祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~

白亜凛

文字の大きさ
44 / 56
≪ 鬼 ≫

しおりを挟む

 一方麗景殿へと向かう翠子と朱依は、すっかり気が重くなっていた。

「宮中って思っていたよりも居心地が悪いですねぇ」

 朱依はため息をつく。

「十二単は重たいし、女房どもは感じ悪いし。まぁ、麗景殿の方々は優しいですけれど」

 翠子は苦い微笑みを浮かべる。

 弘徽殿の女房たちの悪意に満ちた好奇の目。前回の騒ぎで慣れたとはいえ、こう続くとさすがに不愉快だ。

「仕方がないわよ。祓い姫なんて如何にも怪しそうなのが来たら、誰だって恐れ慄くわ」

 思わず卑屈な言い方をしてしまう。

「姫さまは、誰よりもお優しいのに! まったく頭にくる」

「ありがとう、朱依。でもね、私見つけたの。弘徽殿にいた女性の中に、蝶の裳の人と文を見せてくれた蝶の扇の人もいたわ」

「私も何人か見つけました。関係ありそうですね」

 と、そこに「おうい」と声がした。

 篁である。

「なによ」

 いきなり噛みつく朱依に、篁はしどろもどろだ。

「なんだよいきなり。帰り道に迷わないようお供に来たんじゃないか」

「今ね、こんなところ早く出て、お邸に帰りましょうって話をしていたのよ」

「ええ? まあ、そう言わず」

「だめよ、帰ったら正月の準備を始めなくちゃいけないの」

「朱依ったら、気が早いわよ、まだふた月もあるわ」

 笑いながら、いずれにしろ帰る日はそう遠くないだろうと翠子は思う。

 犯人が捕まるかはわからないが、翠子ができることはもうないだろうから。



 その夜、唯泉が遊びに来た。

「物の怪はどうなったのですか」

「とりあえず弘徽殿からは出ていってもらった」

 まるで人でも追い払うような気軽さである。

「もう少し手伝ってもらいたいからな」

「ええ? 物の怪に手伝ってもらうのですか?」

 物の怪がすべて悪だとは思っていないが、それにしても手伝ってもらうとは。

 翠子は思わず目を丸くした。

「ああ、かの者も案じているのだよ、宮中を」

「はあ、そんなものですか」

「そんなものだ」

 わかるようなわからないような話である。

「それより、近々宴があるそうだ、姫も楽しむといい」

「宴?」

「弘徽殿の女御ももう大丈夫だ。麗景殿の皇子もすっかりお元気になられたからな。姫は宴に参加した経験はあるか?」

「いえ、ありませぬ」

 四人だけの宴ならついこの前あったが、あれは違う。宮中の行事である宴となればまったく別物だろう。

「おお、それならば楽しみにしておくといい。妓女が踊ったり、宮中のいい男がとっかえひっかえ舞を披露したり管弦を楽しんだりするのだ。姫は飲み食いしながら眺めればよい」

 ほぅ、と翠子はうなずいた。

 妓女はさぞかし美しいに違いないし、公達はいったいどんな舞を見せてくれるのか、想像しただけで楽しそうだ。

「そうなのですね。唯泉さまは? なにかなさるのですか?」

「ああ、煌仁と舞うぞ」

「なんと!」と朱依が声を上げて喜ぶ。

「楽しみですね! 姫さま」

 翠子の頬が扇の内側で赤くなる。

 それから、話のついでに翠子は蝶の話を唯泉にしてみた。

 夜になると相談に現れる女性たちの中に、同じように家族からの文を心配する女性がいて、皆どこかに蝶柄の物を身に着けている。

「気のせいかもしれませんが」

 念のためそう前置きした。

「姫がそう思うからには何かあるのだろう」

 唯泉は気のせいだとは言わなかった。

 翠子はごくりと喉を鳴らし細い息を吐く。

 言われてなお自分のひと言の影響を考え、否が応でも緊張する。気持ちを落ち着けてから口を開いた。

「蝶の柄が気になるのです。弘徽殿の女房にそのうちの三人、もしくは四人いるようです。麗景殿にもひとり」

 ほぅ、と唯泉は意味ありげに微笑む。

「頭中将は蝶柄が好きな男だからな」

「そうなのですか?」

「ああ、意図せず自分の印を付けているのかもしれぬ。所有物かなにかと勘違いしているのではないか」

 なるほどと思う。

 言われてみれば、どの蝶も頭中将と同じ空気をまとっているような気がした。

 女性たちは皆おとなしく控えめであるのに、印象とは真逆の、蝶からはねっとりした妖艶ななにかを感じた。

 似つかわしくないという違和感が、心に引っ掛かっていたのかと翠子は納得する。。

 そして蝶だけでなく、彼女たちから一様に感じる不安も唯泉に伝えると、彼はその件について慎重に探ってみると言う。

「親か家族が、左大臣家に出入りしているのだろうな」

 左大臣家ともなれば上級の使用人は貴族だ。通常は通いであるはずが、帰って来ないとか、帰ってこられないとか、そういう状況なのではないだろうかと。

「見せてもらった文の内容は、心配ないと訴えているので証拠にはならないと思いますが」

 唯泉は力強くうなずく。

「それだけわかれば十分だ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

【完結】こっち向いて!少尉さん - My girl, you are my sweetest! - 

文野さと@書籍化・コミカライズ
恋愛
今日もアンは広い背中を追いかける。 美しい近衛士官のレイルダー少尉。彼の視界に入りたくて、アンはいつも背伸びをするのだ。 彼はいつも自分とは違うところを見ている。 でも、それがなんだというのか。 「大好き」は誰にも止められない! いつか自分を見てもらいたくて、今日もアンは心の中で呼びかけるのだ。 「こっち向いて! 少尉さん」 ※30話くらいの予定。イメージイラストはバツ様です。掲載の許可はいただいております。 物語の最後の方に戦闘描写があります。

後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

処理中です...