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第22話『王宮魔術師たちと王』
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どうしても王宮魔術師の会合に参加したくないエラフィンの代わり出席する事となったレンリエッタ。心の中でこれから出会う事になる数々の猛者を想像しては緊張が解けない…
エラフィンは参加するだけで良いと言っているが、絶対にそんな事は無いだろう…
それに現在のROWの中にはレンリエッタにとっては両親の仇となるファンクスモント家の現当主に加え、エラフィンの妹であるクライラも居るのだ。そんな大物たちと出会うなんて緊張するなという方が無理だった…
レンリエッタは何度も頭巾の中で重苦しい息を吐き、近づいて来る一流街を見ては気分が一層と沈んだ。
「さぁもうすぐだ。道は分かってるね?」
「う、うん…門を抜けたら真っ直ぐ行けば良いんだよね…」
「ああそうさ。まぁ城はデカいから見失うなって言う方が無理かもね。」
「はぁ…なんだかお腹痛くなって来たよ…」
目指すは王国の中心、クランクス城だ。門を抜けてロイヤルラインストリートを真っ直ぐ進めば城に着くので道に迷う方が難しいくらいに簡単な道のりだった。
レンリエッタは緊張から来る腹痛をどうにか抑え込むと、杖は門より少し手前に着地した。ここまで来たなら一緒に来てほしいものだが、そうともいかないのがエラフィンである。
杖から降り、レンリエッタはもう一度だけ深く呼吸し、グッと緊張を抑えるように構えた。
「さぁーって…門へ着いたらさっき渡した手紙を見せて、会合に参加しに来たって言うんだよ。きっと城の入り口でも同じようになるだろうね。」
「わかった…えっと、会合が終わったらどうすれば良いの?」
「真っ直ぐ戻って来てサタニズム街の噴水広場で待ち合わせよ。道のりは分かるでしょ?」
「うん、サタニズム街なら…なんとか…」
「よし!行っといで!出来れば速足でね!」
というわけで、最後の確認を済ませると早速レンリエッタは足早に駆けて一流街に繋がる大きな門へと向かった。直前で振り返ってみたが、既にエラフィンが消えていたので寂しい気持ちになった…
しかし怖気付かず、レンリエッタは門へ向かうと警備兵へ話しかけた。
「あ、あの…すみません!」
「うん?はいはい、お嬢ちゃん何の用かな。」
「私…クランクス城に用があって……エラフィン様の使いで本日の会合に参加する予定なんでちゅ!」
「会合?…身分証はお持ちで?」
「えぇーっと…これを…」
レンリエッタは警備兵の言葉に従い、黒い封筒を手渡した。
封筒を受け取り、それを少し眺めた兵士はレンリエッタの顔と封筒の印を何度も交互に眺め…少しすると、封筒を返して言った。
「うむ…君を重要代理人として通そう。このバッジを着けてくれ。」
「は、はい…ほっ…(よかった、大丈夫そうだ…)」
「お城までへの道は分かるね?大通りの赤い線を辿って行けば到着するから、お城の門番にバッジを見せながら要件を言うんだ。良いね?」
「はい!ありがとうございます…!」
「それじゃあどうぞ、一流街へお通りください。」
一流街への入場がスムーズに許可され、レンリエッタはホッとした気分で門を通り抜けた。するとどうだろうか、目の前に広がるのは一流街最大の地区、ロイヤルスクエアだ。
ダンプリングの住む屋敷街と違い、こちらは派手に着飾った大通りだった。煌びやかで豪華絢爛な大型商業施設が並び、道行く人々は気品に満ちた上流階級民…貴族や王族に近しい者達である。
真昼だと言うのにギラギラと輝く高級街にレンリエッタは思わず見惚れてしまいそうになった。
「す、すっごいなぁ…こんな所があったなんて…」
レンリエッタはよく整備された大理石の大通りを歩きながら周囲を見回した。どこもかしこもうんざりするくらいに静かで上品だ、サタニズム街ほどの活気は無いが力強い権力を感じずにはいられない…
そしてロイヤルスクエアの中央に位置する大通り、ロイヤルラインストリートの向こうには巨大な城が聳え立っている。いくつもの塔が中央の一際高い塔を囲むように建つ、クランクス城だ。
圧倒されつつも、レンリエッタは城を目指して歩き始めると、周囲の会話が漏れて聞こえて来た。
「どうやら東海域に早くもサマーストームが到来するらしいですぞ。」
「おお、それはそれは…一足早くエレキフィッシングが楽しめそうですな…」
「実はうちの娘がマイルストン魔術大学で主席になったんですよ。」
「それは素晴らしいわ!私の息子とも上手くいっている事でしょう」
「このまま進めばきっと二人は良い夫婦になりますよ」
「聞きました?ダンプリング先生のお屋敷…屋根が吹き飛んでいたんですって!」
「そうでしょうとも、なんと言っても霧籠の人達ですから…」
「あんな野蛮な人たちに守ってもらうほどこの国は貧相では無いのに…」
「(うっわぁー…すごく上品な感じ…私ってば場違い過ぎるよ…)」
レンリエッタは大通りを歩きながら、自分が浮いているのではないかと心配になった。なんたって周囲に居る人々は上質な衣服と宝石で着飾った本物の上流階級だ、真っ白おべべがよく目立つではないか…
しかも案の定、レンリエッタは周囲の視線を少しばかり集めていたので、もう少しだけ足を速く動かした……それにしても遠い…これは随分と時間が掛かりそうだ…
そしてやはり門から城までへの道のりは長く、ほんの十数分で着くと思っていたレンリエッタは何十分も掛けてようやく城門へ到達した。
「はぁ…!はぁー!!まったく…足が痛いよぉ…」
帰りの事を考えると死にたくなるが、それはさておいて遠目から見ても壮大だった城を目の前にしてみると、レンリエッタの気分は少し高ぶった。実を言うと、一度でも良いからこういうお城に行ってみたい気持ちがあったのだ…クークラン城も一般人の立ち入りが禁止されており、見学なんかできるハズも無かった。
レンリエッタは少し息を整えると、一流街の門より遥かに壮大な城門に圧倒されながらも、近くの兵士に話しかけた。白ではなく赤いマントを翻した、ちょっとゴージャスな雰囲気漂う兵士だった。
「すみません、私…王宮魔術師のエラフィン様の使いで来たんですけど…」
【…何か証明書などはお持ちでございますか?】
「あります、えっと…これを。」
レンリエッタは先ほど、一流街の警備兵にしたのと同じように黒い封筒を手渡した。彼は封筒の印とレンリエッタのバッジを一度だけ交互に見ると、封筒を返して言った。
【入城を許可します。城内のルートに不明な点がございましたら、ドアを抜けた先の兵にお聞きください。】
「ありがとうございます…(こんなに大きな門なのに通るのは小さいドアなんだ…)」
どうにか城内に入る事を許されたレンリエッタはふぅっと息をつきながら、巨大な城門…の横に位置する小さなドアから内部へと入った…こんなに立派な門だからこそ、小娘ひとりのために開くなんて事はしないのだろう。
もちろんレンリエッタは此処へ来るのは初めてなので、言われた通りにドアを抜けた先に立っていた兵士に案内してもらう事にした。城門に立っていた兵より幾分か軽装備な兵士だった。
「あの、私…王宮魔術師のエラフィン様の使いで…」
「本日の会合に参加するのですね?よろしければ案内しますが。」
「おねがいします!」
「ではどうぞこちらへ…」
兵士の後に付いて行きながら、レンリエッタは城門を抜けた先の広場を見上げた。城がもうすぐそこに迫っており、見上げるだけでも大迫力だ…
地面もすべて丁寧に磨かれたタイルが敷かれ、目の前には城の入り口…に続く大階段。もうヘトヘトだったレンリエッタは階段を見るなり、ずーんと気分と共に足が沈むような感覚に陥った…
「あの…これ……登らないとダメですか…?」
「はて?もちろんそうですけど…もしかして足が悪いのですか?」
「いえ、大丈夫です…自分で上がれます…」
「そうですか…足の踏み外しに気を付けてくださいね。」
えっほえっほと軽快な足取りで階段を昇って行く兵士とは対照的に、レンリエッタはぜぇぜぇと息を切らしながら一段ずつ丁寧に…というよりのろく上がって行った。頭巾が息を邪魔するので脱ぎ捨ててしまいたい気分に駆られたが、城の中となればそうともいかなかった。
レンリエッタが汗だくになりながらも、ようやく登り切る頃には兵士も待ちくたびれたように待機しており、息を整える暇も無く、兵士は城内へと歩き始めた。
「はぁー!はぁー!!…あぁ…」
「随分とお疲れのようですが…駆け上がり呪文は使わなかったのですか?」
「け、健康のために…ね。(そんなのあったんだ…)」
「それはそれは、素晴らしい心がけですね。」
城内の装飾や造りもそれは見事な物であったが、レンリエッタはバテる寸前だったので一々確認する暇も無かった。
その間も兵士は相変わらず軽快な足取りで大理石の廊下を右へ、左へ、また右へ…と何度も曲がっては歩き続け…やがて立派な両開きの扉の前で止まった…
ようやく到着したらしい。
「此処が会合の間となっております、私はこれにて。」
「はい…ありがとうございました……ふぅ…こ、ここがそうか…」
息を整えながら兵士を見送ったレンリエッタは扉の前で何度か意気込んだ。この先に居るのは王宮魔術師達だ…エラフィンが嫌い、自身にとっては仇となる存在も居るのだ…
ドキドキとした胸を抑えながら、レンリエッタは意を決して取っ手を掴むとドアを開いて中へと入った…
「お、お邪魔します…」
「うん?おや、誰だね君は……此処は会合の間であるぞ。」
「ひぃ!?いえ…その…」
レンリエッタが入ってみると、そこには既に五人の人物が待っていた。
真っ先にレンリエッタへ話しかけて来たのは灰色の肌をした黒いマントを羽織った黒髪の男…エラフィンから各魔術師について特徴を聞いてたのですぐに相手が分かった…
彼こそがリグドールス・ファンクスモントだ。
どうやらレンリエッタを迷い込んだ子供だと思っているらしい…冷ややかな顔でこちらを見ている…
そして彼以外のメンバーはそれぞれで円卓の椅子に掛けながらもレンリエッタの方を見ていた。
「悪いが早急に出て行ってもらおう。」
「ち、違います…わたし…エラフィン様の使いで…」
「ほう?エラフィンの使いだと…?」
冷ややかな視線を向けていたリグドールスだったが、レンリエッタがエラフィンの使いだと言えば目の色を変えた。しかし決して良い顔などしなかった。
彼は嘲笑するような顔と声で円卓の女性に話しかけた。
白い肌に青い髪の女性……間違いなく、クライラだった。
「聞いたかクライラ、彼女は使いを寄越したぞ。それもこんな幼い子供を!」
「姉さんの考えそうな事よ、自分の責任を逃れるために他人を使うなんて」
「エラフィンも考えたものだな、まさかここまで腰抜けだったとは驚きだよ」
「こ、腰抜け?」
リグドールスはこの上なく面白そうな事を言うようにエラフィンを腰抜けだと言った。
レンリエッタはその言葉を聞き、大人しくしていようなんて考えはウソのように吹き飛んだ。その代わりに怒りが湧いて来た…確かにエラフィンは臆病というかいい加減な所もあるが、レンリエッタからすれば最高の師匠なのだ。
罵倒されて黙っていられる方が無理だ。
「せ、先生は腰抜けなんかじゃない!先生は偉大な魔術師だ!」
「ほほう?随分と言うではないか。どうやらエラフィンは無知な子供に嘘を吹き込むのが得意らしいな。」
「ウソなんて…そりゃつくけど!少なくともホントの事だって言ってたよ!」
「ではなんだ、その本当の事だと言うのは?」
「……リグドールスっていう魔術師がクソ虫だってこと…」
レンリエッタがそう言うと円卓に座っていた何人かは「ぶふっ」と吹き出し、リグドールスはあからさまなしかめっ面を浮かべた。我ながらマズいと思ったが、流石にこの場となれば滅多な事もしてこないだろう。
リグドールスが拳を握り締め、革手袋のギューッとした音が響いた。
「口を慎め…この小僧めが……お前のロクでも無い先生とやら言っておくんだな…いつか…!」
「おい、そこまでにしろ」
リグドールスが何か言おうとしたその時、円卓から一人の男が声を掛けて止めた。
声の主は顔と手が染み一つない白い包帯で覆われた…なんとも筆舌に尽くしがたい人物…スマキであった。ビシッとした黒いスーツを着ているが、顔が見えないのでレンリエッタは一瞬人間と見間違えてしまいそうになった。
言葉を止められたリグドールスは不満そうに彼を睨んだが…
「もうすぐ王が見える…弁えろ」
「ふっ…ミイラ男が…」
「(よ、よかった…助かったぁ…)」
さすがに王が来るとなれば流石の彼も辞めざるを得ないのだろう。レンリエッタは命拾いをして一安心したものの、そうともいかなかった。安堵の息を漏らしたその瞬間、奥のドアが開いて一人の男が入室して来た。
白銀色の髪の毛に赤い肌をした若い男……特徴からして紛れもなくウェルアイム王であった。レンリエッタは慌てて姿勢を正した。
何かの失礼があれば…想像するだけで恐ろしい…
「ご苦労、みんな揃って…くれてないようだな。」
「誠に残念ながらまだ二人そろっておりません…ギルデンは未だ見えず、エラフィンは使いを送って来ました。」
「使いだと?……ふむ…」
リグドールスの言葉に王は部屋の隅に立つレンリエッタの方を見た。レンリエッタは慌てて無言で礼をすると、彼は何か言う事も無く、視線をリグドールスに戻した。
「まぁ良い。二人が来ない事は想定の内だ…エラフィン殿が使いを送って来たのならそれだけでも充分だ。」
「し、しかし…王宮魔術師の会合は最重要機密扱いのため…いくら使いであろうとも内容は…」
「ふぅむ…確かにお前の言う通りだ、我々の会合を…いくら使いだろうとも聞かせるわけにはいかないな。」
ウェルアイム王はなんとも気の抜けた…というより尊厳をあまり感じさせない人物であった。レンリエッタはどうにも王を目の前にするような気分にはなれなかったが、それでも粗相をしないように瞬き一回でも細心の注意を払った。
そして会合の内容はレンリエッタに聞かせるわけにはいかないらしいので、王は少しだけ考えると使用人を1人呼んだ。
「君、エラフィン殿の使いを客間に案内してやってくれ。それから…会合が終わるまでの間、もてなしてくれないか。」
「かしこまりました。…ではこちらへどうぞ。」
「え?えぇっと……はい…し、失礼しました…」
結局、レンリエッタは会合が終わるまで追い出されることになってしまった。しかし、こちらの方が却ってよかったと言えるだろう…王の前で失礼が無いようにするのはえらく疲れるのだ…
会合の間から出て、レンリエッタは使用人の後を付いて行きながら、城の内部を眺めた。なんとも華やかなものだが、決して下品なほど豪華絢爛という事も無かった…
「(なんか期待外れ…もうちょっとお城って豪華なものだと思ってたのに…)」
心の中で失礼な言葉を漏らしながらレンリエッタはコガモのように使用人の後に付いて歩き、やがてひとつの部屋に通された。
冷たい大理石が敷き詰められた城とは対照的に、とても温かみのある部屋だった。長いテーブルと椅子が数個、壁際には暖炉が置かれ、部屋の隅には巨大なハープが置いてあり、大きな窓からは美しい中庭が見える…
レンリエッタは長い方では無く、小さなテーブルの方へ案内されるとフカフカの椅子に座らされた。
「お茶のご用意をしますので少々お待ちくださいませ。」
「は、はい…(なんかグリスみたい…)」
レンリエッタが座れば、使用人はエプロンのポケットに手を突っ込んでは様々な物を手品のように取り出した。背の高いティーポッド、カップとソーサー、菓子が乗せられた多段式の台(スリーティアーズ)などなど…
それを見てグリスを彷彿とさせるが…この世界の執事や使用人は全員こんな風に食器を取り出すのだろうかとレンリエッタは疑問に思った。
だが便利に違いはない、あっという間に茶の用意が済んだのだから。
「私めは部屋の外に居りますので入用でしたらお尋ねくださいませ。」
「は、はい…ありがとうございます…」
「それではごゆっくり…」
使用人が部屋を出て行くと、レンリエッタは溶けるようにへにゃへにゃになった。この城に来てから色々あったせいか疲れがドッと湧いて来たのだ。
思えば随分とマズい事をやってしまった……エラフィンの使いという身で来ている以上、行動は全てエラフィンに返ってしまうかもしれない。そう思うと、とても気分が沈んだ…
「はぁ……それにしても、お茶を飲む気にもなれないや…」
そのせいかレンリエッタは用意されたお茶とお菓子に手を付ける気力も無かった。家で飲んでいるものとは比べ物にならないほど高級そうな茶から良い匂いが漂うが、グリスの淹れたものが飲みたい気分だった。
それに用意された菓子も見た目が小綺麗なせいでちっとも食欲が湧かない。小さな一口程度のケーキの上にトゲトゲの飴細工のような飾りが乗っているものは、一体どうやって食べろと言うのだろうか…
レンリエッタはこんなに居心地が良さそうな場所だと自分で思っていながらも、リラックスとは程遠い状態であった。
それから少しして、カチカチと時計の音だけが響く部屋に耐えきれなくなったレンリエッタは気分転換も兼ねてトイレへ行くことにした。生き物は誰だって出すものを出さないと落ち着かないからね。
レンリエッタは扉を出ると、横に立っていた使用人へ道筋を聞くことに。
「あの…ト、トイレってどこですか?」
「お手洗いでございますか?そこを右に曲がりまして、しばらく歩いた先ですが…もしよろしければ案内を…」
「いや大丈夫!大丈夫です…一人で行けますから!」
「そうですか…」
さすがにトイレにまで同行してもらうのはアレなので、レンリエッタは案内を断って一人で行くことにした。そっちの方が断然落ち着くし、待つのも待たせるのも嫌だった。
コツコツと大理石の床を歩き、先ほどの案内通りに行けばすぐに便所へと到着した。いくら階級が偉くとも、生き物であればクソをするし、それは恥ずかしい事ではない…王族も庶民も奴隷も全て同じなのだ、お手洗いというのは誰にとっても邪魔されるべきものではないし、孤独で満ち足りていないといけないのだ。
「(ふぅーん、お城でもトイレはトイレかぁ…)」
やっぱり、というより案の定トイレは普通の出来だった。トイレの底が深い穴ぐらに繋がっていることを除けば、何ら変わりない落下式トイレである。
レンリエッタは慣れない服に戸惑いつつも、迅速に用を足すとすぐに出た。穴の底を覗いた時、妙に視線を感じたので不気味で仕方がなかったのだ。
「(それにしてもこんな大きいお城に住んでるのに、王様ってば随分ゆるい格好してたなぁ…)」
『ねぇ聞いた?ファンクスモント家のお嬢様のこと…』
『もちろん、交換留学先で問題を起こしたんですってよ。』
「(うん…?)」
客間へ戻る道すがら、レンリエッタはふと耳に入った会話を素通りできずに足を止めてしまった。しかもファンクスモント家の話題となれば猶更無視できない。
ドアの奥から聞こえる会話…おそらく使用人が掃除でもしながら話し合っているのだろう。レンリエッタは非常識は承知の上で、ドアに耳を当てて会話を盗み聞くことにした。
『メイドールの生徒を決闘中に毒漬けにしたんだとか…』
『実はわたし、あの子苦手なのよね…人を見下してるって言うか…』
『そうそう…ファンクスモント家はメイドも執事も少ないんですって、全員すぐに気を病んでしまうとかで。』
『それにご子息様の方もあまり良い話題は聞かないわね…』
「(ファンクスモント家に子供が居たんだ…しかも学校に通ってる…)」
どうやら話題はファンクスモント家の子供らしい。話を聞くに娘はメイドールアカデミーとやらに留学しており、息子の方は……とくに話題になってないので影が薄そうだ。
しかし話を聞く感じ、印象通りファンクスモントというのはロクでも無い連中らしい。特に今は娘が問題だとか……だがその娘に会う事なんて無いだろう、レンリエッタは学校に行くことも無ければ、仮に行くとしても自分が行くような場所に居るハズも無いのだから。
どうせバカじゃ入れない超エリート学校に居るのだろう…そう考えながらレンリエッタは足早にその場を後にした。
「ふぅ~……ちょっと出したら喉乾いちゃった…」
部屋に戻ると、レンリエッタはちょっと気が変わったせいか紅茶を一口啜ってみた。とても香り高く、不思議な事にまだ全然温かかった。
きっと高級なものだろうし充分に美味しいのだが、やっぱりレンリエッタはグリスの淹れてくれるブレンドティーの方が好きだ。帰ったら一杯淹れてもらいたいところだが……何も知らずに騙されていると考えれば、心が痛む…
ちなみにお菓子の方はやっぱり食欲が湧かない見た目なので、相変わらず放置された。
――それからもうしばらくの時が流れ、レンリエッタの気が狂いそうになった頃に客間の扉を開ける者が一人。
顔を向けると、立っていたのはなんとウェルアイム王であった。レンリエッタはへにゃへにゃしていた姿勢をビシッと正して失礼が無いように精一杯振舞ってみせた。
「どうだね、我が使用人の茶の腕は。」
「え?えーっと…すごく、美味しいです…」
「まぁそんなに子供が畏まるな。楽にしてくれて構わないぞ」
「いえ…そういうわけには…」
「ふぅむ、まぁ好きにするがいい。…おい、私にも茶を淹れてくれないか?」
「かしこまりました。」
ウェルアイムは背後の使用人に茶を淹れるように頼むとレンリエッタとは反対側のテーブルを挟んだ椅子にどすりと座り込んだ。一国の王と茶の席を共にする事になるとは思わず、レンリエッタはぎとりと嫌な汗を掻き始めた…
「ここ数年、エラフィン殿の姿を見ていないが彼女は元気にしてるか?」
「は、はい!元気です…元気だと思います…」
「どうやら君は彼女とは浅い様だな。もしかすると最近になって此処へやって来たのか?」
「え?はい!実は最近エラフィン先生に弟子入りしたばかりでして……う、生まれはフィンクルランドです!」
レンリエッタはエラフィンに言われた通りに生まれをフィンクルランドと自称したが、彼はどうにも納得しないような表情を浮かべた。それどころか、指を鳴らして使用人を部屋から追い出してしまった。
突然の行動にレンリエッタは肝を冷やして、心が冷たく掴まれたような感覚に陥った……黄金色の瞳が鋭く見つめて来るのはなんとも恐ろしいものだ。
「あ、あの…何か…」
「実を言うと君の出自や身分については知っていてね。だからこそ他の者に聞かれるのはマズいだろう?レンリエッタ?」
「え…なんで…」
「私はこの国の王だ、国民が増えればその内情を確かめる事もあるさ。それが王宮魔術師に弟子入りした者であれば特にね…」
ウェルアイムはレンリエッタの事を既に知っていた。それもそうだろう、王宮魔術師に弟子入りした人間を公的に調べるのは何らおかしい事では無い…
全てを見抜くような瞳をきらめかせながら、彼は豪華な飾りが乗った菓子を手に取ると、パリパリを音を立てながらそれを食べ始めた。
「ヘイルホーン家を襲った凶行について、君は私を恨む気は無いのかね?」
「そんなの……無いです…私、家族の事は何も覚えて無いし…それにあなたは何もしていないじゃないですか。」
「まぁそうだろう。だがリグドールズについても同じことを言えるかな?君の仇となる存在だ。」
「…あの人は襲撃に加わったんですか?」
「悪いが私もそれについては知らないんだ。私が即位した時点で当時の資料は何一つとして残っていなくてね…誰かが上手く隠してくれたようだ、王は本当に良い側近を持っていたらしいな。」
リグドールス……彼はレンリエッタの仇であるファンクスモント家の現当主であるが…当時ヘイルホーン家の虐殺に加わったかどうかは定かではない。エラフィンもグリスも当時の事を語る事は殆ど無かったし、細かく覚えていないかもしれない…
そう考えれば、思ったよりリグドールスを恨む筋合いは無いとレンリエッタは妙な気分になった。
「……まぁ、いずれ答えを出すと良い。君はこれから長く教えの日々を受けるだろうからね」
「…王様、ひとつ聞きたいんですけど…」
「ウェルアイムで構わないさ…何を聞きたいんだい?」
「ROWの中で私の正体を知っている人は居るんですか?」
「…いいや、居ないだろうな。国民の情報を見る事が出来るのは私のみだ、君が自ら公言しない限りは彼等も知る由は無いだろう。」
その言葉を聞き、レンリエッタは一旦ホッとした。どうやら自分の正体がバレている事は無い様だ、皆死んでいると思っているのだろう。
「どうするかは君次第だ。…強いて言うなら読心術に対抗できる力は持つべきだぞ、魔法は口のみならず…心まで読むものも存在する。」
「対抗……あの、王さ…ウェルアイム様は私の正体を知ってるなら…どうするつもりですか?」
「どうするつもりとはどういうことかね?別に私は君に危害を加えたり、何かしら恩恵を与えたりしようとは思っても居ないよ。ただ王である私が何も知らないとは思われたくないのでね……悪い癖だ、許せ。」
何と言うべきか、ウェルアイムは妙に尊厳を感じさせないのが上手な王だった。レンリエッタは畏まっていた姿勢をいつの間にか止め、少しばかり楽になった気がした。
ウェルアイムはちょっとばかりプライドが高くて、接しやすい相手だ。…王がこんな態度で良いのかと少々悩むものだが、きっと王宮魔術師を従えるほどの力があるのだろう。現にROWのメンバー全員、王に対して忠誠を誓っている様に見えていた。
「さて…今回の会合の内容を手紙に納めた。後ほどエラフィン殿に渡してくれ。」
「はい、かならず…」
「それと一つ伝言を頼もう……自分自身、彼女を素晴らしい魔術師だと腕を買っているが、こうも不忠な態度を取られるのは私とてあまり良い気分ではない。このまま欠席を続けるならいずれ立場を失う可能性についても視野に入れるように…と、伝えてくれ。」
「は、はい…」
レンリエッタは会合の内容が記された手紙と共に伝言を聞くとすっかり気分が縮れ上がったように気楽さは消え失せた。ウェルアイムは親しみの中に得体の知れない底深さを持つ人物だと改めて思い知らされたのだ…
彼は、最後…レンリエッタが部屋を出る前にもう一度話しかけて来た。
「城外までの道筋は大丈夫かね?何かあれば使用人に訪ねてくれたまえ。」
「はい……それでは…」
「ああ。さらばだ、またいずれ会う事があれば良いな。」
そのままレンリエッタは部屋を出ると、辛うじて覚えていた道筋を追って城の外へと進み始めた。気分はかなり重いが、もう会合は終わったのでようやく帰れる…
少しヘロヘロとした足取りで進むと、レンリエッタは沈んだ気がさらに沈む事となった……レンリエッタの道先に、クライラが待ち伏せていたのだ。
霧籠の印が入った白いロングケープを靡かせ、クライラは氷のような冷たい瞳を向けながらレンリエッタへ話しかけた。
「どうも、エラフィンのお使いさん。」
「…ど、どうも…」
とても冷たい声だった。
そして両者の間に長らく、沈黙が流れたが……先に口を開いたのはクライラ…
「姉さんは元気かしら?また変な薬を作って売ってたりしてない?」
「えぇっと…元気ですし、ほぼ毎日薬を作ってます…」
「あらそう。なら良いわ、行って良し。」
「はぁ…?」
意外にもクライラはそれ以上何か聞くことも無く、いとも簡単に通してくれた。レンリエッタは疑問に思いながらも通り過ぎようとしたが、すれ違う瞬間に彼女は言った。
「ダンプリングの件、助かったわ。」
「え?」
その言葉にレンリエッタが振り返ると……もう既にクライラは音もなく消えていた。まるで霧が晴れるように彼女はその場から居なくなっていたのだ…
不気味なことこの上なかったが、不思議と彼女の言葉は嫌味には聞こえなかった。
レンリエッタはますます疑問を抱えながら城を出るハメになった…
「おーい!レンリエッタ!此処だよ!」
「あ!エラフィン先生…!」
それから色々とありながら、レンリエッタは無事にサタニズム街の広場でエラフィンと再会する事に成功した。緑の鱗肌がこんなにも懐かしく、安心させてくれるとは…なんとも不思議なものである。
「まったく、遅いから心配したよ。大丈夫だったかい?他の奴等にいじめられたりしてないだろうね?」
「ううん、ぜんぜん……あぁそうだ、これウェルアイム様から…会合の内容が書いてあるよ。」
「はぁ~あ、読むのがだるいねぇ…けど読まないと余計に怒られるからね…」
ウェルアイムから受け取った手紙を黒い封筒と共に渡すと、エラフィンは嫌な顔をしながらも懐にしっかりと仕舞い込んだ。読まないとバレる仕掛けが仕組まれているらしい…
それはそうと、レンリエッタは手紙に加えて伝言を覚えている限りで伝えた。するとやっぱりエラフィンは苦い顔した…
「うっ……そろそろマズいねぇ…次は参加しないと…」
「ぜひそうして欲しいよ……そうだ、クライラさんにも会ったよ!ちょっとだけ話したの。」
「クライラと?どーせ私の悪口か何かだろう?」
「ううん、先生は元気だって聞いて来た。あと…ダンプリングの件についても助かったって…」
そう聞いて、エラフィンは少し信じられないような顔をしたが、すぐに表情を戻して「何か企んでるのかね…」と考え始めた。姉妹とは分からないものである…
「まぁいいさ、終わったなら帰ろうじゃないか!」
「うん!…あ!ちゃんと約束守ってよね?」
「分かってるって!明日、新しい呪文を教えてやるよ!」
「わーい!」
新しい呪文と聞けば、レンリエッタは瞬く間に気分が良くなり、なんだか今日の出来事も悪くないとすら思えて来た。そしてすぐに邸宅へと戻った二人は、無事…グリスから日焼け止め地獄を味わう事になったとさ…
つづく…
エラフィンは参加するだけで良いと言っているが、絶対にそんな事は無いだろう…
それに現在のROWの中にはレンリエッタにとっては両親の仇となるファンクスモント家の現当主に加え、エラフィンの妹であるクライラも居るのだ。そんな大物たちと出会うなんて緊張するなという方が無理だった…
レンリエッタは何度も頭巾の中で重苦しい息を吐き、近づいて来る一流街を見ては気分が一層と沈んだ。
「さぁもうすぐだ。道は分かってるね?」
「う、うん…門を抜けたら真っ直ぐ行けば良いんだよね…」
「ああそうさ。まぁ城はデカいから見失うなって言う方が無理かもね。」
「はぁ…なんだかお腹痛くなって来たよ…」
目指すは王国の中心、クランクス城だ。門を抜けてロイヤルラインストリートを真っ直ぐ進めば城に着くので道に迷う方が難しいくらいに簡単な道のりだった。
レンリエッタは緊張から来る腹痛をどうにか抑え込むと、杖は門より少し手前に着地した。ここまで来たなら一緒に来てほしいものだが、そうともいかないのがエラフィンである。
杖から降り、レンリエッタはもう一度だけ深く呼吸し、グッと緊張を抑えるように構えた。
「さぁーって…門へ着いたらさっき渡した手紙を見せて、会合に参加しに来たって言うんだよ。きっと城の入り口でも同じようになるだろうね。」
「わかった…えっと、会合が終わったらどうすれば良いの?」
「真っ直ぐ戻って来てサタニズム街の噴水広場で待ち合わせよ。道のりは分かるでしょ?」
「うん、サタニズム街なら…なんとか…」
「よし!行っといで!出来れば速足でね!」
というわけで、最後の確認を済ませると早速レンリエッタは足早に駆けて一流街に繋がる大きな門へと向かった。直前で振り返ってみたが、既にエラフィンが消えていたので寂しい気持ちになった…
しかし怖気付かず、レンリエッタは門へ向かうと警備兵へ話しかけた。
「あ、あの…すみません!」
「うん?はいはい、お嬢ちゃん何の用かな。」
「私…クランクス城に用があって……エラフィン様の使いで本日の会合に参加する予定なんでちゅ!」
「会合?…身分証はお持ちで?」
「えぇーっと…これを…」
レンリエッタは警備兵の言葉に従い、黒い封筒を手渡した。
封筒を受け取り、それを少し眺めた兵士はレンリエッタの顔と封筒の印を何度も交互に眺め…少しすると、封筒を返して言った。
「うむ…君を重要代理人として通そう。このバッジを着けてくれ。」
「は、はい…ほっ…(よかった、大丈夫そうだ…)」
「お城までへの道は分かるね?大通りの赤い線を辿って行けば到着するから、お城の門番にバッジを見せながら要件を言うんだ。良いね?」
「はい!ありがとうございます…!」
「それじゃあどうぞ、一流街へお通りください。」
一流街への入場がスムーズに許可され、レンリエッタはホッとした気分で門を通り抜けた。するとどうだろうか、目の前に広がるのは一流街最大の地区、ロイヤルスクエアだ。
ダンプリングの住む屋敷街と違い、こちらは派手に着飾った大通りだった。煌びやかで豪華絢爛な大型商業施設が並び、道行く人々は気品に満ちた上流階級民…貴族や王族に近しい者達である。
真昼だと言うのにギラギラと輝く高級街にレンリエッタは思わず見惚れてしまいそうになった。
「す、すっごいなぁ…こんな所があったなんて…」
レンリエッタはよく整備された大理石の大通りを歩きながら周囲を見回した。どこもかしこもうんざりするくらいに静かで上品だ、サタニズム街ほどの活気は無いが力強い権力を感じずにはいられない…
そしてロイヤルスクエアの中央に位置する大通り、ロイヤルラインストリートの向こうには巨大な城が聳え立っている。いくつもの塔が中央の一際高い塔を囲むように建つ、クランクス城だ。
圧倒されつつも、レンリエッタは城を目指して歩き始めると、周囲の会話が漏れて聞こえて来た。
「どうやら東海域に早くもサマーストームが到来するらしいですぞ。」
「おお、それはそれは…一足早くエレキフィッシングが楽しめそうですな…」
「実はうちの娘がマイルストン魔術大学で主席になったんですよ。」
「それは素晴らしいわ!私の息子とも上手くいっている事でしょう」
「このまま進めばきっと二人は良い夫婦になりますよ」
「聞きました?ダンプリング先生のお屋敷…屋根が吹き飛んでいたんですって!」
「そうでしょうとも、なんと言っても霧籠の人達ですから…」
「あんな野蛮な人たちに守ってもらうほどこの国は貧相では無いのに…」
「(うっわぁー…すごく上品な感じ…私ってば場違い過ぎるよ…)」
レンリエッタは大通りを歩きながら、自分が浮いているのではないかと心配になった。なんたって周囲に居る人々は上質な衣服と宝石で着飾った本物の上流階級だ、真っ白おべべがよく目立つではないか…
しかも案の定、レンリエッタは周囲の視線を少しばかり集めていたので、もう少しだけ足を速く動かした……それにしても遠い…これは随分と時間が掛かりそうだ…
そしてやはり門から城までへの道のりは長く、ほんの十数分で着くと思っていたレンリエッタは何十分も掛けてようやく城門へ到達した。
「はぁ…!はぁー!!まったく…足が痛いよぉ…」
帰りの事を考えると死にたくなるが、それはさておいて遠目から見ても壮大だった城を目の前にしてみると、レンリエッタの気分は少し高ぶった。実を言うと、一度でも良いからこういうお城に行ってみたい気持ちがあったのだ…クークラン城も一般人の立ち入りが禁止されており、見学なんかできるハズも無かった。
レンリエッタは少し息を整えると、一流街の門より遥かに壮大な城門に圧倒されながらも、近くの兵士に話しかけた。白ではなく赤いマントを翻した、ちょっとゴージャスな雰囲気漂う兵士だった。
「すみません、私…王宮魔術師のエラフィン様の使いで来たんですけど…」
【…何か証明書などはお持ちでございますか?】
「あります、えっと…これを。」
レンリエッタは先ほど、一流街の警備兵にしたのと同じように黒い封筒を手渡した。彼は封筒の印とレンリエッタのバッジを一度だけ交互に見ると、封筒を返して言った。
【入城を許可します。城内のルートに不明な点がございましたら、ドアを抜けた先の兵にお聞きください。】
「ありがとうございます…(こんなに大きな門なのに通るのは小さいドアなんだ…)」
どうにか城内に入る事を許されたレンリエッタはふぅっと息をつきながら、巨大な城門…の横に位置する小さなドアから内部へと入った…こんなに立派な門だからこそ、小娘ひとりのために開くなんて事はしないのだろう。
もちろんレンリエッタは此処へ来るのは初めてなので、言われた通りにドアを抜けた先に立っていた兵士に案内してもらう事にした。城門に立っていた兵より幾分か軽装備な兵士だった。
「あの、私…王宮魔術師のエラフィン様の使いで…」
「本日の会合に参加するのですね?よろしければ案内しますが。」
「おねがいします!」
「ではどうぞこちらへ…」
兵士の後に付いて行きながら、レンリエッタは城門を抜けた先の広場を見上げた。城がもうすぐそこに迫っており、見上げるだけでも大迫力だ…
地面もすべて丁寧に磨かれたタイルが敷かれ、目の前には城の入り口…に続く大階段。もうヘトヘトだったレンリエッタは階段を見るなり、ずーんと気分と共に足が沈むような感覚に陥った…
「あの…これ……登らないとダメですか…?」
「はて?もちろんそうですけど…もしかして足が悪いのですか?」
「いえ、大丈夫です…自分で上がれます…」
「そうですか…足の踏み外しに気を付けてくださいね。」
えっほえっほと軽快な足取りで階段を昇って行く兵士とは対照的に、レンリエッタはぜぇぜぇと息を切らしながら一段ずつ丁寧に…というよりのろく上がって行った。頭巾が息を邪魔するので脱ぎ捨ててしまいたい気分に駆られたが、城の中となればそうともいかなかった。
レンリエッタが汗だくになりながらも、ようやく登り切る頃には兵士も待ちくたびれたように待機しており、息を整える暇も無く、兵士は城内へと歩き始めた。
「はぁー!はぁー!!…あぁ…」
「随分とお疲れのようですが…駆け上がり呪文は使わなかったのですか?」
「け、健康のために…ね。(そんなのあったんだ…)」
「それはそれは、素晴らしい心がけですね。」
城内の装飾や造りもそれは見事な物であったが、レンリエッタはバテる寸前だったので一々確認する暇も無かった。
その間も兵士は相変わらず軽快な足取りで大理石の廊下を右へ、左へ、また右へ…と何度も曲がっては歩き続け…やがて立派な両開きの扉の前で止まった…
ようやく到着したらしい。
「此処が会合の間となっております、私はこれにて。」
「はい…ありがとうございました……ふぅ…こ、ここがそうか…」
息を整えながら兵士を見送ったレンリエッタは扉の前で何度か意気込んだ。この先に居るのは王宮魔術師達だ…エラフィンが嫌い、自身にとっては仇となる存在も居るのだ…
ドキドキとした胸を抑えながら、レンリエッタは意を決して取っ手を掴むとドアを開いて中へと入った…
「お、お邪魔します…」
「うん?おや、誰だね君は……此処は会合の間であるぞ。」
「ひぃ!?いえ…その…」
レンリエッタが入ってみると、そこには既に五人の人物が待っていた。
真っ先にレンリエッタへ話しかけて来たのは灰色の肌をした黒いマントを羽織った黒髪の男…エラフィンから各魔術師について特徴を聞いてたのですぐに相手が分かった…
彼こそがリグドールス・ファンクスモントだ。
どうやらレンリエッタを迷い込んだ子供だと思っているらしい…冷ややかな顔でこちらを見ている…
そして彼以外のメンバーはそれぞれで円卓の椅子に掛けながらもレンリエッタの方を見ていた。
「悪いが早急に出て行ってもらおう。」
「ち、違います…わたし…エラフィン様の使いで…」
「ほう?エラフィンの使いだと…?」
冷ややかな視線を向けていたリグドールスだったが、レンリエッタがエラフィンの使いだと言えば目の色を変えた。しかし決して良い顔などしなかった。
彼は嘲笑するような顔と声で円卓の女性に話しかけた。
白い肌に青い髪の女性……間違いなく、クライラだった。
「聞いたかクライラ、彼女は使いを寄越したぞ。それもこんな幼い子供を!」
「姉さんの考えそうな事よ、自分の責任を逃れるために他人を使うなんて」
「エラフィンも考えたものだな、まさかここまで腰抜けだったとは驚きだよ」
「こ、腰抜け?」
リグドールスはこの上なく面白そうな事を言うようにエラフィンを腰抜けだと言った。
レンリエッタはその言葉を聞き、大人しくしていようなんて考えはウソのように吹き飛んだ。その代わりに怒りが湧いて来た…確かにエラフィンは臆病というかいい加減な所もあるが、レンリエッタからすれば最高の師匠なのだ。
罵倒されて黙っていられる方が無理だ。
「せ、先生は腰抜けなんかじゃない!先生は偉大な魔術師だ!」
「ほほう?随分と言うではないか。どうやらエラフィンは無知な子供に嘘を吹き込むのが得意らしいな。」
「ウソなんて…そりゃつくけど!少なくともホントの事だって言ってたよ!」
「ではなんだ、その本当の事だと言うのは?」
「……リグドールスっていう魔術師がクソ虫だってこと…」
レンリエッタがそう言うと円卓に座っていた何人かは「ぶふっ」と吹き出し、リグドールスはあからさまなしかめっ面を浮かべた。我ながらマズいと思ったが、流石にこの場となれば滅多な事もしてこないだろう。
リグドールスが拳を握り締め、革手袋のギューッとした音が響いた。
「口を慎め…この小僧めが……お前のロクでも無い先生とやら言っておくんだな…いつか…!」
「おい、そこまでにしろ」
リグドールスが何か言おうとしたその時、円卓から一人の男が声を掛けて止めた。
声の主は顔と手が染み一つない白い包帯で覆われた…なんとも筆舌に尽くしがたい人物…スマキであった。ビシッとした黒いスーツを着ているが、顔が見えないのでレンリエッタは一瞬人間と見間違えてしまいそうになった。
言葉を止められたリグドールスは不満そうに彼を睨んだが…
「もうすぐ王が見える…弁えろ」
「ふっ…ミイラ男が…」
「(よ、よかった…助かったぁ…)」
さすがに王が来るとなれば流石の彼も辞めざるを得ないのだろう。レンリエッタは命拾いをして一安心したものの、そうともいかなかった。安堵の息を漏らしたその瞬間、奥のドアが開いて一人の男が入室して来た。
白銀色の髪の毛に赤い肌をした若い男……特徴からして紛れもなくウェルアイム王であった。レンリエッタは慌てて姿勢を正した。
何かの失礼があれば…想像するだけで恐ろしい…
「ご苦労、みんな揃って…くれてないようだな。」
「誠に残念ながらまだ二人そろっておりません…ギルデンは未だ見えず、エラフィンは使いを送って来ました。」
「使いだと?……ふむ…」
リグドールスの言葉に王は部屋の隅に立つレンリエッタの方を見た。レンリエッタは慌てて無言で礼をすると、彼は何か言う事も無く、視線をリグドールスに戻した。
「まぁ良い。二人が来ない事は想定の内だ…エラフィン殿が使いを送って来たのならそれだけでも充分だ。」
「し、しかし…王宮魔術師の会合は最重要機密扱いのため…いくら使いであろうとも内容は…」
「ふぅむ…確かにお前の言う通りだ、我々の会合を…いくら使いだろうとも聞かせるわけにはいかないな。」
ウェルアイム王はなんとも気の抜けた…というより尊厳をあまり感じさせない人物であった。レンリエッタはどうにも王を目の前にするような気分にはなれなかったが、それでも粗相をしないように瞬き一回でも細心の注意を払った。
そして会合の内容はレンリエッタに聞かせるわけにはいかないらしいので、王は少しだけ考えると使用人を1人呼んだ。
「君、エラフィン殿の使いを客間に案内してやってくれ。それから…会合が終わるまでの間、もてなしてくれないか。」
「かしこまりました。…ではこちらへどうぞ。」
「え?えぇっと……はい…し、失礼しました…」
結局、レンリエッタは会合が終わるまで追い出されることになってしまった。しかし、こちらの方が却ってよかったと言えるだろう…王の前で失礼が無いようにするのはえらく疲れるのだ…
会合の間から出て、レンリエッタは使用人の後を付いて行きながら、城の内部を眺めた。なんとも華やかなものだが、決して下品なほど豪華絢爛という事も無かった…
「(なんか期待外れ…もうちょっとお城って豪華なものだと思ってたのに…)」
心の中で失礼な言葉を漏らしながらレンリエッタはコガモのように使用人の後に付いて歩き、やがてひとつの部屋に通された。
冷たい大理石が敷き詰められた城とは対照的に、とても温かみのある部屋だった。長いテーブルと椅子が数個、壁際には暖炉が置かれ、部屋の隅には巨大なハープが置いてあり、大きな窓からは美しい中庭が見える…
レンリエッタは長い方では無く、小さなテーブルの方へ案内されるとフカフカの椅子に座らされた。
「お茶のご用意をしますので少々お待ちくださいませ。」
「は、はい…(なんかグリスみたい…)」
レンリエッタが座れば、使用人はエプロンのポケットに手を突っ込んでは様々な物を手品のように取り出した。背の高いティーポッド、カップとソーサー、菓子が乗せられた多段式の台(スリーティアーズ)などなど…
それを見てグリスを彷彿とさせるが…この世界の執事や使用人は全員こんな風に食器を取り出すのだろうかとレンリエッタは疑問に思った。
だが便利に違いはない、あっという間に茶の用意が済んだのだから。
「私めは部屋の外に居りますので入用でしたらお尋ねくださいませ。」
「は、はい…ありがとうございます…」
「それではごゆっくり…」
使用人が部屋を出て行くと、レンリエッタは溶けるようにへにゃへにゃになった。この城に来てから色々あったせいか疲れがドッと湧いて来たのだ。
思えば随分とマズい事をやってしまった……エラフィンの使いという身で来ている以上、行動は全てエラフィンに返ってしまうかもしれない。そう思うと、とても気分が沈んだ…
「はぁ……それにしても、お茶を飲む気にもなれないや…」
そのせいかレンリエッタは用意されたお茶とお菓子に手を付ける気力も無かった。家で飲んでいるものとは比べ物にならないほど高級そうな茶から良い匂いが漂うが、グリスの淹れたものが飲みたい気分だった。
それに用意された菓子も見た目が小綺麗なせいでちっとも食欲が湧かない。小さな一口程度のケーキの上にトゲトゲの飴細工のような飾りが乗っているものは、一体どうやって食べろと言うのだろうか…
レンリエッタはこんなに居心地が良さそうな場所だと自分で思っていながらも、リラックスとは程遠い状態であった。
それから少しして、カチカチと時計の音だけが響く部屋に耐えきれなくなったレンリエッタは気分転換も兼ねてトイレへ行くことにした。生き物は誰だって出すものを出さないと落ち着かないからね。
レンリエッタは扉を出ると、横に立っていた使用人へ道筋を聞くことに。
「あの…ト、トイレってどこですか?」
「お手洗いでございますか?そこを右に曲がりまして、しばらく歩いた先ですが…もしよろしければ案内を…」
「いや大丈夫!大丈夫です…一人で行けますから!」
「そうですか…」
さすがにトイレにまで同行してもらうのはアレなので、レンリエッタは案内を断って一人で行くことにした。そっちの方が断然落ち着くし、待つのも待たせるのも嫌だった。
コツコツと大理石の床を歩き、先ほどの案内通りに行けばすぐに便所へと到着した。いくら階級が偉くとも、生き物であればクソをするし、それは恥ずかしい事ではない…王族も庶民も奴隷も全て同じなのだ、お手洗いというのは誰にとっても邪魔されるべきものではないし、孤独で満ち足りていないといけないのだ。
「(ふぅーん、お城でもトイレはトイレかぁ…)」
やっぱり、というより案の定トイレは普通の出来だった。トイレの底が深い穴ぐらに繋がっていることを除けば、何ら変わりない落下式トイレである。
レンリエッタは慣れない服に戸惑いつつも、迅速に用を足すとすぐに出た。穴の底を覗いた時、妙に視線を感じたので不気味で仕方がなかったのだ。
「(それにしてもこんな大きいお城に住んでるのに、王様ってば随分ゆるい格好してたなぁ…)」
『ねぇ聞いた?ファンクスモント家のお嬢様のこと…』
『もちろん、交換留学先で問題を起こしたんですってよ。』
「(うん…?)」
客間へ戻る道すがら、レンリエッタはふと耳に入った会話を素通りできずに足を止めてしまった。しかもファンクスモント家の話題となれば猶更無視できない。
ドアの奥から聞こえる会話…おそらく使用人が掃除でもしながら話し合っているのだろう。レンリエッタは非常識は承知の上で、ドアに耳を当てて会話を盗み聞くことにした。
『メイドールの生徒を決闘中に毒漬けにしたんだとか…』
『実はわたし、あの子苦手なのよね…人を見下してるって言うか…』
『そうそう…ファンクスモント家はメイドも執事も少ないんですって、全員すぐに気を病んでしまうとかで。』
『それにご子息様の方もあまり良い話題は聞かないわね…』
「(ファンクスモント家に子供が居たんだ…しかも学校に通ってる…)」
どうやら話題はファンクスモント家の子供らしい。話を聞くに娘はメイドールアカデミーとやらに留学しており、息子の方は……とくに話題になってないので影が薄そうだ。
しかし話を聞く感じ、印象通りファンクスモントというのはロクでも無い連中らしい。特に今は娘が問題だとか……だがその娘に会う事なんて無いだろう、レンリエッタは学校に行くことも無ければ、仮に行くとしても自分が行くような場所に居るハズも無いのだから。
どうせバカじゃ入れない超エリート学校に居るのだろう…そう考えながらレンリエッタは足早にその場を後にした。
「ふぅ~……ちょっと出したら喉乾いちゃった…」
部屋に戻ると、レンリエッタはちょっと気が変わったせいか紅茶を一口啜ってみた。とても香り高く、不思議な事にまだ全然温かかった。
きっと高級なものだろうし充分に美味しいのだが、やっぱりレンリエッタはグリスの淹れてくれるブレンドティーの方が好きだ。帰ったら一杯淹れてもらいたいところだが……何も知らずに騙されていると考えれば、心が痛む…
ちなみにお菓子の方はやっぱり食欲が湧かない見た目なので、相変わらず放置された。
――それからもうしばらくの時が流れ、レンリエッタの気が狂いそうになった頃に客間の扉を開ける者が一人。
顔を向けると、立っていたのはなんとウェルアイム王であった。レンリエッタはへにゃへにゃしていた姿勢をビシッと正して失礼が無いように精一杯振舞ってみせた。
「どうだね、我が使用人の茶の腕は。」
「え?えーっと…すごく、美味しいです…」
「まぁそんなに子供が畏まるな。楽にしてくれて構わないぞ」
「いえ…そういうわけには…」
「ふぅむ、まぁ好きにするがいい。…おい、私にも茶を淹れてくれないか?」
「かしこまりました。」
ウェルアイムは背後の使用人に茶を淹れるように頼むとレンリエッタとは反対側のテーブルを挟んだ椅子にどすりと座り込んだ。一国の王と茶の席を共にする事になるとは思わず、レンリエッタはぎとりと嫌な汗を掻き始めた…
「ここ数年、エラフィン殿の姿を見ていないが彼女は元気にしてるか?」
「は、はい!元気です…元気だと思います…」
「どうやら君は彼女とは浅い様だな。もしかすると最近になって此処へやって来たのか?」
「え?はい!実は最近エラフィン先生に弟子入りしたばかりでして……う、生まれはフィンクルランドです!」
レンリエッタはエラフィンに言われた通りに生まれをフィンクルランドと自称したが、彼はどうにも納得しないような表情を浮かべた。それどころか、指を鳴らして使用人を部屋から追い出してしまった。
突然の行動にレンリエッタは肝を冷やして、心が冷たく掴まれたような感覚に陥った……黄金色の瞳が鋭く見つめて来るのはなんとも恐ろしいものだ。
「あ、あの…何か…」
「実を言うと君の出自や身分については知っていてね。だからこそ他の者に聞かれるのはマズいだろう?レンリエッタ?」
「え…なんで…」
「私はこの国の王だ、国民が増えればその内情を確かめる事もあるさ。それが王宮魔術師に弟子入りした者であれば特にね…」
ウェルアイムはレンリエッタの事を既に知っていた。それもそうだろう、王宮魔術師に弟子入りした人間を公的に調べるのは何らおかしい事では無い…
全てを見抜くような瞳をきらめかせながら、彼は豪華な飾りが乗った菓子を手に取ると、パリパリを音を立てながらそれを食べ始めた。
「ヘイルホーン家を襲った凶行について、君は私を恨む気は無いのかね?」
「そんなの……無いです…私、家族の事は何も覚えて無いし…それにあなたは何もしていないじゃないですか。」
「まぁそうだろう。だがリグドールズについても同じことを言えるかな?君の仇となる存在だ。」
「…あの人は襲撃に加わったんですか?」
「悪いが私もそれについては知らないんだ。私が即位した時点で当時の資料は何一つとして残っていなくてね…誰かが上手く隠してくれたようだ、王は本当に良い側近を持っていたらしいな。」
リグドールス……彼はレンリエッタの仇であるファンクスモント家の現当主であるが…当時ヘイルホーン家の虐殺に加わったかどうかは定かではない。エラフィンもグリスも当時の事を語る事は殆ど無かったし、細かく覚えていないかもしれない…
そう考えれば、思ったよりリグドールスを恨む筋合いは無いとレンリエッタは妙な気分になった。
「……まぁ、いずれ答えを出すと良い。君はこれから長く教えの日々を受けるだろうからね」
「…王様、ひとつ聞きたいんですけど…」
「ウェルアイムで構わないさ…何を聞きたいんだい?」
「ROWの中で私の正体を知っている人は居るんですか?」
「…いいや、居ないだろうな。国民の情報を見る事が出来るのは私のみだ、君が自ら公言しない限りは彼等も知る由は無いだろう。」
その言葉を聞き、レンリエッタは一旦ホッとした。どうやら自分の正体がバレている事は無い様だ、皆死んでいると思っているのだろう。
「どうするかは君次第だ。…強いて言うなら読心術に対抗できる力は持つべきだぞ、魔法は口のみならず…心まで読むものも存在する。」
「対抗……あの、王さ…ウェルアイム様は私の正体を知ってるなら…どうするつもりですか?」
「どうするつもりとはどういうことかね?別に私は君に危害を加えたり、何かしら恩恵を与えたりしようとは思っても居ないよ。ただ王である私が何も知らないとは思われたくないのでね……悪い癖だ、許せ。」
何と言うべきか、ウェルアイムは妙に尊厳を感じさせないのが上手な王だった。レンリエッタは畏まっていた姿勢をいつの間にか止め、少しばかり楽になった気がした。
ウェルアイムはちょっとばかりプライドが高くて、接しやすい相手だ。…王がこんな態度で良いのかと少々悩むものだが、きっと王宮魔術師を従えるほどの力があるのだろう。現にROWのメンバー全員、王に対して忠誠を誓っている様に見えていた。
「さて…今回の会合の内容を手紙に納めた。後ほどエラフィン殿に渡してくれ。」
「はい、かならず…」
「それと一つ伝言を頼もう……自分自身、彼女を素晴らしい魔術師だと腕を買っているが、こうも不忠な態度を取られるのは私とてあまり良い気分ではない。このまま欠席を続けるならいずれ立場を失う可能性についても視野に入れるように…と、伝えてくれ。」
「は、はい…」
レンリエッタは会合の内容が記された手紙と共に伝言を聞くとすっかり気分が縮れ上がったように気楽さは消え失せた。ウェルアイムは親しみの中に得体の知れない底深さを持つ人物だと改めて思い知らされたのだ…
彼は、最後…レンリエッタが部屋を出る前にもう一度話しかけて来た。
「城外までの道筋は大丈夫かね?何かあれば使用人に訪ねてくれたまえ。」
「はい……それでは…」
「ああ。さらばだ、またいずれ会う事があれば良いな。」
そのままレンリエッタは部屋を出ると、辛うじて覚えていた道筋を追って城の外へと進み始めた。気分はかなり重いが、もう会合は終わったのでようやく帰れる…
少しヘロヘロとした足取りで進むと、レンリエッタは沈んだ気がさらに沈む事となった……レンリエッタの道先に、クライラが待ち伏せていたのだ。
霧籠の印が入った白いロングケープを靡かせ、クライラは氷のような冷たい瞳を向けながらレンリエッタへ話しかけた。
「どうも、エラフィンのお使いさん。」
「…ど、どうも…」
とても冷たい声だった。
そして両者の間に長らく、沈黙が流れたが……先に口を開いたのはクライラ…
「姉さんは元気かしら?また変な薬を作って売ってたりしてない?」
「えぇっと…元気ですし、ほぼ毎日薬を作ってます…」
「あらそう。なら良いわ、行って良し。」
「はぁ…?」
意外にもクライラはそれ以上何か聞くことも無く、いとも簡単に通してくれた。レンリエッタは疑問に思いながらも通り過ぎようとしたが、すれ違う瞬間に彼女は言った。
「ダンプリングの件、助かったわ。」
「え?」
その言葉にレンリエッタが振り返ると……もう既にクライラは音もなく消えていた。まるで霧が晴れるように彼女はその場から居なくなっていたのだ…
不気味なことこの上なかったが、不思議と彼女の言葉は嫌味には聞こえなかった。
レンリエッタはますます疑問を抱えながら城を出るハメになった…
「おーい!レンリエッタ!此処だよ!」
「あ!エラフィン先生…!」
それから色々とありながら、レンリエッタは無事にサタニズム街の広場でエラフィンと再会する事に成功した。緑の鱗肌がこんなにも懐かしく、安心させてくれるとは…なんとも不思議なものである。
「まったく、遅いから心配したよ。大丈夫だったかい?他の奴等にいじめられたりしてないだろうね?」
「ううん、ぜんぜん……あぁそうだ、これウェルアイム様から…会合の内容が書いてあるよ。」
「はぁ~あ、読むのがだるいねぇ…けど読まないと余計に怒られるからね…」
ウェルアイムから受け取った手紙を黒い封筒と共に渡すと、エラフィンは嫌な顔をしながらも懐にしっかりと仕舞い込んだ。読まないとバレる仕掛けが仕組まれているらしい…
それはそうと、レンリエッタは手紙に加えて伝言を覚えている限りで伝えた。するとやっぱりエラフィンは苦い顔した…
「うっ……そろそろマズいねぇ…次は参加しないと…」
「ぜひそうして欲しいよ……そうだ、クライラさんにも会ったよ!ちょっとだけ話したの。」
「クライラと?どーせ私の悪口か何かだろう?」
「ううん、先生は元気だって聞いて来た。あと…ダンプリングの件についても助かったって…」
そう聞いて、エラフィンは少し信じられないような顔をしたが、すぐに表情を戻して「何か企んでるのかね…」と考え始めた。姉妹とは分からないものである…
「まぁいいさ、終わったなら帰ろうじゃないか!」
「うん!…あ!ちゃんと約束守ってよね?」
「分かってるって!明日、新しい呪文を教えてやるよ!」
「わーい!」
新しい呪文と聞けば、レンリエッタは瞬く間に気分が良くなり、なんだか今日の出来事も悪くないとすら思えて来た。そしてすぐに邸宅へと戻った二人は、無事…グリスから日焼け止め地獄を味わう事になったとさ…
つづく…
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