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第2章-2
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張り込む、とは一概に犯人がいる時にするものだ。しかし、今回の事件に犯人がいるとすれば、誰なのか。
事件から数日経った現在、我聞は少年Aが轢かれた現場に来ている。轢いた犯人は既に目星がついているのであとは突けば終わりなので放置・・・というか自首してくれたのでもはや決着がついている。
(見通しは悪くない、信号機もある。ミラーまでしっかりと付いているから・・・本当にここで事故にあったのか?)
事故現場は事故など起きなさそうな広い十字の交差点。近くにある凹んだガードレールがそこで事故があったことを語る。今は立ち入り禁止のテープがユラユラと風になびいていた。それと、ガードレールの少し先の方に真新しい白いチョークで現場に倒れた被害者の痕跡が残されていた。丸一つにバツ、そして何らかのシミが残されていたのでそこで少年が血を流して倒れていたと分かる。
信号の鳥の声も聞こえるし、川の流れのように車がスイスイとここを通り過ぎていく。我聞が刑事になる前に何度かスピード違反の仕事をやったが、こういう場所で暴走したとしても何かを轢く前に誰かに通報されるのがオチだと理解できる。
「こんにちはー」
「ああ、こんにちは」
我聞の横を下校時間の小学生たちが通り過ぎる。まだまだあどけなさが残る彼らは左右の確認をしてしっかりと手を挙げて横断歩道を渡っている。いい子だ、と我聞は思う。最近だと普通に横切る大人が多い中でしっかりとルールを守る子供を見て我聞は安心感を覚える。そこで踵を返し、一度思考を整理する。
(どうするか)
もはや事件は終息に向かっている、そう判断を下せた。しかし、我聞はしない。『事件が終わった』という確信を持てないからだ。
(ただの事故にしてはあまりにも不自然すぎる)
少年Aはなぜここで事故に遭ったのか。昨日の段階で近くの警察署に顔を出してきて聞いた犯人の供述が我聞の中に謎を生み続けた。赤信号を無視して何も気付かない様子だった、犯人が初めに言った言葉がそれだ。次に、回りからクラクションが鳴っている音が聞こえたのに意に介していないみたいだった、とも言っていた。
我聞の横を誰かが通り過ぎる。今度は青い服を着ていたが先程の小学生とは違い、手持ちの鞄を持っていた。鞄の留め金にはエンブレムが彫られており、どこかの学生だと言うことが分かった。
救急車で運ばれた際に彼が持っていたとされるのはスマホと学校の鞄。鞄の中には教科書類などの学生らしいものがあるだけで、イヤホンなどの耳栓は確認されていない。
(・・・・・・・・・・・・・・)
美奈子がなぜここまで詳しい情報を知っていたのかは近隣の住人の証言が勝手に広まっただけに過ぎない。その証言というのは、当時少年Aが走っているのを見かけた際に学校の鞄らしいものが見えた。けれど土曜日にやっている学校はこの近辺にはないから少し遠くの私立に通っているんだろう、というもの。けれど証人はそれを見た時間を覚えていた、だいたい朝の8時だそうだ。
(今の時刻は朝の7時58分、もし今日がその日だったらそろそろ少年が車に轢かれる時間だろう――――)
信号の音が聞こえた。ピヨピヨという音。そこで我聞はハッとした。あのエンブレム、あれは間違いなく事故にあった少年の通っていた学校と同じものだ。我聞は思わずその場で振り返り、彼の後を追う。
「なっ・・・・!?」
視線の先には病院の入院服を着た少年が立っていた。その顔は我聞が昨日写真で見たあの少年Aに瓜二つ、いや完全に少年Aご本人だ。轢かれて意識不明の重体と聞いていたがどうしてこの場所にやってきたのか我聞には到底理解が及ばなかった。
少年は赤信号の方に向かってゆっくりと歩を進める。よく見ると片足を引きずっており、折れているのであろう、グルグル巻きになった包帯が足を包んでいるのが見えた。
「止まれぇ!!」
ダラリと少年の頭から血が流れている。彼の身体はいやにボロボロでここまで来る間にも身体の至る所に傷をつけてきたのだろう。もはや立っているだけでも死に体に見えて、これがもし映画ならばゾンビだろう、という妙に落ち着いた思考が我聞の内に流れた。現場に慣れて成れたからこそ生まれた思想が我聞に冷静さを取り戻させた。
幸いなことは車がいなかったことだ。もし本当に車がいれば少年はまた躊躇いもなく轢かれに行っていただろう。そう表現できてしまうほど彼の動きは危うい。
「待て!!いいか、動くな!!」
我聞は呼吸が乱れながらも老体に鞭を打ち、彼の脇下を掴んで歩道まで戻そうとした。
(あぁ!?)
腕が非常に軽かっただけにその後の身体の重さに驚きを隠せなかった。ぱっと見70㎏前後の重さしかないはずの少年の身体が巨木と勘違いしそうになるほど重く感じたのだ。加えて少年は我聞がいることにさえ気が付かず、ただ歩を進め続けている。
「どうした・・・!!なんで、こんな・・・・!!」
幸いなことは車がいないことだ。我聞はそれでも来るかもしれないという不安と焦りからどうにかして少年を歩道に戻そうと試みる。しかし、いくら老体だといえ刑事の我聞が子供を引っ張れないと言うのはあまりにもおかしかった。
傍から見ればおじさんが若者を歩道に引っ張ろうとしているシュールな光景なのだが、この状況が如何にも奇天烈であるが故に助けが呼べない。下手をすれば何処かに隠しカメラでも置いていてコントをやっているのかもしれないなどと思われてしまうだろう。
「クソッ・・・・限界が・・・!!」
流石の我聞ももう体力がなくなってきた時、少年がピタリと動くのを辞めた。
「わっ・・・!!」
我聞は思わずその場にひっくり返り、そこで初めて自分が息を止めるぐらい力を入れていたことに気が付いた。
「ハァハァハァハァハァ」
流れ来る酸素に驚きながらも、呼吸を整える。鼻の奥がツンとして、身体からジンワリ汗が出てきたがそんなこと気にする余裕はない。
「陣矢君!!」
幸いなことは車がいなかったという事実だ。もしこれが無ければ我聞は何も知らないままネットの笑いものにされていたことだろう。
少年Aこと安谷陣矢は横断歩道の真ん中ほどで足を止めた。
そして彼はまるで何処かから攻撃を受けたかのように身体を浮かせて、吹き飛んだ。
ドテッドテっと鈍い音がなり、我聞は声を出さずに勢いよくそちらを向いた。赤い血の道が道路に塗られる、飛んで行った方向はあのガードレールの先。
「チッ・・・!!」
我聞がさらに老体を酷使して走り出すと少年の頭はまるでゴルフのチップインが成功したかのように
綺麗に丸とバツが書かれたチョークの上に乗っていた。
我聞は素早く110に電話を掛ける。いくら機械類に疎い我聞であってもこれだけは昔から変わらない。
「もしもし!」
「はい、こちら―――――」
「建前はいい。こちら刑事の成世我聞だ、たった今少年が目の前ので轢かれた。急いで救急車を回してほしい。住所は―――――」
そこでハッとなって辺りを見渡す。決して我聞が住所を覚えていないわけではない。少年に気を取られて周りが見えていなかったため、近くに自分以外の証人がいるかもしれないと判断した結果だった。
(・・・・いた)
住所を伝え終わり通話を終えた我聞は自分の方にスマホを向けている。人がいたことに気が付いた。
「そこの君!」
声を張り上げて呼ぶとビクリとなっていたので、ああ撮っていたなと我聞は思う。こういう場を撮る人の野次馬精神は分かるが実際に見るとこれほど萎えるものはない。しかしそれは冷静さを取り戻すのにはよかった。
「私は刑事だ!今、君の持っているそれは証拠になる重要なものだ!少し見せてくれ!」
警察手帳を見せながら近付くと、大体高校生ぐらいだろうか、16歳ぐらいの女の子がペタリとその場に座り込んだ。判断としては悪くない、もしここで逃げ出していれば余罪が増える可能性もありえたのだから。
「君はもしかして今のを撮っていたか?」
まあもしかしなくても撮っていたことは分かっているのだが。少女は小さく頷くとそこで状況が理解できたのだろう、小刻みに身体を震わせ始めた。
「すまないが、それを見せてくれないか」
少女は、声が上手く出ないのだろう、大きく首を縦に振り、スマホを我聞に渡す。そこには一つの動画ファイルがあった。
(確か、沢渡がこの三角を押していた、よな?)
我聞がスタートボタンを押すと、自分と陣矢少年が映っていた。動いた驚きを隠そうと少女を見たが、どうやら彼女はこれを別の意味で捉え、小さくごめんなさいと謝ってきた。別に問題ない、と我聞が言うと少女は震えを止めはしないものの、口を噤んだ。
『わ、スゴイ。何かの撮影かな?』
動画内の少女の声が聞こえてくる。察するに、この子はやはり野次馬精神でこの動画を撮っていたことが分かる。だが、今はそんなこと関係ない。
『あ、おじさん転んじゃった。あの子・・・・あれ?病院の服じゃない?』
『もしかして入院中の子を止める感じだった?でもなんかあの子赤信号で止まっ――――』
そこで少年が彼女から見て左側に吹き飛んだ。この動画にはどこからどう見ても右側から来る車なんて映っていないのに。
「ありがとう、これは証拠になるから保管しておいてくれ」
我聞は少女にスマホを返し少年の下に戻る。遠くから小さいサイレンの音が聞こえてきた。
(落ち着け、これは事故じゃない。事件だ)
ここまでの証拠が出そろっている中で事故だと述べるのはあまりにも気違いだ。事故現場に戻ってきた被害者、被害者が倒れたとされる場所に同じように倒れる、事故の要因となりうる車がいない状況で突然吹き飛ぶ。まるで事件の再現を被害者がわざわざしているようではないか。そう、これはまるで。
「事故のリプレイじゃないか・・・」
我聞の脳に電流が走る。結果を、導き出したのだ。事故に見えたのが導き出された確信、事件になったのが導き出した確信。真実が、小さく確実に我聞の中に花開いた。
(これは、認めたくないケースだな・・・・)
我聞の背中から冷や汗が流れる。もしかするとこれは恐ろしい事件になる可能性があるのだから。
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