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第2章-1
しおりを挟む確信は畏れなければいけないものだと我聞は考える。
幾つもの事件を観てきた我聞が出したのは、確信こそが刑事の最後の武器であると同時に刑事の最初の凶器でもある、ということ。犯人を追い詰めるためにはどうしても遺されたものでは足りない場合がある。大方は証拠隠滅で捨てられたり、何か外的要因(風が吹いて飛んでいったなど)で紛失したりなのだが、そんな時に出てくる確信はいつだって刑事自身を殺す刃となる。その証拠に何人もの刑事が導かれた確信を追って奈落の底に落ちて行った。
だが、この確信を真っ向から否定できるものが見つかればどうなるか。そんなものはないと思うかもしれないが、現場にいた人、時間、天気・・・挙げればキリがないが、そこから新たな証拠を導き出せれば別の確信が生まれてくる。レゴブロックがぴったりとハマるぐらい納得できるそんな導き出した確信こそ刑事にとっての切り札なのだ。
故に確信は畏れなければいけない。その結果が如何に納得のいかないものでも。
『先月始まりました中東での紛争がついに休戦を迎えました。これにより近隣諸国に住む住人は喜びの声を上げる一方で―――――』
「ふむ、遂に休戦か」
次の日、我聞は朝食を済ませ新聞を読んでいた。見出しにはこうも大々的に書かれているが、対岸の火事をここまで報道するのは如何せん違う気がする。
(最近、この手の話題ばかりだな)
偏向報道と言うべきなのか。言葉こそ使ってきたが実際に事態が起きてみると実感がわきづらい。それだけ長い時間この偏向を信じてきたのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、
(分かっていると、なにかこう、気持ちが悪いな)
口に含んだコーヒーですらマズく感じる。一応豆は最近発売されたちょっとお高いものを使っているのだが。上手いと書かれていてもこうもマズい状態で飲めば一級も三流以下に落ちるだろう。
「どうしたんですかあなた、もしかしてそのコーヒーやっぱりマズかったのね?」
「・・・・・・・・・・・・」
我聞は答えを口にしない。美奈子はお高くとまるものが嫌いなのだ。
(たまには、と思って見栄を張って大間違いだったな)
我聞は天井に目を向けて、薄い金の味をすする。これならそこいらのメーカーのものを多く買った方がマシだった。
「バツとして飲み切るまで次のものは買わないでくださいね?」
「・・・・・・・・・・・・」
目は口ほどにものを言う。刑事になって四半世紀は経っているのに妻の洞察観の方がスゴイのには舌を巻くしかない。
「そうだ、聞いてあなた。加奈の家の近くで事故があったそうよ」
「事故?」
「なんでも佐恵ちゃんの同級生が車に轢かれたみたいでね。一命は取り留めたんですけど様子がおかしいみたいで」
「ほう」
正直どうでもよかった。娘の加奈や孫の佐恵が事故に巻き込まれたら流石に焦るのだが、他所の知らない子どもが何か事故にあったからと言われてもどうも思いはしない。先程の偏向報道がまさにそれだろう。所詮は対岸の火事だ、こちらに燃え広がることは無い。
「本題はここからなんですよ、あなた」
流石は妻だ、飽きたのにもう気付かれた。伊達に何年もともに暮らしてはいないな、と我聞は新聞をたたんで最後まで話を聞くことにした。
「その子、事故の当日学校に行こうとしてたみたいなんです」
「・・・・それがどうした?」
「事故の当日は土曜日だったんですよ」
(ふむ)
寝ぼけていたのか、はたまた勘違いをしていたのか。現場にいない我聞には到底想像もつかない。
「それだけか」
「いいえ、これだけならちょっとした勘違いで済みますけど鞄に入っていた教科書が金曜日の授業のものだったんですって」
「・・・・・だから?」
「んもう!このにぶチン!普通は昨日の授業のものより月曜日の授業の用意をするものでしょう!」
にぶチン・・・一応刑事なんだけどな・・・。でも、美奈子の言い分は分かる。確かにこれはおかしい、もし寝ぼけていたとしても昨日やったハズの授業のものをわざわざ持っていくだろうか?
(何かがあるんだろうか)
ほんの些細なきっかけでも事件の火種は燃え広がっている場合がある。何年も隣で付き添ってきた妻だからこそ僅かに燃える炎に気が付いたと思えば、夫として鼻が高い。・・・・美奈子と一緒に捜査すればもっと事件の解決が楽だったかもしれない。
「それで、どうすればいいんだ」
まだ事件に関わる気はなかったが、とりあえず重たい腰ぐらいは上げておこう。可愛い孫にもしものことがあるかもしれないのだから。
「まあ!本当にボケちゃったのかもね。刑事がやることなんて一つじゃない」
美奈子の言いたいことを察して思わず頭を抱えた。この年になってやれるものでもないと思うのだけれども。美奈子がジッとこちらを見てくる。
「張り込み、だね」
重い腰に鞭を振るわねばいけないのかと考えると今度は足が重くなった。
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