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第8話『蛇の魔女エラフィンと偶像の森』
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兎にも角にも現在のレンリエッタは身分も住所も身寄りも無い名無しのジェーン状態なのである。二人は予定を切り上げて直ぐにレンリエッタの師となる魔女、エラフィンの元へと向かって師弟関係を正式に結ぶ必要があった。
だがエラフィンの住む場所は現在地のサタニズム街から遠く…クランクス王都を離れた場所にあるので少々特殊な移動手段を用意しなければならなかった。
「グリス、特殊な移動手段って一体何なの?そろそろ教えてよ。」
「もうすぐ到着いたしますよ、ほらすぐそこでございます。」
「うーん?」
サタニズム街から少し歩き、二人が到着した先はなんとも開けた場所だった。鉄柵に囲まれただだっ広い空き地と言えば良いのだろうか、平べったい石の地面には黄色いペンキで描かれた大きな四角が幾つも並び、その四角の中には番号が振られている。近くに見える建物は無し…周囲には人っ子一人も居ない。
本当にこんな所で移動手段など確保できるのだろうかとレンリエッタは怪しんだ。
「………ねぇ、ここなぁに?」
「スカイドラグーン搬送の指定着地場でございます。遠くへ迅速に向かう必要があれば此処以上に相応しい場所は無いのですが……今はあまり、いえかなり寂れていますね…」
「スカイドラグーン?」
「言うなれば送迎をしてくれる会社ございますね。何処へでも何時でもと言うのがモットーです。」
「何がなんだか分からないけど、教えてくれる気がないなら待つよ…こう見えても待つのは得意だから。」
「きっと直ぐにやってきますよ、予定時刻より5分も遅刻しているんですから…」
どうやらスカイドラグーンとやらの指定着地場という場所らしい。送迎をしてくれるらしいが、一体いつやってくるのだろうか。グリスの話では5分もオーバーしているらしいのでレンリエッタは尚更不安になって来た。
だが、それにしても一体何の乗り物で送迎してくれるのだろうか…この世界に来てから車も道路も見ていないのでイマイチ想像が出来ない。まさかドラゴンで来るのではないのだろうか、いいや…それは明らかに空想が過ぎる…
レンリエッタがそんな風に考えながら待ちわびていると、バサバサと羽ばたく音が遠くから聞こえて来た。それに気づいたのはグリスも同じであり、彼は音の出る方向…空を見上げて言った。
「あぁ!来ましたよ!あれでございます!」
「う、う~ん…?なに、あれ…?……鳥?」
「いいえ、鳥なんかよりもずっと良い物ですよ。」
グリスの差す方向、北の空を向いてみれば謎の生物がバサバサとこちらへやって来るのが見えた。最初はその音と見た目から鳥を連想したレンリエッタだったが、そのシルエットが近づく度に予想を大きく超えて来た。
鳥か…?飛行機か…?……いいや!ドラゴンだ!!
【グォォァァアアア!!】
「うわぁあああ!!?な、なにこれ!?」
「スカイドラグーン搬送の送迎を担当する飛竜でございます。今回のはその中でも特殊な個体をオーダーしたのですよ。」
二人の前にドスンッと舞い降りて来たのは黒いドラゴンだった。全身に幾つかの傷が走り、頭には兜を深く被っており、その背には座席と操縦席……そして操縦席に座っていたのは老輩の角生えヘルドであった。
彼はヒョコッとこちらへ顔を向けるとゴーグルを上げ、豪快な声を掛けた。
「がーっはっはっは!!遅れてすまんな!暴走族に出くわしちまってディープが暴れるのなんのって…だがキッチリ参上させてもらったぞ!」
「どうもお久しぶりでございます、ファングース様…相変わらずお元気そうで。」
「全く元気だけが取り柄ってもんだ!そっちこそ相変わらずのカチカチ言葉ぶりには感心するぞグリス……それにしたってお前さん、いつ娘なんか設けたんだ?」
「え?いや…私は違います、レンリエッタです…」
ファングースという名の男はレンリエッタ見た中で最も男らしい男であった。筋骨隆々で背が高く、顔には立派な灰色のひげを蓄え、赤い肌と二本の角はまさに典型的な悪魔…ではなくヘルドである。
彼はレンリエッタを見てグリスの娘だと誤解していたが、たった一言「お嬢様です」という言葉で直ぐに理解した様だった。するとファングースはひょいっと軽々しくドラゴンの背から飛び降り、レンリエッタの顔をまじまじと眺めた。
「……おぉ、確かによく似てらっしゃるな…瞳は父親にそっくりだ…」
「私の両親の事、知ってるんですか?」
「知っているも何も!ヘイルホーン家専属の竜使い、ファングース・ドラフェンとは俺の事だ!……まぁ昔の話だが…」
「お嬢様、ファングース様はかつて旦那様の送迎や護衛を行っていた方でございます。見た目や言動こそ胡散臭いですが飛竜の扱いに関しては正真正銘のプロですよ。」
「じゃあ凄腕の竜使いってこと…?す、すごく…かっこいい…!」
「ま!今となっちゃぁ見ての通り、くいっぱぐれ無いために送迎屋で身を粉にするライダーさ…だがまた会えて良かった、最後に見た時は…まだ腹の中だったからな。」
ヘイルホーン家に仕えていた凄腕の竜使いとは、中々に興奮させてくれる肩書だ。レンリエッタは過去について色々と話し合いたい気持ちがあったが、そんな暇など惜しいくらいに今は急がなくてはならないのだ。
「さて、ファングース様。お願い出来ますかね?」
「あぁもちろんだ!エラフィンのお嬢ンところまでだろう?俺もディープも準備せずとも万端だ!」
【グォオオ!!】
「素晴らしい!ではお嬢様、ドラゴンに乗りましょうか。手を貸しますよ。」
「あ、ありがとう……うわ、温かくて…なんかベタベタしてる…」
「そいつは脂汗だ、あるいは……いや、言わん方が良いだろう」
「えぇ…」
グリスとファングースに手伝ってもらいながらレンリエッタはやっとこそドラゴンの背に備え付けられた座席に座り込んだ。座席にはベルトが幾つも付けられていたが、グリスによると法律上3つ以上装着しないと違反になるらしい。
レンリエッタが念入りにベルトを締めていれば、もう離陸準備は整っていた。グリスはちょっとばかり狭そうだが。
「さぁ行くぞ!言っておくが口は開けんようにな!さもないと鳥や虫が突っ込んでくるぞ!!」
「ちょ、ちょっと心の準備が…」
「ハイヤァッー!!」
【グァウウウウッ!!】
「うわぁーーっ!!」
レンリエッタの深呼吸も虚しくドラゴンは体を大きく揺らしながら飛び立った。その離陸速度と言ったら早いどころではない。大きな翼を一振りすればバシューンッと地上は瞬く間に遠くなり、サタニズム街は豆つぶのように縮んでしまった。
しかし衝撃はかなりのものだが、恐怖に勝ればこれ以上に美しい光景は無いだろう。クランクス王国の王都全体が見渡せる空の景色はとても壮大だ。
雲にも手が届きそうなほど高く舞い上がったドラゴンは空中で羽ばたき、高度を維持しながら周囲を見渡した。
「はぁ…!はぁ…!し、死ぬかと思った…」
「誰も最初はそう思いますよ…私もそうでした。…それで、エラフィン様の住居は偶像の森でございますが…ほらお嬢様、あの森林地帯でございます。」
「え?…あの森?……人が住んでる風には見えないけど…」
グリスの指す方向を眺めてみると巨大な森林地帯が生い茂っているのが見えた。上空からだと言うのに暗そうな森には開けた場所も建物なども一切見えず、ただ木々が広がっているだけに見えるが…本当にあのような場所に居るのだろうか。
レンリエッタの疑問にファングースは笑いながら答えた。
「はははは!確かに人が住んでる様には見えないな…だが、あのお方はそういう所を好むのさ、静かでジメジメしていて…それで滅多に誰も来ない場所さ。一応村はあるんだが、住んでるのは世間を嫌う偏屈者ばかりだと聞くな。」
「でもどうして?聞いた話によればエラフィン様ってすごい人なのに…なんで隠れるように住んでるの?」
「うーむ…なんと言いますか…エラフィン様はとても……独特なお方なのですよ…独特な…」
「つまり変な人ってこと?」
「否定はしません……ですがエラフィン様は賑やかなのが好きではありませんからね、喧騒から離れたいという理由もあるのかもしれません。」
散々聞いた話によればエラフィンという魔術師はレンリエッタの父も師として尊敬していた偉大なる魔女である。そんな彼女が人手の多い場所を嫌い、森に隠れ住んでいるという話はどうにも信じがたいものだ。
便利な街を離れるのはそれなりの事情があるのかもしれないがレンリエッタは「どうせ住むなら賑やかな場所が良い」と思った。
そしてドラゴンは暗い森を目指して飛び始めた。先ほどの上昇に比べれば緩やかだったが、それでも風圧が強く、まるで風の壁を押し付けられている様だ。
しばらく飛び、ある程度慣れて周囲を見渡せるようになったレンリエッタは東の遠くに輝く海を眺めた。キラキラと太陽に照らされて輝く青い海……是非とも泳ぎに行ってみたいと思ったが、恐ろしく巨大な海獣が頭を海上へ突き出すのを見てその気はすぐに失せてしまった…
この世界に慣れるにはまだまだ時間が必要らしい。
「さぁもうすぐだ……ここいらに目印があったはずだが…よし、あそこだな!」
ファングースは森の上空を飛び、降りる場所を探し始めた。まるで天井のように地面を覆い尽くす森のド真ん中に降りられそうな場所は見当たらなかったが、目印があった。
それは他の個体より少しばかり背の高い木であり、その頂点には赤いリボンが結び付けられ、風で靡いていた。
「森の中を無理やり降りるの?」
「まさか、合言葉を言うだけさ。……ラ・ナイバ・レイジェ!」
彼が大声でそう言うと木々はざわめき、鳥たちが飛び立つと同時にまるで足が生えたかのように木たちは動き出し、ちょうどドラゴンが降りられそうなくらいに平坦な地が姿を現した。
合言葉の意味は全く分からなかったがグリスが「なんと下品な…」と呟くあたり、良い言葉では無いのだろう。
ドラゴンは開けた地面へドシンッと降り立ち、レンリエッタもようやく地面と再会できた。たった数十分の空の旅だと言うのに自分の足で立つのが妙に懐かしく思えた。
「はぁー!じ、地面だ…」
「そんじゃ、エラフィン嬢によろしくな。」
「ファングース様、この度は予約を切り上げるなど無理をさせてすみませんでした。」
「いんや!料金はしっかり前払いでもらってんだ、サービス料だってそのうちさ。じゃあな、レンリエッタ!頑張れよー!…ハイヤァーーッ!!」
「バイバーイ!…ぉおっと!?」
二人を降ろしたファングースは直ぐに上空へと飛び立ち、次なる客の元へと向かってしまった。離陸時の風圧に倒れそうになりながらも別れを告げたレンリエッタは周囲を見渡してみたが……目に入るのは木、草、草、木…そして岩とか木だらけ。
改めて思うが本当にこのような場所に人が住んでいるのだろうか?
「それで……えーっと…エラフィン様の家はどこ?」
「ここから少し歩いた場所ですよ。たしか目印が……あぁ、ありました。こちらへ、お嬢様。」
「また目印かぁ…」
グリスの招きにレンリエッタが向かってみると、彼が目印と言うのは岩であった。外観はただの変哲も無い岩だったが……裏に回ってみると、鳥の模様が彫られているのが見えた。
その彫り物からは妙なキラキラとした光が溢れ出し、まるで蛾を誘うランプのように光が揺らめている。それはレンリエッタが幾度となく見て来たあの光によく似ていた。
「うわぁ…キラキラだぁ」
「このフクロウが向く方角にエラフィン様の館がございます。」
「じゃあ……この、道も何も無い…森の中を進むの?大変そう…」
「いいえ、きちんとした合図を送れば苦労などいりませんよ。」
「その合図ってまた合言葉?」
「その通りでございます、しかし今回はひと手間加える必要があるのです。」
そう言ってグリスはステッキを帽子から取り出すと、鳥(不格好なフクロウだ)の模様をトンッと一回叩いてから、もう二度トトンッと叩いて合言葉を言った。
「狡猾、蛮勇、暴力よ…永遠なれ。」
「うわぁお、分かりやすい」
合言葉を聞いた鳥の模様は緑色に光り出し、周囲の木々がまたしても騒めき出した。そして地を揺らすグラグラとした振動が辺り一帯に走ったかと思えば二人の背からバサバサと激しい音が聞こえた。
振り返ってみると、そこには歩きやすそうな木道が敷かれているではないか。エラフィンはとことん隠すのが好きらしい。
「ひとつ言っておきますが、この辺の森はエラフィン様によって強力な迷宮化の魔法が掛けられているのです…なので絶対に道を外れないでくださいね?そうなった場合…お嬢様は永遠に森を彷徨い続ける事になってしまうので。」
「ひぃい!わ、分かった…絶対に道から出ないよ……ねぇ…手を繋いでも良い?」
「もちろんでございます!さぁどうぞ、行きましょうか。」
レンリエッタはグリスと手を繋ぎ、木の道を歩き始めた。少し歩くと背の方でゾゾゾッと木のうごめく音が聞こえ、周囲が鬱蒼と暗くなった。真昼だと言うのが嘘みたいに暗く、そして寒い…
なぜか段々と不安な気持ちに駆られ、レンリエッタはもしもグリスと一緒じゃ無かったら引き返していただろうと思った。ふと道から外れた深い森の中に目を向けてみれば、ギョッと輝く瞳をした鳥や見慣れないゆらゆらと動く花、ものすごく背の高い人型の何かが木々の間を通り抜けて行くのが見えた…本当に恐ろしい場所だ。
恐怖からレンリエッタは握っている手の力を少し強めると、グリスは言った。
「ご安心ください、お嬢様。怖いものは何もございませんよ。」
「でも…なんか変だよ、この森の中…」
「もうすぐですよ。」
一体どれほど歩いたのだろうか、何時間も歩いたような気もすれば、たった十分もしないような気もした。だが、ようやく周囲の景色が明るくなって来た事でレンリエッタは先ほどの恐怖がサッパリと消え、段々と元気を取り戻して来た。
そして、しっかりとした歩き方で木の道を終え、地面を踏みしめたレンリエッタの目の前に建つのは陽に照らされた一軒の館であった。
「此処がエラフィン様の住居でございます。」
「すごいや…森の真ん中にこんな場所があったなんて…上からは全く分からなかったのに!」
「先ほども言いましたがここら辺はとても強力な迷宮の魔法が掛かっているのです。私達が見ていた景色はあくまでも外観であり、現在我々の見ているこの場所こそが本当の偶像の森なのですよ。」
二人の前に立つのは開けた場所に建つ館。白い木造の館で屋根は黒い瓦張り、元々は2階建てだった様だが取ってつけたような3階が上に置かれている。右側にはツタが絡まる高い塔が伸び、ツタを辿ると小さなガラス張りの温室が見える。
周囲は開けており、温かい真昼の太陽が燦々と照らしているが外からでは見えないようになっているらしい。立派な住居にレンリエッタは思わず口をぽかんと開けたまま、しばらく見惚れていた。
「さぁエラフィン様に会いましょう、きっと喜ぶと思いますよ。」
「う、うん……でも、なんだか緊張してきたなぁ…」
「大丈夫です、エラフィン様はあまり意地悪な方では…ありますが、良い人に変わりはありません。少なくとも私達にとってはの話ですが…」
いよいよエラフィンと対面できる。そう考えるとレンリエッタはとてつもなくプレッシャーや不安など胸の中でギトギトと煮えさせていたが、ここまで来たなら後戻りなど出来ない。
フンッと胸を張って歩き、レンリエッタはグリスと共に扉を前にするといつもの調子に戻った。
そしてグリスが扉をノックしようとした、その時…中から声が響いた。
『ノックはいらないよ、さっさと入りな。』
「そう申すのであれば……エラフィン様、お邪魔しますよ。」
「お邪魔します……わぁ…!」
グリスがドアを開けて中へと入り、レンリエッタも続いて入った。するとどうだろうか、内部はまさに不思議と言うか混沌としている。床に敷かれた奇妙な模様のカーペット、独特な形状をした家具、積み上げられた数多の本、そして壁や天井に吊るされた数え切れないほどの魔除け…
独特な匂いが充満するその部屋に、彼女は居た…
「あれから13年以上経ったね……それで、ようやくお出ましってわけかい?」
「ヒィイッ!?だ、誰!?……まさか…あなたが…エラフィン様…?」
「なんだい、人を見るなりネズミみたいに叫ぶなんて…私の見た目が恐ろしいとでも言いたいわけ?」
「お言葉ですがエラフィン様……あなた様の見た目は…恐ろしいですよ。」
レンリエッタはエラフィンを見てゾッとしながら叫びを上げた。
無理もない、ようやく目にした彼女の姿と言うのは…とても変わっていたからだ。アイボリー色の癖のある髪の毛や金色の瞳孔は普通と言えよう……だがしかし、その肌は深緑色の鱗で覆われ、眼は黒く、口からチロチロと飛び出す舌は細長い…まるで蛇の怪物の様だった。
顔の形や体形は背の高い女性そのものであったが、その異質な見た目はレンリエッタを恐怖させるには十分だろう。
ちなみに服装は黒いホルターネックのドレスというやや刺激的なものであり、杖は奇妙な木彫りの動物が付いたものを持っていた。
「ま、そりゃそうよね。それで…アンタがハーメイカで間違いないんだろうね」
「はい…けど、私はみんなからレンリエッタって呼ばれてました。」
「レンリエッタ?じゃあそう呼ばせてもらうわ、私はエラフィン…エラフィン・リップ・ファングステンよ。この館の主であり、超一流の大天才魔法使いなんだから。」
「えぇっと……は、はは…うん。」
そう言い、エラフィンは腕を伸ばして来たのでレンリエッタはその手を握って握手したが…ジトッとした肌触りがなんとも不気味だった。見た目は恐ろしいが、本当に魔法使いなのかと疑ってしまいそうだ。
だが魔女と言われれば納得できるのは何故なのだろうか…
「それで……いきなりだけど、アンタが此処に来たってことは…それなりの覚悟があっての事よね?」
「覚悟?魔法使いになる覚悟なら…あります!」
「え?いやいや、そんな事じゃなくて…私が聞きたいのは、死ぬほど扱き使われて雑巾のようにくたばる覚悟があるかってことよ。」
「……えっ?」
その言葉を聞いたレンリエッタは思わず固まった。てっきり覚悟とは魔法を扱ったりする事に対してかと思いきや、そうでも無いらしい。
エラフィンは顔色を変えずに奥のソファにゆったりと座った。グリスは黙ってレンリエッタの返事を待っている。
「え、じゃないわよ。アンタにその覚悟があるか聞いてるの。言っとくけど私の稽古は生易しくないよ、育てるにはきっかり一流の魔法使いにさせるからね。泣き言や言い訳は一切なし、逃げる事も許さないよ。どれだけ苦しかろうが、四肢がバラバラになろうが、たとえ死んでも稽古は終わらない……私の弟子になるってのはそういう事さ。」
淡々と、どこか面白げにそう語ってみせるエラフィンはニィッと笑って光る牙を見せ付けた。レンリエッタはその様を見て彼女がどれほど恐ろしい存在であるが瞬時に悟ったのだ。風変わりな婆さんではない、目の前に居るのは紛れもなく高名な魔法使いである…
エラフィンはその後も「そう言えばバラバラに砕け散ったヤツも居たねぇ」と言い、レンリエッタをビビらせたが…もう答えはきまっていた。
「もちろん……あります、私はどんなに辛い稽古でも耐えてみます!」
「ほぉう?その自信はどこから来るんだい?」
「私の父親があなたと約束したなら…私には出来るって信じていたからだと思います……だから私もお父さんを信じたい。」
「お嬢様…」
レンリエッタの自信は父親から来るものだった。グリスはレンリエッタの父、ヘイルホーン氏がエラフィンに娘が14歳になったら修行を付けさせると約束したと言っていた、ならばそれは彼が自分の事を信じてくれているからだと理解したのだ。
その答えにエラフィンは少し顔を緩めて言った。
「そうでしょうとも、確かにアイツはアンタの事を信じてたさ……だからこそ私もアンタの可能性を信じて、ずっと待っていたのさ。」
「…じゃ、じゃあ…!」
「おっと!まだ正式に弟子入りを認めるとは言ってないよ、だけど…そうさね、最初の課題は通過だね。信じるって事は大切な事だとよーく理解してるじゃないか。」
先ほどの威圧感は無くなり、レンリエッタはすっかりエラフィンに対して緊張感を抱かなくなっていた事に気が付いた。まだ正式に弟子入りが認められたわけではないが、最初の課題とやらは通過した様だ。
「いいかいレンリエッタ…あんたは魔法使いになる、私が魔法使いにさせる。信じてくれるだろうね?」
「うん!もちろん!!すごく偉い魔法使いだって聞いてるもん!」
「はははは!まぁ、それほどでもあるね!よく言い聞かせてるじゃないか、グリス」
「私めは事実を話しただけでございます。」
得意げに笑うエラフィンを見てレンリエッタは彼女こそが父にも魔法を教えた師だと分かった。
「さて、課題は終わっちゃいないよ?まだもう一つ残ってるからね?」
つづく…
だがエラフィンの住む場所は現在地のサタニズム街から遠く…クランクス王都を離れた場所にあるので少々特殊な移動手段を用意しなければならなかった。
「グリス、特殊な移動手段って一体何なの?そろそろ教えてよ。」
「もうすぐ到着いたしますよ、ほらすぐそこでございます。」
「うーん?」
サタニズム街から少し歩き、二人が到着した先はなんとも開けた場所だった。鉄柵に囲まれただだっ広い空き地と言えば良いのだろうか、平べったい石の地面には黄色いペンキで描かれた大きな四角が幾つも並び、その四角の中には番号が振られている。近くに見える建物は無し…周囲には人っ子一人も居ない。
本当にこんな所で移動手段など確保できるのだろうかとレンリエッタは怪しんだ。
「………ねぇ、ここなぁに?」
「スカイドラグーン搬送の指定着地場でございます。遠くへ迅速に向かう必要があれば此処以上に相応しい場所は無いのですが……今はあまり、いえかなり寂れていますね…」
「スカイドラグーン?」
「言うなれば送迎をしてくれる会社ございますね。何処へでも何時でもと言うのがモットーです。」
「何がなんだか分からないけど、教えてくれる気がないなら待つよ…こう見えても待つのは得意だから。」
「きっと直ぐにやってきますよ、予定時刻より5分も遅刻しているんですから…」
どうやらスカイドラグーンとやらの指定着地場という場所らしい。送迎をしてくれるらしいが、一体いつやってくるのだろうか。グリスの話では5分もオーバーしているらしいのでレンリエッタは尚更不安になって来た。
だが、それにしても一体何の乗り物で送迎してくれるのだろうか…この世界に来てから車も道路も見ていないのでイマイチ想像が出来ない。まさかドラゴンで来るのではないのだろうか、いいや…それは明らかに空想が過ぎる…
レンリエッタがそんな風に考えながら待ちわびていると、バサバサと羽ばたく音が遠くから聞こえて来た。それに気づいたのはグリスも同じであり、彼は音の出る方向…空を見上げて言った。
「あぁ!来ましたよ!あれでございます!」
「う、う~ん…?なに、あれ…?……鳥?」
「いいえ、鳥なんかよりもずっと良い物ですよ。」
グリスの差す方向、北の空を向いてみれば謎の生物がバサバサとこちらへやって来るのが見えた。最初はその音と見た目から鳥を連想したレンリエッタだったが、そのシルエットが近づく度に予想を大きく超えて来た。
鳥か…?飛行機か…?……いいや!ドラゴンだ!!
【グォォァァアアア!!】
「うわぁあああ!!?な、なにこれ!?」
「スカイドラグーン搬送の送迎を担当する飛竜でございます。今回のはその中でも特殊な個体をオーダーしたのですよ。」
二人の前にドスンッと舞い降りて来たのは黒いドラゴンだった。全身に幾つかの傷が走り、頭には兜を深く被っており、その背には座席と操縦席……そして操縦席に座っていたのは老輩の角生えヘルドであった。
彼はヒョコッとこちらへ顔を向けるとゴーグルを上げ、豪快な声を掛けた。
「がーっはっはっは!!遅れてすまんな!暴走族に出くわしちまってディープが暴れるのなんのって…だがキッチリ参上させてもらったぞ!」
「どうもお久しぶりでございます、ファングース様…相変わらずお元気そうで。」
「全く元気だけが取り柄ってもんだ!そっちこそ相変わらずのカチカチ言葉ぶりには感心するぞグリス……それにしたってお前さん、いつ娘なんか設けたんだ?」
「え?いや…私は違います、レンリエッタです…」
ファングースという名の男はレンリエッタ見た中で最も男らしい男であった。筋骨隆々で背が高く、顔には立派な灰色のひげを蓄え、赤い肌と二本の角はまさに典型的な悪魔…ではなくヘルドである。
彼はレンリエッタを見てグリスの娘だと誤解していたが、たった一言「お嬢様です」という言葉で直ぐに理解した様だった。するとファングースはひょいっと軽々しくドラゴンの背から飛び降り、レンリエッタの顔をまじまじと眺めた。
「……おぉ、確かによく似てらっしゃるな…瞳は父親にそっくりだ…」
「私の両親の事、知ってるんですか?」
「知っているも何も!ヘイルホーン家専属の竜使い、ファングース・ドラフェンとは俺の事だ!……まぁ昔の話だが…」
「お嬢様、ファングース様はかつて旦那様の送迎や護衛を行っていた方でございます。見た目や言動こそ胡散臭いですが飛竜の扱いに関しては正真正銘のプロですよ。」
「じゃあ凄腕の竜使いってこと…?す、すごく…かっこいい…!」
「ま!今となっちゃぁ見ての通り、くいっぱぐれ無いために送迎屋で身を粉にするライダーさ…だがまた会えて良かった、最後に見た時は…まだ腹の中だったからな。」
ヘイルホーン家に仕えていた凄腕の竜使いとは、中々に興奮させてくれる肩書だ。レンリエッタは過去について色々と話し合いたい気持ちがあったが、そんな暇など惜しいくらいに今は急がなくてはならないのだ。
「さて、ファングース様。お願い出来ますかね?」
「あぁもちろんだ!エラフィンのお嬢ンところまでだろう?俺もディープも準備せずとも万端だ!」
【グォオオ!!】
「素晴らしい!ではお嬢様、ドラゴンに乗りましょうか。手を貸しますよ。」
「あ、ありがとう……うわ、温かくて…なんかベタベタしてる…」
「そいつは脂汗だ、あるいは……いや、言わん方が良いだろう」
「えぇ…」
グリスとファングースに手伝ってもらいながらレンリエッタはやっとこそドラゴンの背に備え付けられた座席に座り込んだ。座席にはベルトが幾つも付けられていたが、グリスによると法律上3つ以上装着しないと違反になるらしい。
レンリエッタが念入りにベルトを締めていれば、もう離陸準備は整っていた。グリスはちょっとばかり狭そうだが。
「さぁ行くぞ!言っておくが口は開けんようにな!さもないと鳥や虫が突っ込んでくるぞ!!」
「ちょ、ちょっと心の準備が…」
「ハイヤァッー!!」
【グァウウウウッ!!】
「うわぁーーっ!!」
レンリエッタの深呼吸も虚しくドラゴンは体を大きく揺らしながら飛び立った。その離陸速度と言ったら早いどころではない。大きな翼を一振りすればバシューンッと地上は瞬く間に遠くなり、サタニズム街は豆つぶのように縮んでしまった。
しかし衝撃はかなりのものだが、恐怖に勝ればこれ以上に美しい光景は無いだろう。クランクス王国の王都全体が見渡せる空の景色はとても壮大だ。
雲にも手が届きそうなほど高く舞い上がったドラゴンは空中で羽ばたき、高度を維持しながら周囲を見渡した。
「はぁ…!はぁ…!し、死ぬかと思った…」
「誰も最初はそう思いますよ…私もそうでした。…それで、エラフィン様の住居は偶像の森でございますが…ほらお嬢様、あの森林地帯でございます。」
「え?…あの森?……人が住んでる風には見えないけど…」
グリスの指す方向を眺めてみると巨大な森林地帯が生い茂っているのが見えた。上空からだと言うのに暗そうな森には開けた場所も建物なども一切見えず、ただ木々が広がっているだけに見えるが…本当にあのような場所に居るのだろうか。
レンリエッタの疑問にファングースは笑いながら答えた。
「はははは!確かに人が住んでる様には見えないな…だが、あのお方はそういう所を好むのさ、静かでジメジメしていて…それで滅多に誰も来ない場所さ。一応村はあるんだが、住んでるのは世間を嫌う偏屈者ばかりだと聞くな。」
「でもどうして?聞いた話によればエラフィン様ってすごい人なのに…なんで隠れるように住んでるの?」
「うーむ…なんと言いますか…エラフィン様はとても……独特なお方なのですよ…独特な…」
「つまり変な人ってこと?」
「否定はしません……ですがエラフィン様は賑やかなのが好きではありませんからね、喧騒から離れたいという理由もあるのかもしれません。」
散々聞いた話によればエラフィンという魔術師はレンリエッタの父も師として尊敬していた偉大なる魔女である。そんな彼女が人手の多い場所を嫌い、森に隠れ住んでいるという話はどうにも信じがたいものだ。
便利な街を離れるのはそれなりの事情があるのかもしれないがレンリエッタは「どうせ住むなら賑やかな場所が良い」と思った。
そしてドラゴンは暗い森を目指して飛び始めた。先ほどの上昇に比べれば緩やかだったが、それでも風圧が強く、まるで風の壁を押し付けられている様だ。
しばらく飛び、ある程度慣れて周囲を見渡せるようになったレンリエッタは東の遠くに輝く海を眺めた。キラキラと太陽に照らされて輝く青い海……是非とも泳ぎに行ってみたいと思ったが、恐ろしく巨大な海獣が頭を海上へ突き出すのを見てその気はすぐに失せてしまった…
この世界に慣れるにはまだまだ時間が必要らしい。
「さぁもうすぐだ……ここいらに目印があったはずだが…よし、あそこだな!」
ファングースは森の上空を飛び、降りる場所を探し始めた。まるで天井のように地面を覆い尽くす森のド真ん中に降りられそうな場所は見当たらなかったが、目印があった。
それは他の個体より少しばかり背の高い木であり、その頂点には赤いリボンが結び付けられ、風で靡いていた。
「森の中を無理やり降りるの?」
「まさか、合言葉を言うだけさ。……ラ・ナイバ・レイジェ!」
彼が大声でそう言うと木々はざわめき、鳥たちが飛び立つと同時にまるで足が生えたかのように木たちは動き出し、ちょうどドラゴンが降りられそうなくらいに平坦な地が姿を現した。
合言葉の意味は全く分からなかったがグリスが「なんと下品な…」と呟くあたり、良い言葉では無いのだろう。
ドラゴンは開けた地面へドシンッと降り立ち、レンリエッタもようやく地面と再会できた。たった数十分の空の旅だと言うのに自分の足で立つのが妙に懐かしく思えた。
「はぁー!じ、地面だ…」
「そんじゃ、エラフィン嬢によろしくな。」
「ファングース様、この度は予約を切り上げるなど無理をさせてすみませんでした。」
「いんや!料金はしっかり前払いでもらってんだ、サービス料だってそのうちさ。じゃあな、レンリエッタ!頑張れよー!…ハイヤァーーッ!!」
「バイバーイ!…ぉおっと!?」
二人を降ろしたファングースは直ぐに上空へと飛び立ち、次なる客の元へと向かってしまった。離陸時の風圧に倒れそうになりながらも別れを告げたレンリエッタは周囲を見渡してみたが……目に入るのは木、草、草、木…そして岩とか木だらけ。
改めて思うが本当にこのような場所に人が住んでいるのだろうか?
「それで……えーっと…エラフィン様の家はどこ?」
「ここから少し歩いた場所ですよ。たしか目印が……あぁ、ありました。こちらへ、お嬢様。」
「また目印かぁ…」
グリスの招きにレンリエッタが向かってみると、彼が目印と言うのは岩であった。外観はただの変哲も無い岩だったが……裏に回ってみると、鳥の模様が彫られているのが見えた。
その彫り物からは妙なキラキラとした光が溢れ出し、まるで蛾を誘うランプのように光が揺らめている。それはレンリエッタが幾度となく見て来たあの光によく似ていた。
「うわぁ…キラキラだぁ」
「このフクロウが向く方角にエラフィン様の館がございます。」
「じゃあ……この、道も何も無い…森の中を進むの?大変そう…」
「いいえ、きちんとした合図を送れば苦労などいりませんよ。」
「その合図ってまた合言葉?」
「その通りでございます、しかし今回はひと手間加える必要があるのです。」
そう言ってグリスはステッキを帽子から取り出すと、鳥(不格好なフクロウだ)の模様をトンッと一回叩いてから、もう二度トトンッと叩いて合言葉を言った。
「狡猾、蛮勇、暴力よ…永遠なれ。」
「うわぁお、分かりやすい」
合言葉を聞いた鳥の模様は緑色に光り出し、周囲の木々がまたしても騒めき出した。そして地を揺らすグラグラとした振動が辺り一帯に走ったかと思えば二人の背からバサバサと激しい音が聞こえた。
振り返ってみると、そこには歩きやすそうな木道が敷かれているではないか。エラフィンはとことん隠すのが好きらしい。
「ひとつ言っておきますが、この辺の森はエラフィン様によって強力な迷宮化の魔法が掛けられているのです…なので絶対に道を外れないでくださいね?そうなった場合…お嬢様は永遠に森を彷徨い続ける事になってしまうので。」
「ひぃい!わ、分かった…絶対に道から出ないよ……ねぇ…手を繋いでも良い?」
「もちろんでございます!さぁどうぞ、行きましょうか。」
レンリエッタはグリスと手を繋ぎ、木の道を歩き始めた。少し歩くと背の方でゾゾゾッと木のうごめく音が聞こえ、周囲が鬱蒼と暗くなった。真昼だと言うのが嘘みたいに暗く、そして寒い…
なぜか段々と不安な気持ちに駆られ、レンリエッタはもしもグリスと一緒じゃ無かったら引き返していただろうと思った。ふと道から外れた深い森の中に目を向けてみれば、ギョッと輝く瞳をした鳥や見慣れないゆらゆらと動く花、ものすごく背の高い人型の何かが木々の間を通り抜けて行くのが見えた…本当に恐ろしい場所だ。
恐怖からレンリエッタは握っている手の力を少し強めると、グリスは言った。
「ご安心ください、お嬢様。怖いものは何もございませんよ。」
「でも…なんか変だよ、この森の中…」
「もうすぐですよ。」
一体どれほど歩いたのだろうか、何時間も歩いたような気もすれば、たった十分もしないような気もした。だが、ようやく周囲の景色が明るくなって来た事でレンリエッタは先ほどの恐怖がサッパリと消え、段々と元気を取り戻して来た。
そして、しっかりとした歩き方で木の道を終え、地面を踏みしめたレンリエッタの目の前に建つのは陽に照らされた一軒の館であった。
「此処がエラフィン様の住居でございます。」
「すごいや…森の真ん中にこんな場所があったなんて…上からは全く分からなかったのに!」
「先ほども言いましたがここら辺はとても強力な迷宮の魔法が掛かっているのです。私達が見ていた景色はあくまでも外観であり、現在我々の見ているこの場所こそが本当の偶像の森なのですよ。」
二人の前に立つのは開けた場所に建つ館。白い木造の館で屋根は黒い瓦張り、元々は2階建てだった様だが取ってつけたような3階が上に置かれている。右側にはツタが絡まる高い塔が伸び、ツタを辿ると小さなガラス張りの温室が見える。
周囲は開けており、温かい真昼の太陽が燦々と照らしているが外からでは見えないようになっているらしい。立派な住居にレンリエッタは思わず口をぽかんと開けたまま、しばらく見惚れていた。
「さぁエラフィン様に会いましょう、きっと喜ぶと思いますよ。」
「う、うん……でも、なんだか緊張してきたなぁ…」
「大丈夫です、エラフィン様はあまり意地悪な方では…ありますが、良い人に変わりはありません。少なくとも私達にとってはの話ですが…」
いよいよエラフィンと対面できる。そう考えるとレンリエッタはとてつもなくプレッシャーや不安など胸の中でギトギトと煮えさせていたが、ここまで来たなら後戻りなど出来ない。
フンッと胸を張って歩き、レンリエッタはグリスと共に扉を前にするといつもの調子に戻った。
そしてグリスが扉をノックしようとした、その時…中から声が響いた。
『ノックはいらないよ、さっさと入りな。』
「そう申すのであれば……エラフィン様、お邪魔しますよ。」
「お邪魔します……わぁ…!」
グリスがドアを開けて中へと入り、レンリエッタも続いて入った。するとどうだろうか、内部はまさに不思議と言うか混沌としている。床に敷かれた奇妙な模様のカーペット、独特な形状をした家具、積み上げられた数多の本、そして壁や天井に吊るされた数え切れないほどの魔除け…
独特な匂いが充満するその部屋に、彼女は居た…
「あれから13年以上経ったね……それで、ようやくお出ましってわけかい?」
「ヒィイッ!?だ、誰!?……まさか…あなたが…エラフィン様…?」
「なんだい、人を見るなりネズミみたいに叫ぶなんて…私の見た目が恐ろしいとでも言いたいわけ?」
「お言葉ですがエラフィン様……あなた様の見た目は…恐ろしいですよ。」
レンリエッタはエラフィンを見てゾッとしながら叫びを上げた。
無理もない、ようやく目にした彼女の姿と言うのは…とても変わっていたからだ。アイボリー色の癖のある髪の毛や金色の瞳孔は普通と言えよう……だがしかし、その肌は深緑色の鱗で覆われ、眼は黒く、口からチロチロと飛び出す舌は細長い…まるで蛇の怪物の様だった。
顔の形や体形は背の高い女性そのものであったが、その異質な見た目はレンリエッタを恐怖させるには十分だろう。
ちなみに服装は黒いホルターネックのドレスというやや刺激的なものであり、杖は奇妙な木彫りの動物が付いたものを持っていた。
「ま、そりゃそうよね。それで…アンタがハーメイカで間違いないんだろうね」
「はい…けど、私はみんなからレンリエッタって呼ばれてました。」
「レンリエッタ?じゃあそう呼ばせてもらうわ、私はエラフィン…エラフィン・リップ・ファングステンよ。この館の主であり、超一流の大天才魔法使いなんだから。」
「えぇっと……は、はは…うん。」
そう言い、エラフィンは腕を伸ばして来たのでレンリエッタはその手を握って握手したが…ジトッとした肌触りがなんとも不気味だった。見た目は恐ろしいが、本当に魔法使いなのかと疑ってしまいそうだ。
だが魔女と言われれば納得できるのは何故なのだろうか…
「それで……いきなりだけど、アンタが此処に来たってことは…それなりの覚悟があっての事よね?」
「覚悟?魔法使いになる覚悟なら…あります!」
「え?いやいや、そんな事じゃなくて…私が聞きたいのは、死ぬほど扱き使われて雑巾のようにくたばる覚悟があるかってことよ。」
「……えっ?」
その言葉を聞いたレンリエッタは思わず固まった。てっきり覚悟とは魔法を扱ったりする事に対してかと思いきや、そうでも無いらしい。
エラフィンは顔色を変えずに奥のソファにゆったりと座った。グリスは黙ってレンリエッタの返事を待っている。
「え、じゃないわよ。アンタにその覚悟があるか聞いてるの。言っとくけど私の稽古は生易しくないよ、育てるにはきっかり一流の魔法使いにさせるからね。泣き言や言い訳は一切なし、逃げる事も許さないよ。どれだけ苦しかろうが、四肢がバラバラになろうが、たとえ死んでも稽古は終わらない……私の弟子になるってのはそういう事さ。」
淡々と、どこか面白げにそう語ってみせるエラフィンはニィッと笑って光る牙を見せ付けた。レンリエッタはその様を見て彼女がどれほど恐ろしい存在であるが瞬時に悟ったのだ。風変わりな婆さんではない、目の前に居るのは紛れもなく高名な魔法使いである…
エラフィンはその後も「そう言えばバラバラに砕け散ったヤツも居たねぇ」と言い、レンリエッタをビビらせたが…もう答えはきまっていた。
「もちろん……あります、私はどんなに辛い稽古でも耐えてみます!」
「ほぉう?その自信はどこから来るんだい?」
「私の父親があなたと約束したなら…私には出来るって信じていたからだと思います……だから私もお父さんを信じたい。」
「お嬢様…」
レンリエッタの自信は父親から来るものだった。グリスはレンリエッタの父、ヘイルホーン氏がエラフィンに娘が14歳になったら修行を付けさせると約束したと言っていた、ならばそれは彼が自分の事を信じてくれているからだと理解したのだ。
その答えにエラフィンは少し顔を緩めて言った。
「そうでしょうとも、確かにアイツはアンタの事を信じてたさ……だからこそ私もアンタの可能性を信じて、ずっと待っていたのさ。」
「…じゃ、じゃあ…!」
「おっと!まだ正式に弟子入りを認めるとは言ってないよ、だけど…そうさね、最初の課題は通過だね。信じるって事は大切な事だとよーく理解してるじゃないか。」
先ほどの威圧感は無くなり、レンリエッタはすっかりエラフィンに対して緊張感を抱かなくなっていた事に気が付いた。まだ正式に弟子入りが認められたわけではないが、最初の課題とやらは通過した様だ。
「いいかいレンリエッタ…あんたは魔法使いになる、私が魔法使いにさせる。信じてくれるだろうね?」
「うん!もちろん!!すごく偉い魔法使いだって聞いてるもん!」
「はははは!まぁ、それほどでもあるね!よく言い聞かせてるじゃないか、グリス」
「私めは事実を話しただけでございます。」
得意げに笑うエラフィンを見てレンリエッタは彼女こそが父にも魔法を教えた師だと分かった。
「さて、課題は終わっちゃいないよ?まだもう一つ残ってるからね?」
つづく…
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