳)弁護士になるのが目標 三男 真(小五・10歳)サッカー少年 四男 望(保育園年中・5歳)飛行機大好き 次女 美妃(保育園児・五ヶ月)未知数

処理中です...